――生成AIは、ユーザーが「お題」(プロンプト)を与えれば、瞬時に文章や画像、動画、音声などを作り出すことができます。そういったことを生業にしてきたクリエーターのような仕事は、いずれ生成AIに取って代わられてしまうのでしょうか。
確かに、生成AIはあるプロンプトを入れれば文章を書いてくれたり、イラストを制作してくれたりするわけですから、そういった職に就いている人は気が気でないでしょう。
でもすぐに取って代わられるということでもないと思います。テクノロジーの進化によって人の仕事が変わったことは過去いくらでもあります。この話題をするとき、私はよくエレベーターの歴史を紹介しています。
1850年ごろに人を運ぶ本格的なエレベーターが発明されましたが、当初はオペレーターが必要でした。トラブルで停止したとき、復旧のために人が操作する必要があったのです。
ところが1900年ごろには自動化され、オペレーターは必要なくなりました。にもかかわらず、オペレーターの職業はその後約50年残り続けました。お客さんがオペレーター不在のエレベーターは怖くて乗りたがらなかったんですね。
つまり、技術的な進歩があっても、ある仕事がなくなるまでには相当時間がかかるわけで、生成AIの影響で職業がなくなるとしても、それなりに時間がかかるでしょう。
それに、そもそもAIに仕事が奪われる、というのは違うのではないかとも思うのです。
――どういうことでしょうか?
AIに仕事が奪われるのではなく、AIを上手に使いこなす人に奪われる、というのが多くの場合、実態なのではないでしょうか。となれば、AIの登場で悲観的になるのではなく、AIをどう使うか、AIを利用して今まで不可能だったことをどう可能にするか、ということを考える方がよほど重要だと思います。
――不可能だったことを可能にする? 例えばどんなことでしょうか?
例えば韓国の歌手、イ・ヒョンさんは外国のファンも楽しめるようにと、AIを使って6カ国語で新曲を発表したんです。
韓国語以外の歌詞は、原音をネイティブの発音に近づけるような修正をAIで施しているんですね。そうすることで、今まで届かなかった層にもリーチすることができる。AIがなければ実現できなかったことです。
こんな例もあります。アメリカのテレビで2022年に放送された「マッケンロー対マッケンロー」という企画です。ご存じ、テニス界のレジェンド、マッケンロー元選手の当時のプレーする姿を、AIの力で3Dホログラムとしてよみがえらせ、マッケンロー氏本人がスタジオで実際に対戦するという内容です。
3Dホログラムは年代別に五つ制作されました。その時々のプレー映像などをAIに機械学習させて動きを再現し、マッケンロー氏本人と順番に対戦しました。
マッケンロー氏が相手コートに打ち込むと、それにAIが反応して3Dホログラムがラケットをスイングして打ち返します。3Dホログラムには実態がないので、実際にボールを放つのは後方に配置したマシンですが、3Dホログラムの動きと連動しているため、とてもリアルです。この企画は、「卓越したデジタル革命」として評価され、優れたスポーツ番組に贈られる「スポーツ・エミー賞」を受賞しました。
さらにもう一つ紹介します。ドキュメンタリー映画「AlphaGo」です。GoogleのAI子会社が開発したコンピューター囲碁プログラムAlphaGoが、韓国のプロ棋士イ・セドル九段(当時)を相手に4勝1敗と勝ち越すまでを映像化した作品です。
まだまだコンピューターが人間に勝つのは難しいと言われてきた囲碁の世界で画期的な出来事だったわけですが、私が感動したのは実はAlphaGoの4勝ではなくて、イ九段が1勝をもぎ取ったことなんです。
第2局、AlphaGoの放った37手目は、それまでの囲碁の常識では考えられない一手で、結局、イ九段は敗れるのですが、これがきっかけとなってイ九段はインスピレーションを得て、逆に第4局ではAlphaGoの裏をかいて勝利します。
三つともAIによって不可能を可能にしたという話ですが、特に囲碁の話は技術的に何かが可能になったということではなく、人間の潜在能力がAIによって引き出され、それまでできなかったことができるようになったという事例です。
AIの登場を脅威ととらえるのではなく、逆にそれを利用して自らのポテンシャルというか、限界をいかに広げていくかを考えなくてはならないと思います。それができる人が新たな境地を開くのです。仕事を奪うのはAIではなく、AIを上手に使いこなす人だと言ったのはそういうことです。
――ご自身が携わってきた企業のマーケティングやブランディング、広告の世界ではどんな変化が起きそうですか。
