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育てるのは社会の課題を解決するリーダー 全寮制高校ISAKジャパンを創った人たち

グローバル教育考
UWC ISAKジャパンの授業風景。ちょうど日本文化に関するイベントがあった日で、着物姿の女子生徒も Photo: Yamawaki Takeshi
UWC ISAKジャパンの授業風景。ちょうど日本文化に関するイベントがあった日で、着物姿の女子生徒も Photo: Yamawaki Takeshi

筆者は昨年夏まで4年あまりワシントンに勤務し、ドナルド・トランプが勝利した大統領選を取材した。

「米国第一主義」を掲げ、人種・女性差別や虚偽の発言をくり返すトランプの姿は、これまで「グローバルリーダー」を自認してきた歴代のアメリカ大統領との姿とは異なるものだった。識者からは、トランプがこれだけ支持された背景には、米国人の歴史観の欠如など教育の失敗があるという声も聞かれた。

さて日本の教育は、大きな変革期を迎えている。生徒が能動的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」の導入、小学校での英語の教科化、大学入学共通テストの英語民間試験の導入……。日本の「グローバル教育」はどこへ向かい、課題は何か。教育現場を歩き、教育関係者へのインタビューも交えつつ、考えていきたい。

まずは、4年前に軽井沢に誕生し、アジアを中心に世界各国から生徒を集めている全寮制国際高校を訪ねた。

 58カ国から集まった170人、浅間山に抱かれて暮らす

東京から新幹線で1時間あまり。軽井沢駅に着き、タクシーに乗り込む。「アイザック(ISAK)」と行き先を告げると、運転手はすぐに合点した。「外国からのお客さんが多いんだよね」

近づくと木々の緑は深くなり、浅間山の雄大な姿が目前に迫ってくる。「韓国の人が、ISAKは絶対にこんなところじゃないと大騒ぎしたんだよ。どこか変なところに連れていかれると思ったんじゃないかな」と運転手は笑った。

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全寮制のISAKは、浅間山を望む大自然の中に校舎や寮がある Photo: Yamawaki Takeshi

到着したのは、学校というより、別荘地の続きのような雰囲気だった。焦げ茶色の低層の建物が点在する。ここが、2014年に日本初の全寮制の国際高校として開校したISAK(インターナショルスクール・オブ・アジア軽井沢)、校舎や教師や生徒の寮、体育館など合計8棟ある。

同校は2017年には、世界的な民間教育機関であるユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)に加盟し、名称が「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」に変わった。今年5月時点で、58カ国から170人の生徒がここで学び、暮らす。うち日本人の生徒は45人。途上国出身で、経済的に豊かではない家庭の子女も多く、約7割の生徒に奨学金が給付されている。

UWCとは、世界の平和や持続的な未来に貢献する教育の実現をめざして1962年に設立された国際教育機関で、本部はロンドンにある。約160カ国に生徒を選抜する組織があり、国籍や人種、経済力などにとらわれずに選考した留学生を、各国の認定校に派遣する。ISAKは、UWCとして世界で17校目、日本で初めての認定校となった。

同校の経営の中心を担うのが、代表理事の小林りんである。

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小林りん氏=ユニバーサル・ワールド・カレッジISAKジャパンの図書・多目的スペースで Photo: Yamawaki Takeshi

私が小林に初めて会ったのは7年ほど前、投資会社を経営していた谷家衛からの紹介だった。谷家は、ISAKを構想した人物で、発起人の代表を務めている。

 受験勉強に違和感、中退してカナダへ

そのころ私は、朝日新聞の別刷り媒体「朝日新聞GLOBE」の編集長だった。GLOBEのオフィスで面会した小林は、ややハスキーな声で、聞き取るのが時に難しいほどの早口。全身がエネルギーのかたまりのようで、経歴もユニークだった。

1974年生まれ。進学校として知られる東京学芸大学付属高校に入ったが、日本の受験勉強に違和感を持って中退し、単身カナダにある全寮制インターナショナルスクール「ピアソン・カレッジUWC」に留学した。日本に戻って慶応大学総合政策学部に入学したものの、開発経済を学ぶために、東大経済学部に入り直した。卒業後は、投資銀行のモルガン・スタンレー、ITのベンチャー企業を経て、国際協力銀行(JBIC)に勤めた。05年に米スタンフォード大で教育政策学の修士号を取得。その後、国連児童基金(ユニセフ)に入り、フィリピンの貧困教育にかかわった。

