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かぐや姫はなぜ月に帰ったのか 注目の女性アーティスト11人の提案

アートから世界を読む
小林 エリカ《彼女たちの戦争1:マリア・スクウォドフスカ=キュリー》(『ちくま 2020.1.No.586』デザイン:名久井直子)(2020)
小林 エリカ《彼女たちの戦争1:マリア・スクウォドフスカ=キュリー》(『ちくま 2020.1.No.586』デザイン:名久井直子)(2020) 小林エリカは、科学者マリ・キュリーをはじめ貞奴やエミリー・デイビソンなど歴史上活躍した女性に焦点を当てた作品シリーズを今回展示する。

かぐや姫と現代女性の運命

竹の中から生まれたかぐや姫は美しい女性へと成長し、5人の貴族に求婚される。しかし姫はそれぞれの男性に無理難題を課して結婚を逃れ、最後は月へと帰っていく。乾真裕子はこの有名な『竹取物語』に着想を得て、東京藝術大学の卒業制作として映像インスタレーション《月へは帰らない》(2020)を発表した。

乾は自身の母親にインタビューし、家父長制と男尊女卑の思想が根強い古風な家庭に育ち、同様の価値観を持つ家に18回の見合いの末に嫁いだ母の人生にフォーカスを当てる。振袖を着た母親の姿と、同じ着物を着てドラァグクイーンの化粧を施した乾の姿が交互に映り、かぐや姫の物語と親子の対話が交錯する。関西弁で放たれるブラックユーモアと母娘の笑い声が明るいトーンを与えているものの、嫁や母親という役割を厳格に押しつけられた女性のヒリヒリするような痛みが伝わってくる作品である。

東京藝術大学で8月18日から開催される展覧会「彼女たちは歌う」は、本学に務める筆者が企画し、11人の女性アーティストが参加している。教員や在学生など東京芸大に関係を持つ8人を含むアーティストたちのキャリアや知名度は多様である。上述の乾は展覧会最年少のアーティストとして本作を出品する。

乾真裕子《月へは帰らない》(2020)
乾真裕子《月へは帰らない》(2020)

美術界におけるジェンダーギャップ

2019年の末に世界経済フォーラムが発表した男女格差を示すジェンダー・ギャップ指数の日本の順位は153ヶ国中121位。前年の149ヵ国中110位からさらに下降した。また、管理的職業従事者(課長相当職以上)に占める女性の割合は2018年に14.9%で、他の先進国の30〜40%の割合を大きく下まわり、女性の所得は平均すると男性の約半分という驚くべき経済格差が示されている

このような日本社会において、美術界にもジェンダーギャップが表れている。昨年『ウェブ版美術手帖』は「シリーズ:ジェンダーフリーは可能か?」という特集を組んだ。まず過去30年の雑誌『美術手帖』で特集した女性アーティストを調べたところその割合は11%、人数としては7人のみだという。さらに同シリーズに寄稿した社会学者の竹田恵子氏のレポートによれば、調査した国公立4館における女性アーティストの収蔵作品の割合は1割程度と低く、全国美術館の74%を女性学芸員が占めるのに対して館長職は16%と、美術館における男女非対称性が浮き彫りになっている。また主要な美術大学5校の女性入学者が約7割と圧倒的多数である一方で、助教以上の常勤の女性教員は概ね2割程度、東京藝術大学美術学部(以下:芸大)に至っては9%(教授の割合はなんと2%)と突出して低い比率なのである。(2018年度平均)

さて、2018年よりこのわずか9%の芸大女性常勤教員の1人となった筆者は、男が教え、女が教わるという非対称の構造を間近に見ることとなった。また総合大学とは異なり、経済学や法学、社会学などの幅広い一般教養科目の選択肢がなく、ジェンダーや政治、グローバルな社会情勢を専門家から学ぶ機会が学生にないことも教育上大きな問題であると感じた。全体の7割近くを占める女子学生の中にはジェンダーや身体に関わるテーマをもつ作品を制作する者も多く、ジェンダーに関するアカデミックな学びは男女ともに必須なはずである。

また学生の作品を複数の教員が見学して行う「講評」は学生の成績評価につながる重要な授業だが、ジェンダーのテーマは男性教員の理解や共感を得ることが難しいという声も数多く聞く。教員の評価に学生の制作が左右されることは当然あるだろう。指導する側の教員が男性に偏ることにより、多様で自由な表現を知らぬ間に妨げられる危険性があるのだ。

