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スーパードクターが育ちにくい国、日本

World Now
(c)Tokyo Bay Urayasu-Ichikawa Medical Center

スーパードクター育ちにくい国

田端実(41)が外科医を志したのは、東京大学医学部5年生のときだった。病院実習で目にした教授の手さばきは、学生の目にも別次元の鮮やかさに映った。「これしかない!」。医者の道に進むかどうか迷っていた田端の気持ちは、このとき決まった。

米ハーバード大、コロンビア大やベルギーの病院で腕を磨き、2013年、東京ベイ・浦安市川医療センターの心臓血管外科部長に38歳の若さで就任した。この年、30代では異例の米国胸部外科学会の正会員にも選ばれた。

年間300件以上の手術をこなすが、中でも得意とするのは、逆流してうまく機能しなくなった心臓の僧帽弁を、内視鏡を使って修復する高度な手術だ。

心臓外科は脳神経外科と並び、医者の技量が患者の経過に与える影響が、最も大きい科とされる。手術の腕前は手先の器用さで決まると思われがちだが、田端は「最も必要とされるのは、論理的思考力と空間認識力だ」と話す。

「僕にとっての手術のイメージは、3D地図のようなもの。地図の地形は状況変化に応じて刻々と変わる。そのつど論理的に考えて最短ルートを選び、ゴールを目指す」。手術が短時間で終わるのは手の動きが速いからではなく、判断が合理的で動きにムダがないからだという。

技量が収入に反映されず

「名医」とされる医者たちを30年以上取材してきた、医学ジャーナリストの松井宏夫(65)は「すごい経営者や政治家がいるのと同じように、突出した技量の医者たちがいるのは事実」と話す。「彼らに共通する資質は、一つ一つの臨床経験をきちんと積み重ね、自らの糧としていること」。過去の手術をすべて記憶し、胸や腹を開いた瞬間、「この患者の状態は、あの時の患者に似ている」と判断できる医者もいるという。

だが、日本は「スーパードクターの育ちにくい国」だ。

大半の国では医療ニーズに応じて、国や学会が専門医の数を制限しており、人気分野の専門医になるには激しい競争を突破する必要がある。一方、日本では医者が自由に専門分野を選べるため、診療科によっては専門医の数が多すぎ、技量を上げるのに必要な手術経験を積めない。心臓外科も手術数の割に専門医の数が過剰気味だ。「高度の技量を持つ医師を育てるには、手術の症例を特定の病院に集中させ、少数精鋭で鍛え上げる仕組みを整える必要がある」という意見が医学界でもあがるが、なかなか進んでいないのが現実だ。

米国では、技量の高い医者ほど数多くの手術をこなし、それに比例して収入も上がる。心臓外科医の場合、年収が数億円に達する場合もある。海外で経験を積んだ医者の中には「日本ではなかなかポストが空かない」「より高待遇が望める」「日本は手術以外の雑用が多い」などの理由で、海外に残る者もいる。

実際、日本では、技量や症例数が医者の収入に反映されるわけではない。血管外科の第一人者、東京慈恵会医科大教授の大木隆生は、著書の中で「米国から帰国した後は収入が十分の一以下に激減した」と明かしている。

田端は院内に、集中治療医や診療看護師、理学療法士らが緊密に連携したチームを作り、手術に集中できる環境を整えつつある。技術ではなくシステム作りで、手術の質の向上につなげたいと考えている。

医者目指すならハンガリー!

医者になるには、カネがかかる。私立大医学部の学費は6年間で計2000万?5000万円にものぼる。国立大の場合は350万円程度だが、かなりの難関だ。

家が裕福か、偏差値エリートでもない限り医者になるのは難しく、涙をのむ人も多かった。だが近年、「ハンガリーで学ぶ」という第三の道が登場した。

ハンガリー第2の都市にある名門デブレツェン大学。6月上旬、森に点在するコテージのような留学生向け学生寮を訪ねると、元看護師の金子哲也(26)が自習室で黙々と人骨の模型に向き合っていた。9月から医学部1年生になる。「年も年でもう後がない。時間が許す限り、勉強したい」

高校卒業後、「手に職を」と看護師になった。だが学べば学ぶほど、仕事の範囲が限られることに歯がゆさを感じ、周囲の反対を押し切って病院を退職。ファミレスでアルバイトをしながら国立大医学部を目指し、1年間浪人した後、ハンガリーに活路を求めた。

人口1000万の小国ハンガリーは1980年代、外貨を稼ぐため国立4大学の医学部に英語で学べるプログラムを作った。卒業すればEU域内で働ける医師免許が得られ、現在は数十カ国から約6000人が学ぶ。大学には、年計1億ドル(約102億円)の学費が入る計算で、地元も留学生が落とすカネで潤ってきた。英語で指導することで、英語圏で活躍する自国の研究者が育つという期待もある。

