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自由貿易は民主主義を滅ぼす エマニュエル・トッドが訴える保護貿易

World Now

――米中貿易摩擦をどう見ていますか。

「二つの仮説を立てています。ひとつは経済的な面ですが、米国でとりわけグローバリゼーションが進みすぎたということです。中国が世界の自由貿易体制に入りましたが、一方で米国は最近、死亡率が増加し、平均余命が低下している。そうした要因が合わさって、行き過ぎた自由貿易を止めなければいけないという動きが起きている。何らかの保護、保護主義を必要としているというのです」

「もう一つは、より政治的で、グローバルな覇権をめぐるものです。これは、米国が唯一の超大国ではなくなったことに起因します。中国は20~30年にわたり、(米国が)労働力を使うためのいい貿易パートナーを演じてきました。ところが、今では力をつけて『危険』な存在になっています。グローバルな覇権を失い、中国が新たな覇権を獲得することは、米国には到底受け入れられません。米国はおそらく、手遅れになる前に、少しずつ中国の力を壊そうとしていると思う。今は、それができるタイミングでもあります。米国は衝突を起こすのは非常に上手ですよね。そして、それに勝つことも。これは、米国が日本と1930年代にやったゲームと似ています」

――米中の貿易摩擦は、世界貿易機関(WTO)の下で築かれてきた戦後の貿易システムが失敗だったということを意味しているのでしょうか。

「構造的な失敗でありません。私自身は、自由貿易の考え方にも利点はあると思っています。ある国が、何かの生産に特化して、経済的なスケールメリットを得る。そして国同士が協力し合う。まったくもって合理的だと思います」

「問題は、完全な自由貿易は国内で格差を拡大させることです。エリート主義、ポピュリズムによる衝突も引き起こします。自由貿易に賛成するか、反対するかではなく、どの程度の自由貿易なら社会が許容できるかという話なのです」

「(自由貿易を擁護する)高名な経済学者たちは失敗を犯しました。前回の米大統領選挙で、トランプ氏に反対すると同時に自由貿易を称賛しました。一方、トランプ氏は『Crippled America(傷ついたアメリカ)』という本を出しました。そして、人々は選挙でトランプ氏を選んだ。なぜなら、その本の方が現実に近かったからです」

「トランプ氏の他の発言は馬鹿げていますが、有権者に重要だったのは彼が真実を語っていたということです。米国民は自由貿易にうんざりしていました。死亡率の増加、自殺率の上昇などは、米国社会がうまくいっていないことの証しです。サンダース氏は民主党候補にはなりませんでしたが、彼も保護主義を訴えていました。米国がより保護主義の態度へと変わったことが見てとれました」

■「過度の自由貿易が社会を分断」

――あなたは以前から保護主義的政策への転換を提言していますが、今がそのタイミングなのでしょうか。

「そうです。10年以上前から、伝統的な経済学者と闘いながら考えてきました。過度な自由貿易は社会を分断する。なぜ、このシンプルな現実を受け入れるのが難しいのか。共通認識として受け入れられるはずです」

「世界各地で起きている格差の拡大が自由貿易と関係があることは、疑いの余地はないでしょう。学生のための経済本にもそう書いてあると思いますよ。国際的な自由貿易はGDP(国内総生産)を上げるかもしれないが、社会の中で格差を広げる、と。左翼であれば、だから、再配分が必要だと言うでしょうね」

「ただ、自由貿易は格差を拡大する道具ではあっても、要因ではありません。格差を受け入れることで自由貿易政策が進められるのです。ここで注目すべきは教育です。戦後の教育システムの進化は、人々に新たな階級をもたらしました。一般的には人口の30%が高等教育を受けるのに対し、20%は初等教育で終わっています。その結果、30%に含まれる人々は自分たちの方が優れているという新たな潜在意識を持ち出した。30%に含まれるなら、社会の他の人たちを忘れることができる、と。教育レベルの違いが格差を受容し、完全な自由貿易政策の受け入れを許すのだと思います」

■「自由貿易は宗教に近い」

――ですが、保護主義に転換すれば、これまで安く買えていた物の値段が上がるかもしれません。自由貿易の恩恵を受けてきた人々に影響があるのでは?