「境界」を超える女性アーティストたちの表現

このような状況において教員として、キュレーターとしてできることを考えていくうちに、女性アーティストを集めた展覧会を実現したいという気持ちが高まっていった。「なぜ女性だけなのか」「アートは性別で括るべきではない」という反応は予想できるし、そもそもこのような括りを嫌う女性アーティストも多い。しかし、ここまで男女非対称な現場にいて、卒業後制作を続けることに不安を抱く女子学生が多い状況を見たとき、活躍する女性アーティストによるユニークなビジョンを示す展覧会を芸大で行うことには、エンパワメントの意味があると考えた。芸大の多様性を外部に示すことにもつながるだろう。

11人のアーティストは必ずしも「女性性」をテーマにした作品を制作しているわけではなく、手法も関心も多様である。しかし筆者が彼女たちの作品から共通して感じ、興味をもったのは「境界」の曖昧さと揺らぎの表現だ。人間と非人間、人工と自然の関係や、男女に分けられない性のグラデーションなど、二項対立ではない種や性、時空を超えた境界を行き来する表現が魅力的に映る。

例えばスプツニ子!は「男性が生理を体験する」ことをテーマにしたよる《生理マシーン、タカシの場合。》(2010)を発表した。ジェンダーとテクノロジーをテーマに制作するスプツニ子!は、日本で女性向けの低容量ピルの認可に9年以上を要したのに対して、バイアグラがわずか6ヶ月で認可されたことに疑問と怒りを抱いたことが本作の着想につながったという。しかしそれは同時に「生理を体験したい」と望む男性タカシの夢をかなえる物語でもあるのだ。

スプツニ子!《生理マシーン、タカシの場合。》(2010)
スプツニ子!《生理マシーン、タカシの場合。》(2010)

副島しのぶと菅実花は、それぞれ異なる角度から人間と人形の境界線を探る作品を発表している。人形アニメーションを制作する副島は、まるで生きているかのように呼吸し、涙を流す人形の様子を映す。

副島しのぶ《人形が悲しみを演じるとき》(2020)
副島しのぶ《人形が悲しみを演じるとき》(2020)

ラブドールのマタニティヌード写真や、自分に瓜二つのラブドールとの肖像写真などを制作してきた菅は、今回は球体関節人形を用いて、美術史に現れる「浴女」のモチーフとその盗撮的視線を解体する試みを行う。

菅実花《A Happy Birthday》(2019) 参考作品
菅実花《A Happy Birthday》(2019) 参考作品

月へは帰らない

男性中心、人間中心の環境や社会に疑問符が打たれ、LGBTQを含めた多様な性があり、セクシュアリティへの関わりも人によってさまざまであることが明らかになった今、アーティストたちは変化を鋭敏に捉えながら、未来へと向かうオルタナティブな世界を想像する。

作品の中で乾は歌う。「月へは帰らない。私のままで私は生きていく。」
この地球で誰もがありのままで生きていけるように、私たちができることについて考えていきたい。

展覧会情報

「彼女たちは歌う」
東京藝術大学美術館陳列館
2020年8月18日ー9月6日(月曜休館)
参加アーティスト:乾真裕子、遠藤麻衣、菅実花、金仁淑、鴻池朋子、小林エリカ、スプツニ子!、副島しのぶ、百瀬文、山城知佳子、ユゥキユキ
キュレーター:荒木夏実(東京藝術大学美術学部准教授)

トークイベント

オンライン配信予定です。
詳しい情報はHPに掲載。時間は14:00-16:00(予定)

8月23日(日)
ゲスト:内海潤也(NPO法人黄金町エリアマネジメントセンターキュレーター)
アーティスト:乾真裕子、金仁淑、百瀬文

8月29日(土)
ゲスト:岡本美津子(東京芸術大学副学長・大学院映像研究科アニメーション専攻教授) 中村政人(同大美術学部絵画科教授)
アーティスト:遠藤麻衣、副島しのぶ、ユゥキユキ

8月30日(日)
ゲスト:上野千鶴子(社会学者/東京大学名誉教授)
アーティスト:菅実花、小林エリカ、スプツニ子