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刑務所にミシュランガイドのイタリアン 働くのは殺人罪の受刑者ら、指導は一流シェフ

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ランチの準備にとりかかるシェフのダビデ・ソバッキ
ランチの準備にとりかかるシェフのダビデ・ソバッキ=2022年6月、イタリア・ミラノ、石川瀬里撮影

レストランに入るため、刑務官のいる門をくぐりボッラーテ刑務所の敷地に入った。塀の高さは5メートルほど。5分ほど歩くと刑務官らの寮があり、その1階にレストランはあった。

ひっきりなしに車が出入りするボッラーテ刑務所。ボランティアや弁護士などが毎日、所内で活動している
ひっきりなしに車が出入りするボッラーテ刑務所。ボランティアや弁護士などが毎日、所内で活動している=2022年6月、イタリア・ミラノ、石川瀬里撮影

店の窓には鉄格子がはめられている。少し緊張しながら店に入ると、「ボンジョルノ」とウェーターたちが人なつこい笑顔で迎えてくれた。

壁にはクリント・イーストウッドが主演した脱獄の映画「アルカトラズからの脱出」のポスターが貼られていた。

ボッラーテ刑務所内のレストラン「イン・ガレラ」店内は穏やかな音楽が流れ、客がリラックスしながら食事を楽しんでいた
ボッラーテ刑務所内のレストラン「イン・ガレラ」には穏やかな音楽が流れ、客が食事を楽しんでいた。壁にはクリント・イーストウッド主演の「アルカトラズからの脱出」のポスターがあった=2022年6月、イタリア・ミラノ、石川瀬里撮影

テンポ良く出される料理は、意外な組み合わせが楽しい。スパークリングワインを使ったリゾットはクリーミーで濃厚な味わいだが、添えられたかつお節とラズベリーの粉末が軽さを出している。

スパークリングワインを使ったリゾット。かつお節やラズベリーの粉末が添えられている
スパークリングワインを使ったリゾット。かつお節やラズベリーの粉末が添えられている=2022年6月、イタリア、石川瀬里撮影

季節の素材を生かした料理を得意とするこのレストランのシェフは、イタリア料理界の巨匠、グアルティエロ・マルケージに師事していたダビデ・ソバッキさん(42)。受刑者はダビデの元で腕を磨き、出所後は世界各地のレストランで働いているという。

私のテーブルについた、ウェーターのチェステルさん(34)は4年前に刑務所に入り、公募で採用されて昨年12月から働き始めた。

グラスの磨き方、テーブルセッティング、料理の出し方……、新しく覚えることばかりで「とても充実している。客と会話できるのも楽しい」。

給与としてもらう手取り月1000ユーロ(約14万円)の一部は息子(12)に送金している。夢は出所後に自分の店を出すことだ。

イン・ガレラのランチに出されるデザート
イン・ガレラのランチに出されるデザート=2022年6月、イタリア・ミラノ、石川瀬里撮影

「インガレラ」は2015年にオープンし、地元の社会協同組合が運営している。イタリアの社会協同組合は、社会的に立場の弱い人を雇用することで財政上の優遇などが受けられる。

代表のシルビア・ポレリさん(72)は「受刑者への偏見はことのほか強い。一般の人が刑務所の中で実際に働く受刑者を見ることで偏見が崩せるのではないか」と話す。

現在、店で働く受刑者や元受刑者は約10人。採用に罪状は関係ないが、殺人犯や強盗犯が多い。接客や調理の技術を習得するために、残された刑期が長いことが条件だ。

多くは飲食店や刑務所内の受刑者向けの調理場で働いた経験があるか、所内の料理学校で学んでいる。

調理場は包丁や火を扱うため、ルールを守ることが欠かせない。店で経験を積むことで、受刑者は規則を守り自分を正すことにつながるのだという。

インタビューに応じるシルビア・ポレリ
インタビューに応じるシルビア・ポレリ=2022年6月、イタリア、石川瀬里撮影

イタリアでは受刑者の労働は権利とされ、ボッラーテ刑務所では重きを置く。働くことで社会とつながり、再犯を防げるからだ。

イタリアでは服役中に働いていた場合の再犯率が2割なのに対し、働いていない場合は7割にもなる。

ボッラーテ刑務所では1300人の受刑者のうち200人が昼間は刑務所の外で働き、150人が刑務所内での仕事に従事する。商品についての問い合わせに応じるコールセンター業務やエコバッグの作成、タイヤ部品の品質管理など様々だ。

刑務所内では受刑者は私服で自由に所内を歩き回る。たばこも吸えるし、刑務官からは名前で呼ばれ、会話も自由だ。

家族との面会方法も様々だ。所内には鉄格子で囲まれ、滑り台やバーカウンターなどが設置された「公園」がある。受刑者の子供らが面会に来た際に「できるだけ日常とひとつなぎで親に会えるように」という配慮からだという。