「保護主義というのは、自由貿易のようなイデオロギーではありません。自由貿易主義者は、そこに完璧な世界があって、関税をすべて取っ払ってというような世界を描いています。自由貿易というのは、宗教に近いと言えます。これに対し、保護主義は国家がとる手段です。もちろん、保護主義に移れば、いくつかの価格が上がる。ただ、労働市場も違うものになる。労働者の賃金は上昇するでしょう。少しずつ、うまく保護主義政策をすすめれば、労働者や技術者にアドバンテージを与えるはずです」

「そもそも、保護主義によって輸入品の価格が上がるというのはとても古い考えです。保護主義がつくりだすのは社会的な革命で、本当のゴールは、社会の中の力のバランスを変えることです。格差を解消し、エンジニアや科学者、モノをうみだす人にアドバンテージがあるような社会へと移行する。保護主義というのは何かを創造することです」

■「保護主義が民主主義を取り戻す」

――著書の中で「民主主義と自由貿易は両立しない」とも主張していますが。

「ある程度の自由貿易なら問題ないでしょう。しかし、あるポイントに達すると、経済的な格差が広がり過ぎて、民主主義と自由貿易を両立できなくなります。自由貿易をある程度やめて民主主義を救うか選択を迫られる。民主主義の根底には、いくつかの平等が求められます。市民権、法の下の平等、投票権、そして、そこには経済的な要素も絡んできます。政治的民主主義が、経済的な格差の拡大を野放しにしたままでは成立しません。そして私たちは、すでにその段階に到達してしまっている。ここでの問いは、完全な自由貿易を手放すか、民主主義を手放すかなのです」

「仮にトランプ氏のネガティブな部分を抜きにすれば、保護主義的な政策というのは、私には、民主主義を取り戻すための理にかなった方法に見えます。米国は今、普通の民主主義に戻ろうとしている。私にはそう思えます。ですが、欧州、とりわけフランスでは同じことは起きません。欧州連合(EU)は、これまで以上に自由貿易を推し進め、擁護を叫んでいます。しかも、あの中国と一緒になって! これだけでも、自由貿易が民主主義とリンクしないことがよく分かると思います。民主主義と対極にあるような国がそう言っているのですから。欧州の状況はそういうことです」

――中国は、欧米などから市場開放が不十分だと批判される一方で、自由貿易の重要性を唱えていますね。

「ビッグジョークです。中国は自由貿易を体現しているとは言えません。深層では保護貿易主義です。米国の保護主義的な態度というのは、そういう意味では中国の保護主義へのリアクションとして説明できるかもしれません。中国のケースは、自由貿易と民主主義が反目しあうという証明なのかもしれません」

■「WTOは保護主義移行機関に」

――「行き過ぎた自由貿易」とは、どのような状態だと考えますか。

「どのタイミングでそのポイントになるのか、私たちには分かりません。ただ、景気後退、生活水準の低下、それに上流階級とそれ以外の層の社会的な対立が、各国で見られるようになっています。いつ、ということは言えませんが、そのポイントを私たちはすでに越してしまったようにも思えます。私たちはすでに行き過ぎてしまっているのです」

――改善するためには、どのような政策が求められるでしょうか。

「WTOを『保護主義移行機関』のようにしたらどうでしょう。保護主義だからといって、ナショナリストになる必要はありません。私は戦争も、ナショナリズムも嫌いですよ。自由貿易が平和をもたらす、というのが事実でないのと同様に、保護主義が国家間で戦争を引き起こすというのは間違いです。EUでは、ユーロという通貨によって、地域には大きな経済的な壁ができてしまっています。ドイツのシステムがフランスやイタリアの産業構造を壊しています」

「保護主義が多くの人に利益をもたらすこともできます。例えば、中国経済が輸出主導から内需主導になかなか移行できずにいます。ダイナミックな内国市場がないからだと言われていますが、私は自由貿易に原因があると思っています。輸出によって利益は上がりますが、そのシステムに縛られてしまっている。そこから抜けだし、多くの人の生活水準を高めるといったことができない。もし米国だけでなく、欧州も保護主義政策をとったら、中国は対応しないければならなくなります。外需のインセンティブはなくなるわけです。おそらく経済は、内需主導に切り替わっていくでしょう。中国がいつか、トランプ氏に感謝する日がくるかもしれません」

「ここ何世代かで培ってきた自由貿易はポジティブで、協調的な国家間の関係を築けていたかもしれません。この関係をよりオーガナイズされた、より保護的な政策の中で築けないことはないでしょう。労働者を守り、社会的な結束を再構築し、新しいプライオリティーを持つことだって、国際的に同意できるでしょうし、協力もできるでしょう」

「まず、保護主義とナショナリズムを切り分けなくてはなりません。保護主義はナショナリズムではないと、私は考えています。保護主義は現時点では民主的だが、ナショナリズムは違います。保護主義は純粋に経済的なものですが、ナショナリズムは『力』です。ナショナリズムの深層には、自らが世界の中心であるという考え方があります」

――保護主義とナショナリズムが一部重なる危険性はありませんか。

「確かに、いくつかの国において、おそらく、エリートの失敗によって、それらが重なることもありました。しかし、その後すぐ、ナショナリズムの高まりと保護主義の関係はないとわかりました。国家感情の高まりの原因は、自由貿易によってもたらされたものです。なぜなら自由貿易は社会や国家を壊す。自由貿易がナショナリズムを生み出す。これが私たちが見ている現象です。そしてナショナリズムが保護政策へと傾倒させる。このような惨状をもたらす根源には、行き過ぎた自由貿易があります」