1. HOME
  2. World Now
  3. 仮想通貨の天国と地獄を見た男 マウントゴックス元CEOが振り返る

仮想通貨の天国と地獄を見た男 マウントゴックス元CEOが振り返る

Re:search 歩く・考える 更新日: 公開日:
マウントゴックスのマルク・カルプレス元CEO=7月、東京、西村宏治撮影

■<関連記事>ビットコインが変えたもの、変えなかったもの 買って分かった仮想通貨の理想と現実

■<関連記事>「ビットコイン」もはや下降トレンド 注目すべきは「ブロックチェーン技術」

■<関連記事>「仮想通貨は政治に頼らない」と言うけれど 結局、通貨と政治は切り離せない

――なぜビットコインとかかわるようになったのですか。

2009年に日本に移住して、ITの会社を立ち上げました。その顧客の中にペルー在住のフランス人がいて、「ビットコインで支払いたい」と持ちかけられたのが、そもそものきっかけです。彼が言うには、フランスの銀行の口座を持っているのに、住所がペルーにあるため「カード決済が通らないことがある」ということでした。それで、ビットコインについて調べ始めました。 

――調べてみて、どんな感想を持ちましたか?

よく考えられているな、と。実際に2台のコンピューターをつないでビットコインを送りあってみると、ちゃんと送られていましたし。

ただ、換金が難しいという問題がありました。マウントゴックスは10年7月からビットコインとドルを交換する事業を始めていたのですが、日本円での送金ができなかったんです。

でも、掲示板などで呼びかけてみると「じゃあ、日本円に替えて送金してもいいよ」という人もいたんです。だから必要なときは、誰かに頼んで換金してもらえばいいんじゃないか、と考えました。

10年の秋に、ビットコイン支払いの受け付けを始めました。法人でビットコインの受け付けを始めたのは、世界初だと思います。

 

――当時、ビットコインが「新しい通貨」になるという実感がありましたか?

正直、それほどではありませんでした。でも、他の決済システムにデメリットがあることにも気づいていました。たとえば、日本のカード会社は、私のところみたいな小さい会社は、なかなか受け付けてくれなかった。ほかにも、たとえばペイパルは手数料が高かったし、取引代金が会社の口座に入るまでに2~3週間かかっていました。

ビットコインの場合は確かにすぐには現金にできなかったけど、それでも1週間ぐらいで現金にできました。手数料も、14年の初めぐらいまでは無料でしたし、処理も大体すぐにできていました。

問題は、利用者が出てくるかどうか。でも、もし、アマゾンとかでビットコインが使えるようになったら、いろいろと面白いことができると思いました。

 

――初期の仮想通貨コミュニティーには、リバタリアン的な考え方の人が多かったと思いますが、マルクさんは思想よりも技術に注目したんですね。

そうですね。リバタリアンの人も多かったですが、自分は政府が結構役に立っていると考えているほうだと思います。税金をちゃんと払えば、警察がいてくれるし、道路もちゃんときれいにしてくれる。特に日本みたいなとても治安がいい国はそうですよね。

どんな組織にも、問題はあります。フランスはとても長い間、いろんな政治システムを経験してきました。王制もあったし、共和制も5代目です。だから政府は完璧ではないけれど、少なくともみんながバラバラでやっているよりはいいな、と思っています。ムダは多いけれど、そこは政府をもっとよくすればいいんじゃないかなと。

利用者急増、態勢おいつかず

マウントゴックスのマルク・カルプレス元CEO=7月、東京、西村宏治撮影

――なぜ、マウントゴックスを引き継いだのですか?

11年1月ごろですが、マウントゴックスを立ち上げたジェドさん(※ジェド・マクレエブ、マウントゴックスの創始者)からメールが来て「取引所を個人でやるのは大変だから、会社で運営を引き受けてくれないか」と。当時は会社としてビットコインにかかわっているところが、ほかになかったんです。

自分が日本で交換所をやったら、ビットコインを日本円に換えやすくなります。それにビットコインの利用者を増やすにも、安定した取引所が必要だと思っていました。だから将来は分からないけど、すでに動いている事業があるならやってもいいんじゃないかなと。

11年3月にマウントゴックスを引き継いだ時、利用者は2000人弱。もしお客さんが増えれば、スタッフも増やして、少しずつ成長していけばいいと思っていたんです。1年で1万~2万人になればいいというイメージでした。

その年の4月に、雑誌TIMEにビットコインの記事が掲載されたこともあって、一気に利用者が増えました。6月にはマウントゴックスはハッキング被害に遭ったのですが、このときの利用者が6万人でした。3カ月で6万人です。その後はしばらく落ち着いていましたが、2013年にまた急成長して、結局、100万人を超えました。

 

――それだけの急成長は想定していたのでしょうか。

全然しなかったです。11年にハッキングを受けた際、自分でシステムを作り直したんですが、そのときも6万人の利用者が、2年後に20万人とかいうレベルだと思っていました。それが13年には、新規で月10万件の加入がありました。それだけあると処理も混乱しますし、それ以前にスタッフ100人がかりで身分証明書の確認とかをしなくちゃいけないんです。

来月にはおさまるよ、と思っていると、またも記事に取り上げられて、さらに利用者が増える。そんな状況についていくだけで精いっぱいでした。

 

――当時、不安はありませんでしたか?

