世界保健機関(WHO)は2019年、世界各地で実施されたアートによる健康や福祉への影響を調べる研究についてまとめた。3000以上の研究成果から、生涯にわたって芸術が「病気の予防と健康増進」「病気の管理と治療」に大きな役割を果たすことが明らかになったとしている。
報告書では、アートが感情的な反応を引き起こすことや、創作活動に新規性、創造性、独創性が必要なことなどを指摘。芸術と関わることで、日常生活を肯定的に捉え、自らの人生に満足するなど多面的で主観的な幸福感が高まることを示す多くの研究があった。
アートと関わることで高齢期に筋力や心身の活力が低下するフレイルになるリスクも軽減するとも指摘。ダンスは動きや姿勢、柔軟性を鍛え、バランス能力や足腰の骨密度の向上につながり、加齢に伴う機能低下を予防するのに役立つことが判明しているという。
認知症、特にアルツハイマー型認知症患者については、音楽が認知機能を高めることが分かっている。音楽的記憶の基盤となる脳の領域は、認知症が進んだ段階でも比較的よく保たれていることが影響しているという。
音楽やダンスは、安心感や帰属感を与えることがあり、認知症患者の社会的孤立や孤独感を軽減するのに役立っているとする研究成果もあるという。
英国で進む「社会的処方」 医師の負担減や医療費抑制の思惑も
英国は国民保健サービス(NHS)のもと、医療費のほとんどを税金で賄っている。NHSでは、住民はまずかかりつけの総合診療医(GP)を受診する仕組みだ。
英国政府は社会的処方について「GP、看護師、その他の医療・介護専門職が、地域のさまざまな非臨床サービスを紹介できるようにする手段」と説明。芸術活動やグループ学習、スポーツなどが処方されるという。
英国が社会的処方に力を入れる背景には、高齢化に伴って増加するGPの負担や医療費を抑制したいという思惑もある。
英ウェストミンスター大学が発表した調査では、社会的処方を受けることでGPの受診率が平均28%減少。全英社会的処方アカデミーが2023年10月にまとめた報告書によると、社会的処方は医療費の削減につながる可能性があり、1ポンド投資するごとに2.14~8.56ポンドの経済効果が見込まれるとする研究もあるという。
ベアリング財団の代表、デイビッド・カトラーさんは「今では多くの文化芸術団体が、高齢者向けプログラムを行うようになった。これは評価すべきことです」と話す。ただ、政府の緊縮財政の影響もあって文化芸術団体全体を取り巻く状況は厳しいという。「政府や地方自治体に加え、高齢者向けの活動をしている団体がこの取り組みの重要性を認識し、より深く関わっていく必要がある」