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iPhone売れず、中国が揺れた 「アップル・ショック」激震の現場

World Now 更新日: 公開日:
アップルのiPhoneの主要製造委託先である台湾・鴻海精密工業グループの工場前。工員たちが携帯電話を片手に工場から出てきていた=2019年3月9日、河南省鄭州市、竹花徹朗撮影

「リストラ5万人」の衝撃

春節(旧正月)が過ぎ、街が活気を取り戻す3月上旬、中国の「iPhoneの街」は閑古鳥が鳴いていた。

「世界のiPhoneの半分超を生産する」(中国メディア)といわれる河南省鄭州。台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業グループが超大型工場を構える。出稼ぎ労働者が増える繁忙期は従業員が40万人を超える。

工場周辺の商店街を訪れると、食堂やスーパーが相次いで閉店に追い込まれ、一部はシャッター通りに。串焼き店の男性は客がいない店内でぼやく。「こんな状態が続けば、店がつぶれてしまう」

アップルのiPhoneの主要製造委託先である台湾・鴻海精密工業グループの工場近くにある商業ビル内。テナントが入らず近くの住民の洗濯物が干されていた=2019年3月9日、中国河南省鄭州市、竹花徹朗撮影

原因は、昨秋に売り出した新機種に代表されるiPhoneの販売不振だ。鄭州の工場は5万人規模の労働者を前倒しでリストラしたと報じられた。

中国でiPhoneの販売価格は機種によっては、1万元(約17万円)を超える。一般的な鴻海の工場労働者からみれば、月給の2倍以上だ。一方、華為技術(ファーウェイ)などの中国ブランドは数千元で買えるうえ、機能も充実。中国の消費者にはiPhoneの魅力が下がったと映る。

新年早々、世界の株式市場は「アップル・ショック」に見舞われた。米アップルは中国でのiPhoneの販売不振などを理由に、業績予想を大幅に下方修正。世界の株価が急落した。ティム・クック最高経営責任者(CEO)は声明で「中国経済は、米国との貿易摩擦でさらに影響を受けたとみている」として、米中摩擦も一因との見方を示した。

アップルのiPhoneの主要製造委託先である台湾・鴻海精密工業グループの工場前。工員たちが携帯電話を片手に工場から出てきていた=2019年3月9日、中国河南省鄭州市、竹花徹朗撮影

1990年代以降、インターネットなどテクノロジーの進化が進み、先進国の多国籍企業は賃金が安い新興国に製造拠点を移し、世界的な分業体制をつくりあげた。アップルは、こうした「グローバル・バリューチェーン」と呼ばれる供給網の恩恵を受けた象徴的な存在だ。世界中に企業の「供給網」が複雑に張り巡らされている時代に、貿易戦争の影響を予測するのは極めて難しい。

「賠償金を払え!」。昨年11月、中国沿岸部の福建省アモイ。iPhoneのガラス部品をつくるメーカーがリストラに着手すると、出稼ぎに来ていた1000人超の労働者が激高し、会議室で長いすを投げつけるなど暴れ出した。地元自治体の幹部らが駆けつけ、事態の沈静化を図ったが、納得しない人々が工場の近くにある空港を占拠しようとした。

天安門広場前に掲げられた中国国旗の下で携帯電話を使う男性=2019年3月7日、北京、竹花徹朗撮影

中国は2001年のWTO加盟後、輸入した原材料を加工・製品化した後、大量に輸出する貿易システムを築き上げ、世界第2位の経済大国にのしあがった。21世紀、自由貿易の恩恵を最も受けた国の一つだ。

「中国製造2025」を掲げる中国政府は、次世代情報通信などの先端分野を重視。安い労働力を使ってつくる消費財から高度な製品へのシフトが進んでおり、25年までの「製造強国」の仲間入りをねらう。首相の李克強(リー・コーチアン)は3月下旬、世界の政財界の有力者を前に国際経済会議で演説し、「中国は自由貿易を提唱し、公正な貿易を主張している」と訴えた。だが、中国が国有企業の優遇などの貿易慣行を変え、米国流の自由貿易のルールにかじを切る見込みは乏しい。

被災地の工場にも影響

アップル・ショックの「余波」は、日本各地にも伝わっている。

岩手県宮古市の赤前地区。海に近い高台に立つヒロセ電機の子会社の工場は、東日本大震災時、すぐそばまで津波が押し寄せた。

約200人が働く工場では、スマートフォンなど電子機器の配線をつなぐ「コネクター」と呼ばれる部品を製造しており、同社はこの分野で世界有数のメーカーだ。長さ数ミリの微細な部品は、組み立てを担う中国などの工場に送られ、アップル製品にも組み込まれている。

海を望む高台にたつ、東北ヒロセ電機の工場=岩手県宮古市赤前、五十嵐大介撮影

地元では「世界のヒロセさん」の愛称で親しまれ、工場に隣接する県立宮古工業高校から毎年数人が就職する、地元の主要企業。ヒロセ電機は今年2月、スマホ向け製品の販売低迷や米中貿易摩擦による中国経済の減速などを理由に業績予想を引き下げた。

アップルが3月に公表した上位200社の供給元リストを集計したところ、部品の供給元の工場は世界で約800拠点にのぼる。中国が380拠点でトップ、日本は約130拠点と2位で、ほかに米国、台湾、韓国、イスラエル、ノルウェー、メキシコなど供給元は世界28カ国・地域にのぼる。中国の製品の高度化で、中国の拠点の数は増えている。

日本の供給元も、北は北海道、青森、秋田、山形から、南は熊本、宮崎、鹿児島まで、全国に広がる。トランプが関税攻勢を広げれば、日本各地に散らばるメーカーにも影響を与えかねない。

8割以上が中国外からの部品、でも組み立てたら「中国製」

こうした現実は、トランプが問題視する中国に対する貿易赤字の額をゆがめている。

政策研究大学院大学教授の邢予青(シン・ユーチン)の試算によると、販売価格が999ドル(約11万円)のiPhoneXの製造コストは約409ドル。中国で組み立てられていても、中国製の部品は約15%分しかないという。部品の8割以上は、日本や韓国などから輸入される半導体やディスプレーなどだ。それでも、できあがった製品はまるごと「中国製」となり、米国に輸出されると中国からの輸入品として、対中貿易赤字をふやす要因となる。

アップルの供給元国・地域別の拠点数

さらに、製造コストを引いた残りの約590ドル分の価値は、ブランドやソフトウェアといった知的財産などが生み出しているが、貿易統計にはあらわれないという。邢は「トランプ大統領は貿易赤字を良く思っていないが、米国は実際、無形の資産を通じて多くのお金を得ている」と話す。

アップルのiPhoneの主要製造委託先である台湾・鴻海精密工業グループの工場。人材募集訓練センターの前で大勢の労働者が雑談していた=2019年1月19日、中国広東省深圳、竹花徹朗撮影

経済協力開発機構(OECD)の報告書によると、どの国で付加価値がつけられたかに基づいて算出すると、米国の対中赤字は4割減るという。WTOとOECDは、いまの世界の製造業の製品は「メイド・イン・ザ・ワールドだ」と指摘している。

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