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「コレペティは食べていける仕事なの?」:斎藤優奈さん

行け!イタリアの風にのって ~若手音楽家の手紙~
チロル音楽祭での歌劇「夢遊病の女」公演の演出稽古で、指揮者のフリードリヒ・ハイダー氏と=2018年11月、斎藤優奈さん提供

コレペティートルという職業は、いわばオペラ歌手の「かかりつけ医」。単なる伴奏ピアニストではなく、歌手に音楽や台本の持つ歴史的背景や意味を伝えたり、楽譜の解釈についてアドバイスをしたりします。

でもイタリアやドイツに比べ、オペラの上演機会が少ない日本では、残念ながらプロの職業としてあまり知られていません。だから、大学在学中にコレペティの仕事を知り、その世界に引き込まれたものの、食べていける仕事として成り立つのかどうかは分かりませんでした。

東京藝術大学の楽理科を2012年の春に卒業しましたが、大学院試験に落ちて、将来はまっさら。時間はたっぷりあるので、4月に愛知県豊田市であったコンサートに、コレペティ兼プロデューサーをしている知り合いの方を訪ねて行きました。そこにピアニストとして来ていたのが、今私が働いているチロル音楽祭での上司にあたる人です。譜めくりやカフェへのお使いなど、付き人のようにアルバイトで雑用をこなしながらこの人の演奏を聴いて「こういうピアニストになりたい!」と思いました。

そこからの自分は、かなりアクティブだったと思います。直後に約1カ月、イタリアに行って、ローマに住んでいたこの「現上司」に直談判。毎日レッスンを受けましたが、ただ彼は教員ではないので、パルマ音楽院の先生を紹介してくれました。

スポレートで開かれた声楽コンクールで公式伴奏者を務めた。入賞者演奏会で伴奏する斎藤優奈さん(左)=2017年3月、斎藤優奈さん提供

さて、この年の秋からパルマに留学できることになり、ほぼ独学で必死に語学を勉強しました。両親が持たせてくれた数十万円を手に「とにかくやれるだけやってみよう」という、無謀とも言える出発です。

最初に書いたように、コレペティは伴奏ピアニストだけが仕事ではありません。ピアノが弾けるのは当たり前。その上で、歌手や指揮者、演出家とスムーズに仕事が進めていくための対応力や順応性が問われます。「ここからもう一回リハーサルをしよう」という時に、すぐに場面をくみ取って、初めての人でも気持ちよく歌えるようにしなければなりません。うまくいかないと「ぎこちない初デート」みたいになってしまいます。

コレペティはオーディション会場で伴奏ピアニストをすることもあるのですが、ごく短い時間で歌手が歌いやすいように合わせるのは難しい。歌手がどう表現したいのか、探りながらのこともあります。日本のコレペティの第一人者でもある森島英子先生の言葉を借りれば、「アンサンブルの神髄は信じること」。もう少し具体的に言えば「表現しようとするものがすばらしければ、必ず他者と共感できると信じて音楽をする」という意味だと思います。

あと、すべての音楽家に必要な「呼吸」について「『よい呼吸』とはどういうものか、難しければ、いい香りをかいだ時の感覚を思い出して」とも言われます。大事なのは、頭ではなく心で感じること。頭で考えることも大切ですが、それだけでは鼓動は変わらず、心臓や呼吸が感情に伴って変化することで、心が伝わっていくのだそうです。

スポレート歌劇場の歌手たちと。左端が斎藤優奈さん=2014年9月、斎藤さん提供

奨学金と、スポレート歌劇場での仕事で食いつなぎ、15年から2年間、ミラノ・スカラ座にある研修所のコレペティートル養成コースで学びました。豊田で出会った「現上司」が声をかけてくださり、研修所の学生をやりつつ、この年からチロル音楽祭で働けることになりました。

音楽祭ではワーグナーの作品を中心に幅広いプログラムを上演していて、夏に2カ月、冬に1カ月ぐらいは劇場から歩いて2分のアパートに住み、劇場にこもりきりになります。歌手と同様、コレペティも体力勝負。ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」では、上演までの2週間ぐらいをリハーサルにあてますが、朝劇場に行って夜遅くに帰ってくる、まさにオペラ漬けの生活です。目を酷使するし、休日に寝て回復します。契約はプロダクションごとにすることが多く、コネが物を言うイタリアでは、何度か続けて契約すると、その後も呼んでもらえるようになります。

コレペティは基本的に所属事務所やエージェントがないため、多くはフリーランスの自営業者です。今でこそフリーでやっていける覚悟はできましたが、研修所を修了した時はこの先に仕事を続けていけるのか、とても不安でした。次回は、イタリアでプロの音楽家を目指す若者(特に外国人)の職探しの難しさなどについて書きます。

中東のヨルダン・アンマンで開かれたオペラフェスティバルにも参加した。演出家や歌手たちと=2018年9月、斎藤優奈さん提供