このフィリピンでの体験、そして谷家との出会いが、ISAKにつながっていく。

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ISAK発起人代表の谷家衛氏 Photo: Yamawaki Takeshi

小林がまだISAKの設立準備で奔走していた2011年、GLOBE記者だった鈴木暁子(現ハイノ支局長)が、「突破する力」という人物欄で小林を取り上げ、学校作りに参加した経緯を書いている。

“マニラ中心部のストリートチルドレンに職業訓練や勉強を教える草の根の活動は、確かに、子どもを買春やドラッグから守る助けにはなった。スラムの小さな家に招かれ、教え子の家族に「ありがとう!」と抱きつかれたこともある。

だが、貧富の格差はいかんともしがたく、政治家や富裕層は社会のしくみを変えようとはしない。「トップ層の意識を変えていけるような人材を、どうすれば増やせるのか」。もどかしい思いを抱えていたとき、友人の紹介で出会ったのが、独立系投資会社あすかアセットマネジメントの社長、谷家衛だった。

ふたりの子をもつ谷家はかねて、「学校はもっと多様性をもつべきだ」と考えていた。いま日本には、何をやっていいのかわからないように見える子どもが多い。国際性や語学力を身につけようとインターナショナルスクールに進んでも、結局、同じような経済状況で、同じような考え方の生徒たちの集団になってしまう。一つの価値基準にしばられることなく、アジアの若者の刺激を受けながら、自分の人生を思い切り生きる人間が育っていく――。谷家は、そんな学校づくりの構想を温めていた。

谷家の話は新鮮だった。「その舞台で、私もやりたいことを生かしたい」とメールを送った。胸のもやもやが、さっと晴れた” 

(2011年8月21日GLOBE掲載「突破する力・小林りん」より)

谷家は、かつてはアメリカの大手投資銀行「ソロモン・ブラザース」に勤め、「伝説のトレーダー」として知られていた。その後、独立して投資会社を経営していた谷家と小林をつないだのは、インターネット専業の生命保険会社、ライフネット生命社長の岩瀬大輔である。ライフネット生命は、販売員を置かず手数料を安くし、手数料を開示するなど透明な経営で知られる。

岩瀬と小林は、東京大学時代からの友人だった。谷家は、ネット生保を構想したが、その実現を日本生命出身の出口治明(現・立命館アジア太平洋大学長)と岩瀬に託したいと考えた。谷家は、岩瀬が当時留学していたハーバード大経営大学院時代のブログを読んでいて、考え方に惹かれていた。2006年1月に岩瀬が一時帰国中に東京で会ったあと、ボストンにまで訪ねて説得した。その翌年、その岩瀬が谷家に小林を紹介したことで、学校作りが本格的に動き出した。

伝説のトレーダーが学校作りに動いた 「行きすぎた資本主義を変えたい」

今年5月、久しぶりに谷家を訪ねた。谷家は今、手数料をおさえたライフネットと似た発想で、人工知能を使って手数料を極力おさえた形で国際分散投資を行う「お金のデザイン」社を2013年に創業し、取締役会長になっている。東洋思想にも関心を深めている谷家は、ヨガスタジオや、マインドフルネス(瞑想)、医食同源の会社も始めている。谷家に、当時の思いについて改めて聞いてみた。

「(投資銀行出身の)僕に言われたくないかもしれないですが」と前置きしながら、学校作りを構想した動機の一つは、「資本主義はどうみても行き過ぎた。ポスト資本主義に関心を持ったため」だと話した。

モダンキャピタリズムは、飢える人を減らすには良かったけれども、あまりに激しい貧富の差を招き、限界を迎えていると感じ、「より多くの人が幸せと思う価値観に世の中が変わっていく手伝いをしたい」という思いが募っていたという。

そんなとき、出会ったのが小林だった。小林は、カナダのUWCにいた17歳の時に「機会は均等ではない」と実感した。メキシコ人の友人は実家が貧しく、きょうだいのうち彼女だけが高校に進める家庭状況だった。奨学金なしには進学できなかった同級生も多かった。自分がいかに恵まれているかを思い、将来は教育に携わりたいと感じた。小林にとって、教育に携わるのは、高校時代の初志への「回帰」だった。

小林を取り上げたGLOBEの読者の中には、1000万円をISAK設立のために寄付した人もいた。ISAKは、小林が中心となって学校の態勢作りや資金集めが行われ、2014年8月に開校した。発起人には100人が名前を連ね、当初の設立資金15億円が集まった。毎年4億円近く給付する奨学金を捻出するために、今も企業経営者や個人から寄付を集めるために奔走する毎日だという。

