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睡眠不足と認知症リスク、少しずつ見えてきたその関係

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Dr. Funshine, aka Caroline Meeks, M.D. teaches a laughter therapy class to a group of seniors at the Clairmont Friendship Center in San Diego, California November 17, 2010. It's a Monday morning at the Live Well center in San Diego and a group of seniors are skipping, clapping and hooting in the recreation room. That's precisely what Dr. Caroline Meeks, aka
米サンディエゴで「笑い療法」に参加する高齢者たち=2010年11月、ロイター。この療法はヨガや運動などとともに笑いを盛り込んだもので、認知症などにも効果があるとされる(本文と写真は関係ありません)

睡眠不足は認知症の発症リスクを高める可能性があるのか?

研究者たちは何年もの間、睡眠不足が認知機能の低下とどのように関係しているかについて、あれやこれや熟考してきた。その答えは、説明しにくいものだった。というのは、不十分な睡眠が認知症の基礎にある脳内の変化による症状なのか、あるいは睡眠不足が実際にそうした変化をもたらす要因になるのかを判別するのは難しいからだ。

現在、大規模な新しい研究で、50代および60代で睡眠不足の人はさらに年を重ねると認知症になる可能性が高いことを示す非常に説得力のある結果が報告されている。

「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」(訳注=オンライン限定の学際ジャーナル)に4月20日に発表されたこの研究は限界があるものの、いくつかの長所もある。これは英国で8千人近い人を50歳の時から約25年間にわたって追跡調査した。ふだんの平日の睡眠時間がずっと6時間以下と報告した人は、いつも7時間の睡眠(この研究では「標準的」な睡眠時間として定義)をとる人よりも約30年後に認知症と診断される可能性が約30%高いことがわかった。

「この睡眠時間が、約30年前に認知症の症状として現れていた可能性は非常に低いので、睡眠が実際に危険因子であることを示す強力な証拠を提供するすばらしい研究だ」と博士のクリスティン・ヤッフェは言う。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経学・精神医学の教授で、今回の研究には関係していない。

アルツハイマー病に関連するたんぱく質の蓄積といった認知症発症前の脳内の変化は、記憶や思考に問題が現れる約15年から20年前に始まることが知られている。したがって、この期間の睡眠パターンは認知症の症状として現れたものとみなすことができる。セントルイスにあるワシントン大学生体リズム睡眠センターの共同ディレクターで神経内科医の博士エリック・ムジークは、これは「睡眠の問題か病状か、つまりニワトリが先か、卵が先かという問題」を提起していると指摘する。同博士も今回の新研究には関わっていない。

「この研究が必ずしも決定的かどうかはわからないが、比較的若い人たちが多くいるので、いい線をいくだろう」と彼は言う。「アルツハイマー病の病状とか脳内のプラークや神経原線維変化が現れる前の中年期の人たちを捉えている可能性はかなり高い」

研究者は、1980年代半ばに始まった「Whitehall II」と呼ばれる英国公務員を対象に行われた著名な研究の医療記録、その他のデータを利用して、1985年から2016年までの間に6回提出された報告書で、この研究の参加者7959人が申告した睡眠時間を追跡調査した。研究が終了するまでに、521人が平均77歳で認知症と診断された。

研究チームは参加者の睡眠パターンや認知症のリスクに影響をおよぼした可能性がある行動や特性を調整することができたとセベリーヌ・サビアは言っている。この研究論文の筆者の一人で、フランスの公衆衛生研究センター「Inserm」の疫学者である。調整の対象には、喫煙、アルコールの摂取量、身体的な活動量、BMI(肥満度指数)、果物と野菜の消費量、教育レベル、結婚歴、高血圧や糖尿病、心血管疾患などの状態が含まれている。

睡眠と認知症の関係をより明確にするため、研究者は65歳以前に精神疾患を患った人を除外した。うつ病は認知症の危険因子と考えられており、「精神障害は睡眠障害ときわめて深く関連している」とサビアは言う。精神疾患がない参加者を分析した研究は、睡眠時間が短い人と認知症のリスクの増加との間に似たような関連性があることを突きとめた。

