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カジノや環境汚染につながる融資は除外 「倫理銀行」が挑む銀行の姿とは

欧州の格差を歩く
ルジーノさんの遺影を前に銀行問題について話すリディアさん(左)とリディアさんの母=チビタベッキア

「こうした結果になったのは、裏切りのためだ」

イタリア・ローマ郊外の港町チビタベッキア。2015年11月、ルジーノさん(当時68歳)が自宅で自ら命を絶った。

パソコンに残した妻のリディアさん(66)あての遺書には、資産を預けていた銀行に裏切られた無念さや家族を養っていく自信がないことがつづられていた。その直前、地方銀行のエトルリア銀行の経営破綻が決まり、ルジーノさんが持っていた11万ユーロ(約1400万円)分の銀行の社債は「紙くず」になった。社債とは、銀行などが事業の元手を集めるために発行する債券のことだ。

ルジーノさんの死は英BBCなども報じて国際的なニュースになった。当時、銀行危機の取材にイタリアを訪れた私は、銀行問題に取り組む弁護士を通じて彼女に取材を依頼したことがある。自殺者まで出した銀行の問題の根深さに驚くとともに、お年寄りが多くの資産をなくす状況に不公平さを感じ、話を聞いてみたいと思ったからだ。その時は丁重に断りの連絡を受けたが、今年5月に自宅を訪ねると、その時のことを覚えていてくれ、自宅に招き入れてくれた。

夫ルジーノさんが銀行危機の犠牲になったリディアさん(左)とリディアさんの母=チビタベッキア

「ルジーノは本当にまじめで、部下の面倒もよくみた。銀行員のことも親身に話を聞いたわ」とリディアさん。長年、電力会社で勤めたルジーノさんは、家族ぐるみのつきあいがあった銀行員の勧めで退職金や年金を社債に切り替えたという。

「失ったお金は今も1ユーロも戻ってきていない。生活は一変したし、生活費は切り詰めるしかないわ。それも大変だけど、彼がもう戻ってこない現実の方が目の前にあるのよ」と寂しそうに語った。

ルジーノさんが資産を失ったのは「投資家」として扱われたからだ。イタリアには日本と同じように預金保険制度があり、銀行が破綻しても預金は一定額は保護される。

しかし、リーマンショック後に銀行救済に多額の税金をつぎ込んだ反省から、欧州連合(EU)は、経営危機の銀行に公的資金を入れる前に「投資家」にまず損失を強いるルールを導入。銀行員の勧めで預金を社債に切り替えたルジーノさんのような人たちは「投資家」として救済対象にならなかった。

イタリア消費者連盟によると、15年以降、少なくとも破綻した4銀行で個人計25万人が同様に計60億ユーロ(7800億円)を失った。多くは年金生活者だという。

バンカ・エチカのローマ支店

この銀行危機は新たな格差を生み出した。イタリアでは24歳未満の失業率は32%とユーロ圏では3番目に高い。若者に対し、年金を受け取れるお年寄りは比較的恵まれているとされてきたが、不運にも銀行が破綻して資産を失ったお年寄りは生活に困窮するようになり、新たに「お年寄りの貧困問題」を生み出した。

消費者連盟が働きかけて、銀行などが弁済金の基金を作ったが、失った資産60億ユーロに対し基金の規模は1億ユーロしかなく、資産をなくした年金生活者にほとんどお金は戻ってきていないという。さらに経営危機に陥った銀行は貸し出しを渋り、中小企業の経営や個人の生活にも影響を与えた。

そんな事態を招いた銀行の経営を批判し、不満をすくい取ってきたのが、5月に発足した新政権の一角を占めるポピュリスト政党の「五つ星運動」だ。銀行規制の強化を訴え、銀行への抗議活動を繰り広げてきた。