私は当時、アメリカに赴任中で、開校の様子を見ることはできなかったが、今年3月、ようやく現地に足を運ぶことができた。

あえて大学に進まない卒業生も

森の中のようなキャンパスで、肌の色が違う生徒が英語でディスカッションをしている様子は、ここが日本であることを忘れてしまう。

一つのクラスは10~20人ほど。「全人間教育」をうたうバカロレアのプログラムを取り入れ、物事を多角的にとらえ、深く考えるように仕向けている。(バカロレア教育については、次回以降のコラムで詳述する)。生徒は「自ら考えて行動する」のが原則で、ボランティア活動も生徒が自主的に考え、クラブ活動や卒業式なども生徒が主体で実行する。

生徒の一人、12年生(高校3年生)の斉藤花佳(18)は、父のイギリス留学をきっかけに、小学校時代は日本のイギリス式インターナショナルスクールに通った。都内の私立中学に進んだが、中学2年のときにISAKのサマースクールに参加し、自由で開放的な雰囲気に惹かれて、同校への進学を決意した。

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12年生(高校3年)の斉藤花佳さん。アメリカのミネルバ大学に進学する予定だ Photo: Yamawaki Takeshi

「バカロレアのプログラムでは、ほとんどの先生は自分からはあまり教えない。受動的に教わるのではなく、能動的に教わりにいく感じです」と話す。授業の中では、特に、クリティカルシンキングを学ぶ「知の理論」(TOK)が好きだったという。

将来の夢は、まだはっきりと形を結んでいないが、「10年後は、今ある職業があるかどうかもわからない。新しい仕事を作っていく側になりたい」。この夏には、ISAKの同級生と一緒に、カンポジアでサマースクールを開くことを企画している。卒業後は、サンフランシスコに本拠を置く全寮制のミネルバ大学に進む予定だ。世界7都市のキャンパスを移動しながら、オンラインを使って高い水準の教育を受けられるミネルバ大学は、2014年に開校。その手法は、世界的な注目を集めており、合格率は2%程度と言われている。

ISAKは昨年、一期生が卒業した。進路は多様で、海外や国内の有名大学に進む卒業生も多いが、そういう生徒ばかりでもない。すぐには大学には進まず、まずは社会経験を積む選択をする生徒もいる。

「私たちの学校の真価が問われるのは、大学名のブランドではなく、この学校を出た人が5年、10年後に何を成し遂げるか。そのためにベストな道に進めばいい」と小林はいう。

小林自身の活動は、ISAKにとどまらない。世界の各地で、学校が兵舎や軍の基地として使われたり、学校が意図的に破壊されたりしていることに胸を痛め、学校の軍事利用を禁止する「学校保護宣言」の推進にも携わっている。

保護宣言はノルウェーとアルゼンチン主導で2015年に策定されたもので、すでに70カ国以上が調印しているが、日本はまだ調印していない。非営利の国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)日本代表の土井香苗が日本での推進運動の中心になっており、小林は土井に協力を惜しまない。小林と土井も、大学時代からの友人である。

米国に本拠を置くHRWは、途上国や社会主義国を中心に根強い人権侵害や弾圧を調査して国際社会に発信、政策提言を行っている。世界中に支援者がいて、谷家も多額の寄付を行っている。HRWの大口寄付者の中には、ISAKの発起人や大口寄付者もいて、人脈が重なりあうのは興味深い。日本の経営者や投資家の間にも、グローバルな社会問題の解決をはかろうとする団体や社会起業家を支援しようとする人が少しずつ増えているようだ。

小林りんにとっての「グローバル教育」とは

小林はそんな人々と手を組みながら、日本のなかに、あえて異なる人種、家庭環境、価値観を持つ生徒を集めた。「将来、社会を変革するリーダーがここから巣立ってくれたら」と小林は願う。

「グローバル教育って、どういう教育だと思いますか」と小林にたずねてみた。「日本では、グローバル教育とは英語教育であるという考えが強い気がするが、そうではないと思う。英語はあくまでツールに過ぎない」

「より大事なのは、自分にとっての『当たり前』が『当たり前』でない人と出会ったとき、それを批判したり攻撃したりするのではなく、貧富の差、宗教観や歴史観の違いを受け止め、相手の側に立って考えられる人を育てること」。それが、小林にとっての「グローバル教育」なのだという。

 

※次回は小林りんさんに、ISAKの教育方針やバカロレア教育について詳しく聞いたインタビュー記事を掲載します。「グローバル教育考」は、原則として毎週土曜日に掲載します。