ギラギラとまぶしい太陽光が、四方を金網で囲われた運動場に注いでいた。気温は30度以上。約900人の男たちが、汗を拭いながら並んでいた。
「踊る囚人」。ネット上でそう呼ばれる受刑者たちが収容されているフィリピン・セブ島の刑務所は、市街地から車で20分、山あいの道を進んだ山腹にあった。美しい海と浜辺の観光地「セブ」の雰囲気はここにはない。訪れたのは、受刑者たちの踊りが月に一度、一般公開される日だ。
開演時間になった。マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」。韓国人歌手PSY(サイ)の「江南スタイル」。テンポの速い音楽に合わせ、オレンジ色の囚人服の受刑者たちが列をつくったり崩したり。首や腕を振り、腰をくねらせながら、ステップを踏んだ。音楽番組のビデオでよく見るあのダンスだ。
公演後、観光客たちがスタンドから運動場に降り、受刑者と自由に記念撮影をした。笑顔でポーズを決める姿を見ていると、殺人や強姦(ごうかん)などの重い罪で服役中の人たちとは思えない。
集団の中央に、トップダンサーの証しである黒いTシャツ姿の30人がいた。マカリオ・カンバリニャン(29)もその一人。力強くキレのある動きでひときわ目立っていた。
マカリオが刑務所に入ったのは11年前、18歳のころだ。罪状は「殺人」。
刑務所は退屈だったという。起床してジョギングしたら、朝食を食べてダラダラ。昼食後も特にすることはなく、余暇と言えばバスケットボールぐらい。夕食を食べてまた寝るだけの日々だった。
そんな生活が8年前に一変した。更生プログラムの一環としてダンスが導入されたからだ。踊るのは元々好きだった。昔、ダンスコンテストに出たこともある。全体練習は週に3日、各2時間と決まっているが、それ以外でも暇があれば自主練習。「踊るのは楽しいよ。観光客が見に来てくれることを誇りに思う」
「家族が面会に来るように」
2005年にダンス導入を決めたのは当時の所長だった。受刑者同士のケンカを減らしたいと頭をひねった。歌や楽器演奏も検討したらしいが、健康的でお金がかからず、大勢が一度に取り組めるダンスを採用した。掃除中の受刑者たちが時々、ふざけて踊るのを見て、これならみんな参加するのではないかと見込んだとも語り継がれる。
初期のころからダンス導入に携わるセブ州職員のビンス・ロサレス(33)は「最初は大変だった」と振り返る。フィリピンは貧富の格差が激しい。「ここにいる人間の8割が教育をまともに受けていない。規律が分からない相手に、踊りを教えるのは一苦労だった」
だが、変化が生まれた。会話したことがなかった者同士で食事をするようになったり、規則の大切さを口にするようになったり。ケンカも次第に減った。「ダンスは彼らの『共通言語』になったのだと思う」とビンスは話す。
強制ではないが、受刑者1600人のうち6割近くが参加している。NHKの教育番組の「アルゴリズムこうしん」に取り組んだこともある。ダンスが得意なマカリオたちは他の受刑者の指導役にもなる。「周囲が僕を尊重してくれる。居場所が出来た気分だ」と笑う。
07年7月、マイケル・ジャクソンの「スリラー」を再現した彼らの踊りを、所長が動画サイトの「ユーチューブ」に投稿した。これが転機になった。英米のメディアが取り上げ、世界中から動画にアクセスが集まり、再生回数は5260万回を超えた。今では、年間数千人の観光客が訪れるまでになった。島民の彼らを見る目も変わった。「一番大きな変化は、家族が面会に来るようになったことだ」とビンスは話す。最初は、ケンカを減らすのが目的だったのに、思わぬ副産物が手に入った。
セブにあるビサヤ大学で刑事政策を教えるアナリン・ウバスは「ダンスは彼らに社会との接点と自信を取り戻させた。更生の足がかりにもなるはず」と評価する。残念ながら、出所者の再犯率は下がっていないという。