7年間で2200万円

日本は、一般財団法人ハンガリー医科大学事務局(東京)が窓口となり、10年前から学生を送っている。今年は78人が渡航し、累計539人に達した。

卒業生は厚生労働省の審査を経て、日本の医師国家試験の受験資格を得られる。合格すれば、日本でも医者になる道が開ける。2014年に初めて「ハンガリー育ち」の医者4人が誕生し、現在は計26人が全国の病院で働く。

入学準備の1年を含めた7年間の留学費用は、生活費を入れても2200万円前後。2年前からはハンガリー政府による、「学費免除」「月約3万円の補助」という破格の奨学金も登場した。事務局専務理事の石倉秀哉(64)は「とびきり偏差値が高い必要はない。人を助けたい気持ち、死に物狂いで勉強できる覚悟があるかどうかだ」と語る。

カネと偏差値のハードルが下がったことで、多様な人材が医者への門をたたき始めた。

デブレツェン大3年の山崎まなみ(29)は、日本の大学でアジアの歴史や宗教を題材に「幸せとは何か」を学んだ。東日本大震災の被災地で半年間、傾聴ボランティアとして活動する中で、「医療で人を支えたい」と医者を志した。

元素記号を覚えるところからのスタートだったが、いまは「医学は実は文系科目」だと思っている。「社会学や哲学の知識を生かして、病気だけではなく、人を診る医者になりたい」

だが、留年しないで卒業までたどり着けるのは全体の3分の1に過ぎない。膨大な勉強量と頻繁な小テストに加え、英語のハンディもある。とりわけ基礎科目を履修する最初の3年間が難関で、センメルワイス大では昨年、2年生247人のうち、4割近くが留年した。デブレツェン大の英語プログラム責任者で准教授のアッティラ・ヤナイ(49)は「医者への簡単な抜け道と考えるのは、大きな間違いだ。貴重な学位を得るには猛勉強が欠かせない」と話す。

英国に学ぶかかりつけ医

英国中部のリーズ市近郊にある診療所。そこで、かかりつけの総合診療医(GP)として働く澤憲明(36)の元には、心身の不調にとどまらず、様々な問題を抱えた患者たちがやって来る。

若い女性がボーイフレンドを連れてきて「彼がささいなことで怒ってばかり」と愚痴をこぼしたり、7歳の子の母親が「子どもがジャンクフード中毒で、私の作った食事を口にしない」と泣き崩れたり。電話相談で「テレビが壊れた」と訴えてきた86歳の男性もいた。

澤はこうした訴えの一つ一つに耳を傾け、対応策をアドバイスする。テレビが壊れた男性の元には往診し、修理業者を手配した。身寄りがなく、唯一の楽しみであるテレビの故障は、本人にとって「一大事」と知っていたからだ。

一見、医者の仕事とは思えないが、澤はこう話す。「僕が注意を向ける対象は特定の臓器や疾患ではなく患者自身。訴えが病気やケガに関することか、そうでないか、という区別は重要ではない」

澤は高校卒業後に英国に渡り、医大に進んだ。「患者の日常生活をサポートすることが健康や幸福への貢献になる」と考え、GPになる道を選んだ。

薬がなくても痛みは消えた

英国では、GPと各領域の専門医のすみ分けがはっきりしている。医者の3割はGPで、平均年収は9万9800ポンド(約1360万円)。医者の偏在を防ぐため、医者の数が十分な地域では開業できない。

英国の公的医療は無料で、住民は好きな診療所を登録し、その診療所で働くGPを受診する。GPが「より高度の医療が必要」と判断した場合のみ、専門医の診察が受けられる。患者が紹介状なしに病院や専門医にかかることはできない。GPと専門医の役割を明確にすることで、医療の効率化やコスト削減を進める狙いがある。

澤によれば、一見不自由に見えるこうした仕組みが、患者に合ったケアを提供する鍵になっているという。体の様々な痛みを訴える85歳の女性を往診し続けた時のこと。鎮痛剤を何度処方しても、効き目がなかった。女性と対話を重ねるうちに、強い孤独感を抱えていることに気づき、高齢者サークルに入れるよう仲介した。おしゃべり仲間が出来たことで、薬が無くても痛みは消えた。英国ではこうした「社会的処方」が数年前から広がり、効果を上げている。

患者自身は薬を求めても、本当はまったく違うものを必要としているかもしれない。医者がそれに気づくには、長期にわたり安定した関係を築くことが必要、というのが澤の持論だ。

多死社会と医者の役割

英国のGPのあり方は、日本の医者の将来像にも関わる。年を取っても住み慣れた地域で暮らせるよう、厚生労働省が進める「地域包括ケアシステム」のなかで、中心的役割を期待されているのが「かかりつけ医」だからだ。

日本では、地域の開業医も元々は内科や外科など各分野の専門医だ。日本医師会は今年5月から、開業医を対象に「かかりつけ医機能研修制度」を始めたが、現時点では初歩的な内容にとどまる。

高齢化が進み、多死社会を迎える日本では、医者に求められる役割も変わっていく。高度な先端医療へのニーズは次第に減り、治療をしながら高齢者の日常生活を支え、看取ることが求められる。

