古風でヨーロピアンなスタイルの、色鮮やかなドレスを身にまとった女性が、ライフル銃を構えている。その銃口から飛び出す満開の桜の枝。弾丸を一瞬にして花に変えたかのようなダイナミズムは、まるで手品だ。ナイジェリア系イギリス人アーティストのインカ・ショニバレは、日本での個展が桜の時期に開かれることを意識して、このパワフルな新作《桜を放つ女性》(2019)を制作した。なんとも粋な計らいではないか。
ショニバレはナイジェリアがイギリスから独立した2年後の1962年にロンドンに生まれ、3歳から17歳までを両親の出身地であるナイジェリアのラゴスで育つ。その後ロンドンの芸術大学で学び、現在もロンドンを拠点に世界的な活躍を続けている。
美大生の頃、政治問題に注目したコンセプチュアルな作品を制作していたショニバレは、教員から「もっとオーセンティックな(正真正銘の)アフリカのアートを作ったらどうか」と言われる。偏見ともとれるこの言葉をきっかけに、「オーセンティックなアフリカのアート」とは何かを問い始めたショニバレは、アフリカ系の住民が多いロンドンのブリクストンのマーケットで売られていた「アフリカンプリント」に注目する。
鮮やかな色と模様が特徴的なこの布は、アフリカに住む人々が身にまとう服の生地として知られている。しかし実際には、インドネシアのバティック(ろうけつ染めの布)の影響を受け、オランダを中心にヨーロッパで生産され、西アフリカの市場で20世紀以降に売られるようになった製品であることをショニバレは知る。「アフリカ」の布はアフリカ生まれではなかった。そこには植民地時代を色濃く残す資本のシステムが映し出されていたのである。
ショニバレは「アフリカンプリント」を美術史の中に紛れ込ませる。例えば優雅なドレス姿の女性がブランコに乗り、スカートをゆらしながら遊ぶ様子を描いたフラゴナールによる有名な絵画《ぶらんこ》(1767)を参照した作品。フラゴナールは、革命前のフランスで隆盛を極めたロココ美術を代表する画家であり、貴族に愛される華やかな作品を制作した。一方ショニバレの作品では、アフリカンプリントのドレスを身につけた頭のないマネキンが、ギロチンによる斬首刑のイメージと結びつけられている。帝国主義時代のヨーロッパの上流階級や政治への皮肉が、ユーモアとともに感じられる。
さらにショニバレはアフリカとヨーロッパ、黒人と白人などのイメージにまとわりつく「らしさ」への疑いを作品の中で提示する。そのために彼は、時に自身の身体を素材として扱う。
「ヴィクトリアン・ダンディの日記」(1998)と題された写真シリーズでは、18世紀のイギリスの画家ウィリアム・ホガースの《放蕩息子一代記》から借りた構図の中で、ショニバレは19世紀のヴィクトリア朝時代の伊達男を演じている。イギリス「らしさ」の中に登場する黒人の主人公。その「違和感」が、見る人の持つステレオタイプなイメージをあばき出すのである。
また、チャイコフスキーのバレエ作品「白鳥の湖」の中で白(オデット)が善、黒(オディール)が悪という対極を示すのに対して、ショニバレの映像作品《オディールとオデット》では黒人と白人のダンサーが向き合って、互いを鏡に映したかのように全く同じ動きを見せる。二人で一人、互いが実像とその影となる関係性が、独特の緊張感と魅力を放つ。
冒頭の《桜を放つ女性》についてショニバレは「女性を称え、励ます作品」だと述べている。「フェミニズム、アクティビズム、政治に関わる表現」なのだと。よく見ると、地球儀で作られた頭部には、女性の地位を向上させるために重要な功績を残した世界中の女性たちの名前が記されており、日本人では市川房枝や上野千鶴子の名前が挙げられている。
展覧会のオープニングで作家と話す機会に恵まれた筆者が、フェミニズムに関係する作品を制作した理由を尋ねたところ「僕はフェミニストだから。黒人が受けてきた差別と女性差別は同じ問題だからこれは自分に関わる話なんだ」という答えが返ってきた。
日本の女性とイギリスを代表するアーティストが同じ絆でつながっている。勇ましく戦い、しかし人を殺めるのではなく桜を放つ女は私たちだ。「アートはトラウマをワクワクするような素敵なものに変えてしまう力をもっている」と語るショニバレの作品から勇気をもらった。人種や性別や地域を超えて、アートは私たちの意識を変える力をもっている。
ショニバレが重要なフェミニストとして作品の中に名前を記した上野千鶴子氏は、今年の東京大学の祝辞で女性差別の問題に触れ、弱者に目を向けることの大切さを述べて話題になった。ショニバレが発するメッセージをいま日本社会が受け止める意味は大きい。
参考文献:「インカ・ショニバレCBE: Flower Power」(展覧会図録、福岡市美術館、2019)