生成AIは画像や文章といった、クリエーターが手がけてきたものを瞬時に作ってしまうのは驚くべきことであり、とりわけビジネスの現場においては業務の効率化が進むメリットはあるでしょう。ただ、これは文字どおり生成(generativve)であって、創造(creative)ではないんですね。
創造にはオリジナリティが伴うと考えているのですが、生成AIはほかから取ってきたデータを、ある意味コピペし、調整しながら作っているものなので、オリジナリティがあるとは言えないと思います。
プロンプトによって生成されるのですが、このプロンプトでさえ、どんなプロンプトだったか、生成された画像からある程度たどることができるわけです。プロンプトさえわかれば誰がやっても同じ画像が生成されるわけで、となるとコピペと変わらないと思うんです。
先ほど申し上げたような、AIと対戦することで囲碁の新たな手がひらめくとか、AIの力で不慣れな外国語を修正し、6カ国語で同時に新曲を出すとか、全盛期の選手を再現するとか、そういうクリエイティブな使い方を目指すべきだと思いますし、そうなっていくと思います。つまり、「生成から創造へ」というパラダイムシフトが起きると思っています。
AIを含めた現在のデジタル時代においては、ほかにも三つのパラダイムシフトが起きる、またはすでに起きつつあると考えています。
まず一つは「スケールからスピードへ」です。これまでだと、企業は巨額の予算をかけてビジネスを動かしたり、自社のブランディングやプロモーションをやってきたわけですが、高速インターネット網が地球に張り巡らされつつある今、一個人であっても、発信する情報に価値があったり、面白かったり、新しかったりすれば、ものすごいスピードで拡散していきます。そうなると、規模よりもむしろスピードが重要になってくる。
次に「取引から会話へ」です。Eコマース(電子商取引)というのが登場して25年ぐらいたつと思うのですが、とても便利なだけあって、あっという間に発達していきました。
「Uber」のような配車アプリも登場しました。従来だったら電話でタクシーを呼んで、降りるときに財布を開けてお金を払っていたのを、予約も支払いもアプリで完結できる。これまた非常に便利です。
いずれも取引に関連した「摩擦」、面倒くささを減らしたことが消費者やユーザーに評価された結果なわけですが、これからは一周回って「人と人とのつながり」も求められると思います。
確かに決済のしやすさや利便性は引き続きニーズはあるでしょう。でも、顧客が求めるのはそれだけにとどまらない。買い物であれば店員さんの知識や接客態度、個人にカスタマイズされたサービスなどが求められるのではないかと思います。
そういうものって、ベースには会話があると思っています。実際、会話が重視されてきている一つのデータとして、各ソーシャルメディアの利用者数の変化をまとめた統計が参考になります。
2000年代前半はFacebookやTwitter(現在のX)の利用者が伸びているのですが、2014年ごろからはLINEやViber、WhatsAppといった会話に特化したアプリの利用者が増えています。
マス(多数)との情報のやり取りより、個人間やそれに近いレベルでのやり取りに関心が移っている表れで、ビジネスにおいてもこうした動きは関係してくるのだと思います。
個人的にも実感するのが、確かにAmazonのようなネットショッピングは、大量な商品を閲覧できて便利だと思うのですが、逆に情報が多すぎて疲れてしまうことがあります。
情報は少なくていいから、代わりに確かな情報、内容の濃い情報の方がありがたくて、となると信頼できる店員からの情報の方が重視されるようになるのではないでしょうか。
三つ目は「独自の視点」、POV(=Point Of View)です。コピペが容易になった時代だからこそ、企業にとっていかに独自の視点を打ち出せるかが重要だと思います。
例えばアウトドア用品メーカーのパタゴニアは2022年、創業者が「地球が唯一の株主」と宣言して、自社のすべての株式を環境保全に取り組むNPOなどに譲渡したんですね。こんなこと、他のどの会社もやったことはなかったでしょう。
もちろん彼はビジネスをやってきたわけですから、売上を無視するわけにはいきません。それでも、大量生産をひたすら追求するだけではなく、環境を守るという信念との両立を考えた結果、こうした独自の視点が生まれたのだと思います。
――自らの職がAIに奪われるのではないかと危機感を持っているクリエーターたちに一言お願いします。
クリエイティブとクリエイティビティは違うと思っています。クリエイティブというと、私たちの業界では広告などの「物」ですよね。
一方、クリエイティビティと言えば、創造性、独創性。要するに、AIの登場にビクビクしている人たちはクリエイティブとしてしか考えていないと思うんです。そうではなくて、私たちクリエーターに必要なのは、クリエイティビティというスタンスだと思いますね。