日本医師会でかかりつけ医研修を担当する東京都国立市の開業医、新田國夫(71)は毎月、初期研修医を受け入れている。だが大半はその後、専門医の道を選ぶという。「30年ごろには、地域の開業医の約半数がかかりつけ医の役割を果たさないと、高齢者の看取りは悲惨なことになる」と心配する。

「東大医学部」の底力

photo:Kodera Hiroyuki

文部科学省によると、2014年度に医学部を志願した人は16万2000人と、10年前に比べ36%増えた。工学部が7%減ったのに比べ対照的で、合格に必要とされる偏差値も上がっている。

偏差値エリートは、優秀な医者になれるのか――。その頂点に立つ東大医学部では、実は医者以外の道を目指す卒業生が少なくない。

2010年卒の小林宏彰(32)は今夏、MBA取得のために米国に2年間留学する。最近までベンチャー企業「日本医療機器開発機構」や病院の救急部門で働いていた。「医者の仕事にもやりがいを感じるが、新たな医療技術の普及などで、臨床現場を良い方向に導いていくのが自分には向いているかも」。投資ファンドで働く同窓生もいるという。

東大は18年度入試から、11年ぶりに面接試験を復活させる。試験の点数が高くても、医療を志す意欲に乏しい学生が目立つのが一つの理由だ。

MBAを取得する小林の後輩で、同じ病院で働く小丸陽平(28)は、大学入試で求められた能力と、臨床の現場で必要なスキルとの間に、大きなギャップを感じるという。「医者とは、『生き延びたい』という根源的な思いを抱えた患者とその家族に向かい合う仕事。必要とされるのは、数学や物理の難問を解く知性以上に、患者や病院のスタッフと円滑なコミュニケーションをする能力です」

医学教育を専門とする東大教授の北村聖は「社会の中で医者の仕事の位置づけは『船を修理するドック』のようなもの。船自体を前に進めるリーダー的な役割を果たすわけではない」と話す。「医学界としては、優秀な人材が集まるのはありがたい。だが、社会全体で人材をどう配分するかという点から見ると、才能ある若者が医者ばかり目指すのは、あまり健全とは言えないのではないか」

医者は将来余るのか

「ウチの病院に東大卒、京大卒はいらない。アホな医者だけが欲しい。農山村で10年、20年とがんばれるのはアホなヤツだけだ」

「予防は治療に勝る」と主張し、長野県が「長寿日本一」となる礎を築いた佐久総合病院元院長の若月俊一は、生前そう語っていたという。若月の考えに共鳴し、佐久総合病院で働く色平哲郎(56)は「若月の言う『アホ』とは、目先の利得を追わず、公共の精神を持つ医者のことだ」と話す。

まだまだ日本には若月の言う「アホな医者」は少ないのか。地方の医者不足は今も解消されない。

政府は医者不足の声に応え、2008年度から医学部の定員を増やしてきた。現在、毎年約4000人程度のペースで医者の数は増え続けている。

それでも地方の医者不足が解決しないのは「医者の総数が足りないからではなく、医者が都市部に集中しすぎているから」というのが、厚生労働省や日本医師会の見解だ。同省の医師需給に関する検討会の中間とりまとめでは、今後も医者の偏在が続く場合は、科によっては医者の配置や定数を設定したり、開業や標榜する科のあり方について「見直しを含めて検討する」とした。自由に開業する場所を選べる医者の特権に、初めて公的規制をかける可能性に言及した。

日本医師会は医学部新設に反対

さらに厚労省は、医者の増加にも歯止めをかけようとしている。

現時点での日本の人口1000人あたりの医師数は2・3人と、OECD平均の3・3人を大きく下回る。だが40年には、3.1人程度になる見通しだ。同省は今年5月、「需要が多い場合でも、33年に医師数が32万人になった後は、医者が余る」と推計。医学部の定員増に歯止めをかけるべきだと指摘した。

だが受験生の「医学部志向」を反映して、医学部の新設や定員増を狙う大学は多い。今年4月には東北医科歯科大が震災復興の特例で、37年ぶりの医学部新設を果たした。来春には国際医療福祉大が「国家戦略特区」の枠で、千葉県成田市に医学部を新設する見通しだ。

日本医師会は一貫して医学部の新設に反対してきた。人口減や医療費の抑制が進む中、医師数が増えれば、収入や待遇が悪化しかねないと考える医者は多い。

「医者が増えて困るのは医者だけ」

東京大学医科学研究所の元特任教授で、現在はNPO「医療ガバナンス研究所」の理事長を務める上(かみ)昌広は「医者の数が増えて困るのは医者だけ。医者や病院の数をもっと増やし、お互いに競争させた方が、医療の質や安全性は高まる」と主張する。

だが、医療経済学では「医者は自ら患者の需要を創出する能力がある」という考え方もある。医者の数が増えて1人あたりの患者数が減っても、本来必要ではない「治療」をすることで、収入を維持できるというのだ。

医療費の総額が膨れあがったり、患者が過剰な治療を受けて健康を害したりといったリスクも生まれかねない。「市場原理」を単純に当てはめられないのが、医者の世界の難しさだ。