忙しすぎて、考える時間がないんです。成長についていくだけで大変なのに、ふつうの事業では考えられないことがたくさん起きました。目の前の火事をとめると、また別のところで火事が起きる。そんなモグラたたきのような状態でした。

2012年には、フランスの銀行口座が強制解約されました。「銀行でないのに銀行っぽいことをやってる」とかいう指摘です。それでポーランドの取引所を買収して事業を続けました。フランス当局も後で分かってくれたんですが。

米国でも2013年の春に当局から差し押さえを受けました。これはシルクロード(※)との関連が疑われたんじゃないかと思っています。もちろん、無関係です。最終的に別の人物が逮捕されましたが、その人物の裁判では、捜査当局が当初はマウントゴックスを疑っていたことが分かりました。

こちらは、そんなことは分からないから、米国の弁護士事務所に政府とやりとりしてもらって、なぜ差し押さえなのか、どう再開するのかを探っていきました。当時は仮想通貨がどういう位置づけになるのか、法律も複雑だし、不透明だったんです。

 

※シルクロード 麻薬の密売などを大々的に手がけ、ビットコインで決済していた闇サイト。2013年に運営者が逮捕された。

 

会見の最後、座ったまま頭を下げるマウント・ゴックスのマルク・カルプレスCEO=2014年2月、東京・霞が関、長島一浩撮影

振り返って気づいたビットコインの弱み

――結局、当初考えられていたような、決済の基盤としての使われ方は広がりませんでした。

当時は忙しくて考えられなかったのですが、破産の後、時間ができて改めて考えてみると、決済のシステムとしての使い心地、メリットがなくなったんじゃないかと感じました。

最初は決済に使う人もいました。でも、私のITサービスの事業をみると、2013年になるとビットコイン払いが少なくなっていくんです。最初はビットコインで払っていたひとが、カードなどで払うようになったんです。

 

――なにが問題だったのでしょうか。

まず、値動きが激しすぎました。1000円の商品を買ったつもりが、決済をしている間に、払ったビットコインの価値が1200円、1300円となっていってしまうんですよ。支払い側からすると、損したような気分になるということなんです。 

ビットコイン価格のグラフ(仮想通貨情報サイトCoinDeskのデータから筆者作成)

カード決済や携帯の支払いが進んできたこともありました。アップルペイも米国でのスタートが2014年です。そういうところがどんどん進んでいて、ビットコインが埋めようとしていた分野に手を伸ばしてきた。

もうひとつ、自分がマウントゴックスを率いたのは2011年から14年までの3年間ですが、この間、ビットコイン自体の技術がほぼ動かなかったことも原因の一つでしょう。新しい技術を加えるなどちょっとした改善はありましたが、ベースのしくみが動かなかった。ナカモトさん(発案者とされるサトシ・ナカモト)も結局、やめてしまった。

 

――誰でも参加できるコミュニティーの運営の難しさもありました。

自分がビットコインを始めた時は、まだ価値がなかったので、掲示板とかで「ちょっと試したいからくれないか」と呼びかければ、100BTCでも1000BTCでも、誰かからもらえていました。みんな、すごく仲良くやっていたんですよね。でもユーザーがすごく増えて、エンジニアのみのコミュニティに、投資目的とか、そういうエンジニアでない方々が入ってくると「とりあえず、もうけなくちゃいけない」という意識になってきたのです。しだいに価格の方が重視されるようになり、トレーディングをやる顧客が増えてきたんですね。

――今後は、どうなるんでしょう

ほかの仮想通貨は置いておいて、ビットコインだけを見ると、通貨として使うには無理があります。

あれだけ値動きすると、例えば、ある会社が請求書を印刷して郵送したら、先方に届いた段階では、もう全然違う金額になっている。そんな状況になりかねない。ネット決済ですら、数分の間に相場が急落して決済できなくなってしまうようなことがある。ユーザーにとっては悪い体験になるし、「ビットコインで払おうとしたんだけど、どういうことですか?」というクレームが行くようになったら、通販サイトもやめようということになる。

そんな状況で、「未来の通貨として世界的に使えるようになるのであれば、いまのうちに買った方が得だな」という考え方は成り立たないですよね。

 

――ビットコイン以外の仮想通貨については、どう見ていますか。

新しい技術をつくっている会社はいっぱいあります。イオス(EOS)とかイーサリアムとか、リップルとか、ステラとか。でもこれらは、まだ未知数なんですね。

それから、仮想通貨の技術を使って、単にアイデアだけ加えたようなコインもあります。そういうのは、本当は金融商品とされてもいいんじゃないかと思います。ひとつひとつ、どんな約束をしているかによるけれど、中には詐欺と言えるものもある。大体、つくるのにほとんどコストがいらないのに、アイデアひとつで何千億円も集められるという話になると、変な人が集まってきてしまいます。だから、そういう話には要注意だと思いますね。