五つ星運動を支援する支持者たち。銀行への厳しい声が相次いだ=ローマ

3月にあった総選挙で、南アフリカのプレトリア大学の教授(政治経済学)から、五つ星運動の下院議員に当選したロレンツォ・フィオラモンティ氏は「銀行のビジネスモデルを変えないといけない。銀行はこれまで消費者を欺いてきた。消費者を守る法律も必要だ」と訴えた。銀行危機は景気が急速に悪化したことが引き金だが、銀行が業績を優先するあまり、貸し付けの審査が十分でなかったり、高い収益性が見込めるがリスクも高い金融資産への投資を増やしたりしたことも背景にあるとみる。

そんな五つ星が銀行経営のモデルとして一目置くのが、イタリア北部パドバに本店を置く「バンカ・エチカ」(倫理銀行)。1999年創立で、イタリアとスペインに計20支店を構えるだけの小規模な銀行だが、五つ星運動の創設者でコメディアンのベッペ・グリッロ氏も株主に名を連ね、株主になりたいという個人や団体が増えて注目を集めている。

この銀行の特徴は、融資の判断にあたって、融資先の収益性より、社会や環境などにとって利益になるかどうかを重視する点だ。アレサンドロ・メッシーナ最高経営責任者(CEO)は「収益性ももちろん評価しますが、その融資がよりよい社会づくりにつながるのかが最も大事な判断基準です」と説明する。融資にあたっては、融資先の団体・企業の意志決定の仕組み、環境への配慮、社会のためになるサービスを提供しているかなど、約50の項目をみて審査するという。

バンカ・エチカのアレサンドロ・メッシーナ最高経営責任者(CEO)=ローマ

一方で倫理に反すると判断する事業には融資しない。カジノやギャンブル、環境汚染につながる事業、さらにはタックスヘイブン(租税回避地)を使う企業や団体、個人は融資の対象外だ。メッシーナさんは、タックスヘイブンを「社会が協働するうえで必要な公平さをゆがめる」と批判する。こうした融資姿勢は、タックスヘイブンの利用を指南して富裕層の税逃れを支えてきた欧州の一部の大手銀行とは一線を画している。

融資先には、様々な社会活動に取り組む非営利団体が多い。こうした団体はこれまで商業銀行に融資を断れてきたところも少なくない。ローマ近郊の農園もその一つ。障害を持つ人たちに働く場を提供するため、有機野菜の栽培などを手がけ、従業員24人のうち半分が障害者だ。農園のマッシモ・マルトラーナさん(55)は「以前は商業銀行にお願いしたが、担保が十分でないと断られた。バンカ・エチカは事業の中身を重視して手を差し伸べてくれた」。これまで受けた融資は順調に返済を続けているという。

バンカ・エチカから融資を受ける農園のマッシモ・マルトラーナさん(左)。授業員の半分は障害者を雇用する=ローマ

収益性が低いところに融資を断るのは、銀行の経営として当然だという見方もあるが、ちなみにバンカ・エチカの不良債権の割合は融資全体の1%ほど。4%程度のイタリア平均に比べて圧倒的に低い。メッシーナさんは理由について「我々はほかの銀行が集めないデータも集め、会社の経営の本質をみようと努力する。収益性が低くても、社会的に何かを成し遂げよういう目的のある団体や企業は地道な努力を重ねるものだ」という。

融資を通じて社会によりよい影響を及ぼすことを主眼に置く、この銀行の姿勢が問いかけるのは、まさに資本主義における銀行のあり方そのものだ。

「イタリアでは地域に根ざした協働組合的な銀行が多かったが、その性格を忘れてしまい、高い収益性を追い求めた結果が危機を招いた。問題は、銀行システムを変える方法を見つけられるかどうかだ」とメッシーナさんは言う。

バンカ・エチカのローマ支店で行員と話す顧客(左から2人目)

イタリアでは2016年、危機が生み出した分断を埋めるかのように、社会的な利益を重視する「倫理的な金融」を後押しする法律ができた。一方、日本を含む世界の大手金融機関も金融危機後、同じように経済的な利益を超え、「社会的インパクト投資」に乗り出し始めたが、まだ一部にとどまる。イタリアが投げかける銀行への問いは無視できないような気がする。