「じゃあ、リズムに合わせて順番に3ずつ足していきましょう」
「さん」「ろく」「きゅう」……「ななじゅうに」「はちじゅう。あれっ」
受刑者8人が輪になって、手拍子と足踏みにあわせながら、計算をするゲームをしていた。最初は調子よく進んでいたが、数が多くなるにつれてリズムが乱れていく。
最後は腕に入れ墨の入った白髪交じりの男性が計算を間違えてしまった。
長崎県諫早市にある長崎刑務所「第14工場」。九州一円の刑務所から集められた高齢受刑者専用の刑務作業場だ。
なかには認知機能が低下した受刑者もいる。
「いちに、いちに」
6月下旬の午前8時、居室棟から2列になり、ランニングシャツと短パン姿の26人が行進してきた。
腰が曲がっている人もいて、足並みがそろっていない。
年齢のこともあり、みな何かしらの持病がある。作業の前に一人一人薬をのみ、のみ残しがないか刑務官が口の中を確認する。
点呼の後、事故がないよう安全確認の唱和を済ませると、受刑者が二手に分かれた。
一方は認知機能が衰えないための簡単な計算テストなどをする通称「脳トレ」を、もう一方はフレイル(体の虚弱)を防ぐためのもも上げなどの筋トレやストレッチといった体操を始めた。
平日は毎日、作業前に30分間行う。
法務省によると、2021年の全受刑者のうち65歳以上は14.4%を占める。
受刑者は2007年以降激減しているが、高齢受刑者は逆に徐々に増え、ここ5年間は横ばいだ。
20年に全国10刑務所で入所時に60歳以上の受刑者を対象に調べたところ、認知症の疑いがある受刑者が調査対象者の13.8%にあたる128人いた。
こうした高齢者は通常の刑務作業ができないことも多く、どう罪を償わせるかが課題になっている。
出所後再び犯罪に手を染めて再び刑務所に舞い戻ってくる割合は高齢者の方が高い。高齢者犯罪で最も多いのは窃盗で、認知機能が衰えると再び盗みを働く傾向があるという。
長崎刑務所では全国に先駆けて頭と体の機能が低下しないように独自のプログラムを高齢受刑者に受けさせ、自立した生活が送れるように取り組んでいる。
脳トレと体操が終わると、刑務作業にとりかかった。
第14工場では菓子や服を入れる紙袋づくりをしている。分業で紙を折ってのり付けし、手提げ用のひもを通す。
中にはそうした作業さえ難しい人もいる。ある受刑者はひもが袋から外れないように、ひもの端に玉結びをつくる作業を延々と続けていた。
そんな中、男性(80)は黙々と髪袋に手提げ用のひもを取り付けていた。1年余り服役しているという。
「長生きできているのは、ここに来たおかげ。服役中に倒れたおかげで、心臓の手術も受けられた。規則正しい生活とカロリー計算された食事で以前は血圧が高かったのが、今では正常です。本当にありがたいことです」と笑った。
コロッケ3個とグレープジュースをスーパーで万引きして懲役3年の実刑判決を受けたこの男性は、今回が6度目の服役で通算12年間にわたり刑務所で暮らしている。
出所後について男性は「いくら刑務所が居心地がよくても、ここで死ぬわけにはいきません。孫娘には結婚してほしいので、刑務所にいたことが知れると迷惑がかかってしまうから。今度は年金でつつましく暮らしたいと思っています」
6月、刑法が改正された。115年ぶりに刑罰の規定が改定され、懲役刑と禁錮刑が拘禁刑に一本化された。
「改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、または必要な指導を行うことができる」と条文に明記され、一律の刑務作業から、個々の受刑者の実情に合わせて作業と指導ができるようになった。
長崎刑務所処遇部社会復帰支援部門の大園雄介首席矯正処遇官(44)は「これまでは一律に平等に処遇するのが基本だった。だが、最終的な目標は再犯防止。高齢受刑者は今後は刑罰を科すことから支援するという方向へシフトしていく。現在も受刑者の状況に合わせて対応しているが、それでも作業についていけない者もいる。個別の支援、働きかけが欠かせない。ただ、どのようにしていくかはまだ試行錯誤の段階だ」と話す。
長崎刑務所では2009年から、社会福祉法人南高愛隣会と連携して、高齢や障害のある受刑者の出所後の生活を支援し、再び犯罪に手を染めないように後押ししてきた。その活動が国の地域生活定着促進事業となり、2012年までに全国で行われるようになった。
長崎で当初から相談員として活動を続けてきた伊豆丸剛史さん(46)は、20年に厚生労働省の矯正施設退所者地域支援対策官となり、現在は事業を充実させるための施策づくりに関わっている。
伊豆丸さんは「更生とは真人間によみがえるということではない。受刑者は親の愛や友だちとの信頼関係、教育の機会といった私たちが得ているものを奪われたり、ないものとして生きてきた人が多い。更生はそうした失ったものを私たちと同じように得られるよう、一つ一つあてがっていく過程だ」と話す。
社会に裏切られ続けてきた受刑者は社会に出るのが怖いと思っている場合が少なくない。そうした受刑者は犯罪を繰り返し、刑務所に戻ってきてしまう。
これまで長崎刑務所の受刑者830人の支援に携わってきたという伊豆丸さんには忘れられない受刑者がいる。現在は長崎県内の養護老人ホームで暮らす、80代の男性だ。
出所して金がなくなると、神社などに火をつけ、すぐに交番に出頭して放火の疑いで逮捕され、刑務所に入るという暮らしを続け、通算50年以上刑務所で暮らしてきた。
なぜ、放火という重犯罪を繰り返すのかという伊豆丸さんの問いに、男性は「盗みは見つかったら、その場で怒られるから怖い。でも放火は怒られない」と答えたという。
男性には知的障害があり、自分の名前しか読み書きができない。これまでだれも手をさしのべてもらえずに、犯行を繰り返しながら刑務所で暮らすのが、男性なりの生き延びる術だった。
そんな男性が伊豆丸さんと出会い、受刑中に支援を受け、初めて障害があると認められ「療育手帳」を交付された。
福祉制度が受けられるようになり、出所後も安心して暮らせるはずだった。だが、出所する直前になって男性は「やっぱり自由がいい」と施設への入所を拒否。刑期を終えて出所するところを待ち構えていた伊豆丸さんを振り切るようにして、立ち去ってしまった。
数週間後、長崎刑務所から「刑務所の門の前で、男性が『伊豆丸さんに連絡してほしい』と待っている」と連絡が入った。
刑務所を出た後、県外に向かった男性は服役中の作業で得た金を使い果たしたが、今回は放火をせずに長崎に戻ってきた。なぜか。
刑務所で暮らした50年間、一度も面会はなく、出所時に迎えに来る人はいなかった。唯一の面会者が伊豆丸さんだったからだ。
「この仕事をしていると、加害者と被害者の境界線がどこなのか、時々わからなくなる。罪を犯したというドミノの最後の一枚だけで加害者とするのではなく、これまで何を失ってきたのかに着目することが大事だ」と伊豆丸さん。「サバイバルな人生を送ってきたので、手をさしのべたとしてもそれが続くとは思わない。そうした生活を長く送ってきた高齢者ならなおさら。だから更生には時間がかかる。ある組織や個人のがんばりではなく、社会全体で支える持続可能な仕組みが必要です」