 

――新しい技術を使った仮想通貨なら、今後広がることはあるんでしょうか。

一応、あり得るとは思いますが、まだ分かりません。

ビットコインには大きな問題がいくつかあって、ひとつは処理能力。これはいろんな方法で解決しようとしています。ブロックを大きくしたり、トランザクションを小さくしたり。でも、まだ理想の解決方法というのにはなっていないと思います。

もうひとつの問題は電気です。いまビットコインのマイニングに使われる電力は、スイス1国分よりも大きい。ネットワークを守るために必要な電気だけど、いまの利用のされ方を見ると、取引の処理能力がそれほどでもないのに、膨大な電気を使うというのでは、ムダとしか言いようがない。 

中国・内モンゴル自治区オルドスで2017年8月、中国系企業のマイニング設備を点検する技術者(Bloomberg提供・ゲッティ=共同)

別のしくみでやっていけばいいのですが、いろいろ試されているけれど、まだセキュリティ的にいいものはできていないと思います。 

強いリーダーがいればよかった

――コミュニティーの統治については、どう思いますか。

仮想通貨の一番いいところは、安全性です。銀行の場合、中央のサーバーが落ちると困ってしまう。仮想通貨だと、その中央がないというのが大事。でも、ガバナンスがないものはなかなかうまくいかないので、ガバナンスはきちんとあって、かつ技術的に中央のないしくみをちゃんとつくればいいんじゃないかと思っています。

結局、(誰でも開発に参加できる)オープンソースのプロジェクトでも、ガバナンスがないところはないんです。Linux(オープンソースで開発されている基本ソフト)なんかそうですよね。創始者のリーナス・トーバルズが、いろんな提案を受けても、気に入らないものは、気に入らないって言いますから。最終的に決める人がいるんです。

ナカモトさんの場合も、すごくいろんな人から「もっとこうした方がいい」と言われたと思うんです。そして「そうはしたくない」って断ったら、それも「間違ってる」とかいろいろ言われる。そういうことが嫌になって、彼はこの世界からいなくなった部分もあるんじゃないかと思います。

 

――マルクさんとしては、どういう形が良かったと思いますか。

やっぱり、それだけの責任を取れる人、気の強い人が上に立たないと、なかなか難しいんだと思いますね。責任者がいないと。

あるいは、ルールを決めておけばよかったかもしれない。お金を入れている人の不利益になることはやらないように、なにか提案するにはお金を払わなくちゃいけないようにするとか。

もうひとついいんじゃないかと思うのは、仮想通貨をすごくたくさん作って、自然淘汰にまかせることですね。なにがいいとか、いま言うんじゃなくて、数年後に生き残ったものをいいものだと考えればいい。新しいものだから想定できないことも多いし、参考資料とかない分野ですから。

仮想通貨の運営には、システムやプログラムだけでなくて、金融と法律の分野もかかわってきます。自分も、すごくお金持ちのお客さんが出てくるとか、銀行や国との戦いになるなんて想像すらしなかった。ましてや、麻薬とのかかわりまで疑われるとは、本当に想定外でしたから。

 

――最後に、マウントゴックスの今後についてどう考えていますか。

破産してからは、すべて管財人の管理下にありますが、自分もできることはやっていきたいと思っています。今年に入って、手続きが破産から、民事再生に切り替わりました。それもみんなの希望があってのことです。一番いい結末になるように引き続き、協力はしていきます。 

記者の質問を受け弁護士が相談する最中、下を向くマウント・ゴックスのマルク・カルプレスCEO=2014年2月、東京・霞が関、長島一浩撮影

――流出したビットコインについては、どうなりそうでしょうか。米国の捜査当局が追いかけていて、昨年ギリシャで逮捕されたロシア人、アレクサンダー・ヴィニク容疑者が、流出にかかわったとみられているようですが。

自分もモニタリングはしています。ヴィニク氏が運営に携わっていた仮想通貨交換所には、マウントゴックスから63万BTCぐらい流れています。どんな低い確率でも、可能性があるなら、取り戻せるように努力していきます。

マルク・カルプレス 1985年、フランス出身。アニメなどの日本の文化が好きで、2009年に日本に移住。ウェブサイト向けのレンタルサーバー事業を手がける会社などを立ち上げた。2011年にマウントゴックスの経営を引き継ぎ、CEOに。そこから3年間率いたが、2014年、経営破綻の責任を取って辞任した。

2015年には、マウントゴックス社をめぐる業務上横領などの罪で逮捕・起訴されたが、進行中の公判では無罪を訴えている。問われている事案は、マウントゴックス社からカルプレス氏の持つ別企業への貸付金が横領にあたるといったもので、ハッキングによるビットコインの流出とは関係がない。

【おかねの世界をより深く知る】

カジノや環境汚染につながる融資は除外 「倫理銀行」が挑む銀行の姿とは

大学生の私がお金を使わない理由 

先進国が問う「豊かさ」の新常識とは? ベーシックインカムと地方移住