サビアによると、睡眠薬を服用しているかどうか、アルツハイマー病の発症可能性を高めるApoE4と呼ばれる変異株を持っているかどうかにも相関関係がある。

男女間に基本的な違いは見られなかった。

「この研究では、睡眠時間の短さと認知症のリスクには、大きなものではないが無視できない関連性があると言える」とミネソタ大学の疫学および地域保健の准教授パメラ・ルットシーは語った。この研究には関与していないが、こうも言っている。「短い睡眠は非常に一般的であり、このため、それが認知症リスクとの関連はわずかだとしても、社会的なレベルでは重要な意味を持つ可能性がある。睡眠時間の短さは、私たちが制御できるし、本人が変えられるものだ」

ただし、この分野における他の研究と同様、この研究には睡眠不足が認知症につながる可能性があることの証明を妨げる制約がある。睡眠に関するデータの大半が自己申告であり、主観的な測定値は常に正確であるとは限らないと専門家は指摘している。

「この種の研究から何を結論づけるかを知ることは常に難しい」と英ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンの老年精神医学の教授ロバート・ハワードは書いている。「ネイチャー・コミュニケーションズ」に研究に関するコメントを提出した何人かの専門家の一人である。「不眠症の人は、それでなくてもベッドで思いをめぐらすことがあるのだし」と彼は書き添え、こう指摘する。「すぐに眠りに就かなければ認知症へと向かってしまうなどと心配する必要はありません」

睡眠不足がなぜ認知症、とりわけアルツハイマー病のリスクを高める可能性があるかについて説得力を持つ科学理論がある。(神経内科医の)エリック・ムジークによると、アルツハイマー病のプラークに凝集するたんぱく質アミロイドの脳脊髄(せきずい)液のレベルは、「睡眠不足の人では上昇する」ことが研究でわかっている。アミロイドとアルツハイマー病を誘発するもう一つのたんぱく質であるタウについての別の研究は、「睡眠は脳からたんぱく質を除去したり生成を制限したりするために重要」と示唆している。そうムジークは指摘する。

ムジークによると、起きている時間が長いと、神経細胞もより長く活動し、より多くのアミロイドが生成されるという理論がある。睡眠中に脳内に流れる液体が過剰なたんぱく質の除去を後押しし、不十分な睡眠はより多くのたんぱく質を蓄積させることになるという理論もある、と彼は言っている。また一部の科学者は、一定の時間帯に十分な睡眠をとることがたんぱく質の除去に大切とも考えている。

ルットシーは、睡眠不足も間接的に作用し、認知症の危険因子として知られる状態を助長する可能性があると言っている。「夜更かしをしておやつを食べる人や、睡眠時間が非常に短いため、身体を動かすモチベーションが低い人のことを思い浮かべてほしい」と彼女は言う。「そうすることで肥満になりやすくなり、認知症リスクとかなり深い関連がある糖尿病や高血圧を発症しやすくなる可能性がある」

短い睡眠が(認知症の)もとになるとすれば、人はどうしたらもっと眠れるようになるのか?

一般論として、睡眠薬やその他多くは深い眠りにはつながらない、と(神経学・精神医学教授の)クリスティン・ヤッフェは指摘する。そして、「深い眠りが必要なのは、それがいろいろなものを除去し、健康を増進させる時間であると思われるからだ」

彼女は、睡眠不足を補うために昼寝をするのは問題ないが、夜間にぐっすり眠れば昼寝は不要になるはずだと指摘する。彼女によると、睡眠障害や無呼吸の人は睡眠専門家に相談する必要がある。

ルットシーによると、その以外の人は定期的な睡眠サイクルを維持し、就寝前のカフェインやアルコールの摂取を避け、寝室に電話やパソコンを置かないことが米国疾病対策センター(CDC)の「睡眠衛生」ガイドラインに含まれている。

しかしながら、睡眠については多くのことがよくわからないままだ。今回の新しい研究は「中年期には睡眠が重要だとする相当強力なエビデンス(科学的証拠)を提供している」とムジークは言い、こう続けた。「しかし、私たちは、そのことや、(睡眠不足と認知症リスクとの)関係が実際に人びとにどのように起こり、何をするべきかについて、まだ学ぶことがたくさんある」(抄訳)

(Pam Belluck)©2021 The New York Times

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