コロナ禍で面会制限が続く中、家族とオンラインで面会できるよう、所が管理する携帯電話のアプリでの面会も可能になった。

所内は明るく、壁には受刑者たちが描いたアンリ・マティスの絵が描かれていた。グラウンドでサッカーをしていた受刑者もいた。

ボッラーテの女子刑務所内にある美容室。資格を持つ受刑者らが「店員」になるという
ボッラーテの女子刑務所内にある美容室。資格を持つ受刑者らが「店員」になるという=2022年6月、イタリア・ミラノ、石川瀬里撮影

ただ、どこの刑務所も開放的なわけではない。マフィアなどの組織犯罪や性犯罪などで収容されている受刑者は厳しい管理下に置かれている。

ボッラーテ刑務所は長期入所の受刑者が多い。レストランで働くチェステルもあと6年刑期が残っている。

受刑者たちに聞くと、「刑期が長いからこそ専門教育も受けられ、仕事のスキルも身につく」と語る人がいる一方で、「家族との面会は限られており、パートナーが自分の元を離れ、国外に出て行ってしまった」嘆く人もいた。

イタリアでは長く過剰収容が続き、13年に欧州人権裁判所から「非人道的で劣悪な処遇が行われている」と指摘された。状況を改善しようと、全国に先駆けて改革をすすめるのが、ボッラーテ刑務所だ。

元所長のコシマ・ブッコリエーロさんは「自由を認めれば受刑者は自立する。同じ服を着て番号で呼ばれてアイデンティティーを失えば、社会復帰が難しくなる」と指摘する。「働くことで社会に役立っていることを身をもって体験できる。更生とは罰することではなく、社会のためになるよう教育することだ」

インタビューに応じるトリノ刑務所長のコシマ・ブッコリエーロ
インタビューに応じるトリノ刑務所長のコシマ・ブッコリエーロ=2022年6月、イタリア、石川瀬里撮影

現所長のジョルジオ・レッジェーリさんは「いきなり出所して働くとなるとギャップが大きすぎてまた社会から孤立してしまう。徐々に社会と関わっていくのが大事だ」と話す。

イタリアは失業率が高く、受刑者が職を見つけるのは難しいが、ミラノは工業都市で南部と比べて就職口は多い。先進的な取り組みと地域の実情から、イタリア全体の受刑者の再犯率は6割なのに対し、ボラーテ刑務所の受刑者は2割にまで下がった。

受刑者が社会に受け入れてもらうには、地域社会の理解が欠かせない。ボッラーテ刑務所では、地域の人たちにとってもメリットがある場所を目指した。

レストランだけでなく、所内の職員向け保育所を地域住民に開放したり、所内で行われていた大学の授業を住民が受講できるようにした。

また、刑務所内の見学ツアーも頻繁に開く。そうした地道な活動によって、「犯罪者も同じ人間だ」と理解してもらえるという。

ミラノ市の郊外、ダビデ駅の近くにある「ヴィアーレ・ディ・ミーレ」という店を訪れた。受刑者や元受刑者が手がけた「メイド・イン・プリズン」の商品を取り扱う。

ビスケットやクラフトビール、駅などのポスターを再利用したペンケースなど、様々な商品が並んでいた。

店は2015年にミラノ市の働きかけででき、全国にある約20カ所の施設から商品を取り寄せて販売している。

北部パドヴァのドゥエ・パラッツィ刑務所で作られるクリスマス菓子、パネットーネが人気だ。グルメ雑誌でも高く評価され、様々なコンテストで表彰されている。同店全体で年間10万ユーロ(約1400万円)の売り上げがあるという。

女子刑務所内で依頼を受けたエコバッグを作る受刑者
女子刑務所内で依頼を受けたエコバッグを作る受刑者=2022年6月、イタリア、石川瀬里撮影

どの商品もプロの職人から手ほどきを受けた受刑者がつくる。使う素材もオーガニックなどにこだわる。「受刑者はきちんと仕事ができないのでは」という偏見を崩すためにも、各組合が品質にこだわりを持っている。

広報担当のマリカ・デルゾッティさん(29)は「慈善に訴えるのではなく、品質で選んでもらうことが狙い。確かな技術は受刑者への偏見を打ち崩す力となる」と話す。

「ヴィアーレ・ディ・ミーレ」で扱う商品について説明するマリカ・デルゾッティ
「ヴィアーレ・ディ・ミーレ」で扱う商品について説明するマリカ・デルゾッティ=2022年6月、イタリア、石川瀬里撮影