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懲役刑廃止、刑務所にどう影響?再犯防止、更生…浜井浩一教授「懲らしめだけでは」

World Now 更新日: 公開日:
龍谷大学の浜井浩一教授
龍谷大学の浜井浩一教授=2012年11月、京都市伏見区、伊藤菜々子撮影

ーーいま、世界と日本の刑務所はどういう目的で運営されているのでしょうか。

やり方は色々と違っても、再犯防止に重点を置いた刑務所運営が世界の流れです。アメリカなどでは厳罰化を進めた結果、刑務所の過剰収容を招きました。再犯率も高く、財政的な課題にもなっています。

日本も2000年代前半は、厳罰化によって多くの高齢者や障害者が刑務所に送られ、一時過剰収容に陥りました。同じ頃、名古屋刑務所で刑務官による受刑者の死傷事件が起きました。

この反省もあって刑事政策や処遇の見直しが進みました。山本譲司さんが刑務所にいる高齢者らの実態を著書「獄窓記」で世に問うたのも大きかったですね。日本も今は再犯防止が刑事政策の中心になっています。

「獄窓記」を書いた元衆議院議員の山本譲司さん
「獄窓記」を書いた元衆議院議員の山本譲司さん=2005年10月、東京都福生市

ーー懲役刑の廃止をどう評価しますか。

懲役刑は文字どおり、「懲らしめ」という意味合いがあります。それがなくなる象徴的な意味合いは大きい。

それに、懲役刑は元気な現役世代を想定した作業を一律に課すもので、認知症などの高齢受刑者には作業自体が困難になっていました。

新たに設けられる拘禁刑の条文には「改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、また必要な指導を行うことができる」と盛り込まれています。年齢や特性に応じた改善指導のためのプログラムに取り組みやすくなるでしょう。

龍谷大学の浜井浩一教授
龍谷大学の浜井浩一教授=京都市

ーー課題はどうでしょうか。

これまで日本の刑務所は、少ない職員で多くの受刑者を処遇し、逃走や暴力といった事故を防ぐ方法で運営してきました。

刑務作業中も不要な会話や動作は許されず、単調な作業を続けさせます。従わなければ、懲罰の対象になります。管理しやすいやり方です。

しかし社会に出た時、それではやっていけない。私たちは仕事をするとき、同僚や顧客とコミュニケーションを取り、わからないことを相談し、問題を解決していますから。

毎日の生活はどうでしょう。刑務所では決まった時間にみんなで歯を磨き、顔を洗って、決まった時間に黙々と食事をし、点呼を取り、外に出て整列し、行進して工場に行きます。

これも社会に出ると違う。自分で起きて、身支度をして、食事も作らないといけないのです。

規則正しい生活を送っていれば、規律が身につくと思うかも知れませんが、その生活が「自発的」ではなく、ただ「強制」されているだけなら強制力がなくなればすぐ終わりです。

刑務所はその意味で、社会生活を送るのに必要な「自発性」を養っていません。

独房でくつろぐ高齢受刑者
独房でくつろぐ高齢受刑者=2022年6月、長崎県諫早市の長崎刑務所、坪谷英紀撮影

ーーどうすれば自発性を養えますか?

刑法が改正されたのだから、「とにかく新しいことを」となりがちですが、新しいプログラムや刑務作業を始める必要はないと思います。

まず今あるものをどう改善するかを考えるべきです。日々の生活や作業のプロセスで、会話したり、工夫したりといった余地をつくれば随分違うと思います。

その点で、「外」との断絶をなくすため、刑務所にも日常生活と近い環境を準備し、自由を奪う以外は市民として同じ権利を認め、刑務官とも積極的に会話させるノルウェーなどの例は合理的です。

そんなことをすると事故が増える、という懸念を抱くかも知れません。イタリアのボッラーテ刑務所で、プランターの手入れを受刑者にさせることにした際、剪定ばさみを受刑者に渡すのに大反対した刑務官がいたそうです。

しかし、実際に与えると、暴れる受刑者はいないし、きちんと片付けもできていたと。それだけでなく、刑務所内での自由をある程度認めることで再犯率は下がり、事故も減りました。問題は刑務官と受刑者の間に信頼関係があるかどうかなのです。

ーー「反省と更生は違う」とかねて指摘されています。まず反省についてですが、「犯罪者は懲らしめないと反省しない」という見方があります。どう思われますか。

懲らしめだけで反省する人はいません。そもそも犯罪は、人がきちんと社会生活を送っている間は起きません。借金や失業、家族との関係が悪化したといった問題を抱え、自尊感情が低下したときに起きるのです。

そんな状態でさらに責め立てられ、非難されれば、どうなるでしょう? 反発するか、心が耐えられなくなるかのどちらかです。

自分が何か悪いことをして、失敗した時のことを想像してください。犯罪者も私たちと同じ人間、弱い存在です。

ノルウェーのような人道的処遇だと、犯罪者をつけあがらせるという指摘もありますが、私の経験では、受刑者が反省したり、更生に向かうポジティブな気持ちを抱いたりするのは、自分が人間らしく、尊厳をもって扱われた時です。

のどかな島にあるバルドレス刑務所。猫が歩いていた
ノルウェーののどかな島にあるバルドレス刑務所。猫が歩いていた=2022年6月、中川竜児撮影

ーー小さな失敗でもなかなか受け入れられないことがあるのはよく分かります。反省と更生は別というのはどういうことでしょう。著書では「スケアード・ストレイト」に触れていらっしゃいますね。

スケアード・ストレイトは米国で一時流行した非行少年向けの処遇プログラムです。

非行少年を凶悪犯が収容されている刑務所に連れて行き、非行の先にあるかも知れない現実(将来の自分)を見せることで反省させて更生を図ろうというもので、一種の反面教師プログラムです。

映像も残っていて、ショックを受けてうなだれる少年たちを見ると効果絶大のようなのですが、実はこのプログラムには再犯率を悪化させる危険性があることが今ではわかっています。なぜか。

このプログラムには、不安を喚起する効果はあっても、「どうすればこうならないですむか」という具体的な道筋を全く示していないのです。

反省と更生は別とはそういうことです。気持ちだけでは立ち直れない。いくら反省しても、犯罪の原因になった問題が解決されなければ、再び犯罪に手を染めてしまうのです。

ーーそれでは、更生をどう定義しますか?

普通の市民として、社会でまっとうに生活できるようになることですね。それは、1人でできることではありません。刑務所を出たら終わりではなく、むしろそこからがスタートです。

生活を立て直し、社会の一員として認められなければならない。周囲や地域社会の理解と助けが必要です。

再犯防止に成功しているノルウェーは、各国から注目されています。ただ、コストも相当かかっているんですね。それでもノルウェーの国民は政策を理解し、支持しています。政策を支えているのは、国民の理解です。

どんな刑務所、どんな処遇がふさわしいのか、受刑者にどんな人になって社会復帰してほしいのか、日本でももっと議論をしてもらいたいと思います。