――社会課題を扱った企業広告が増えています。それを表すように、カンヌライオンズの受賞作の中でも目立ってきた気がします。この流れはいつごろから始まったのでしょうか。
カンヌライオンズで言うと、企業のソーシャルグッド(社会にいいインパクトを与える活動)が注目され始めたのは、僕の記憶だと2007年とか2008年ごろです。
例えば2007年のアウトドア部門でグランプリを受賞した南アフリカの銀行ネッド・バンクの屋外看板はその先駆け的な事例です。
屋外看板には「WHAT IF A BANK REALLY DID GIVE POWER TO THE PEOPLE?」(もし銀行が本当に人々に力を与えるとしたら、それは何だろう)と書かれているんですが、実は看板の上にはソーラーパネルがついていて、太陽光で発電された電気が地元の学校のキッチンに供給され、1100人分の給食を作るのに役だった、というものです。
当時としては画期的だったのですが、今から考えると素朴ですよね。また、2013年のアウトドア部門でグランプリに輝いたIBMの「Smarter Ideas for Smarter Cities」というコンセプトの屋外看板も話題になりました。
看板の一部が変形していて、ベンチになっていたり、雨宿りができるよう屋根になっていたり、階段横の壁に設置されてスロープになっていたりして、実用性もあるというものでした。ただ、これも今から考えると素朴なものでした。
これ以降、様相が変わってきて、賛否両論あるテーマについて、企業が「もの申す」かのような内容だったり、もっと本業との関わりで世の中に役立つようなことをやったりする事例が出てくるようになりました。
例えば2015年にPR部門でグランプリを獲得した「Like a girl」という、P&Gの生理用品「Always」のキャンペーン映像があります。「女性らしさ」という偏見や固定観念に一石を投じる内容になっています。
映像ではまず、撮影側が複数の大人の男女と男の子に対し、「女の子のように走ってみて」「女の子のようにたたいてみて」などとリクエストします。するとみんな手をばたばたさせて、なよなよと走ったり、たたいたりする姿を見せます。ところが同じ質問を女の子にすると、懸命に手を振って走ったり、拳をグーにして力強く殴ったりする姿を見せます。
その後、「女性は生理が始まる思春期に自信を急に失う」「Alwaysはそれを変えたい」というメッセージが流れます。女性の生き方をサポートするというソーシャルグッドな取り組みと、自社の商品とが結びついています。
また、2017年にグラス(ジェンダー問題がテーマ)、PR、アウトドアの3部門でグランプリに輝いた「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」という作品があります。
アメリカの投資信託会社「ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ」がやった広告コミュニケーション施策で、国際女性デーを記念して、ニューヨークの金融街ウォールストリートに少女の像を立てたんです。
像は腰に手を当てて胸を張ったポーズで、金融街を象徴する既存のブロンズ像「チャージング・ブル(突撃寸前の雄牛)」に向かい合う形で設置されました。
この会社は、CEOや役員の女性がいる企業に投資する、「SHE」の愛称で知られる金融商品を販売しており、少女像の設置は、男社会である金融業界に変革を求めるメッセージが込められていました。本業である自社の商品と施策が関係している事例と言えます。
そして近年、特に注目されたのが2019年のNIKEのキャンペーン「Dream Crazy」ですね。NIKEはこの前年、アメリカのプロフットボール(NFL)の元選手、コリン・キャパニック氏を広告キャンペーンに起用し、物議を醸しました。
というのも、キャパニック氏は現役時代、試合前にあった国歌斉唱の際、片ひざをついて腕組みをし、人種差別や黒人に対する警察官の暴力行為に抗議をしたからです。
彼の行為はほかの選手や競技にも広がるなど、世間から賛同を得ましたが、一方で批判もあり、NIKEの決定に対して商品を燃やすなどの不買運動も起きました。
一時は株価も下がりましたが、次第に有名人らがNIKE支持を表明するなどし、株価も持ち直し、業績は急回復しました。
一連の騒動を報じるニュース映像とともに、障がいのあるアスリートらが映し出され、「NIKEはクレイジーなまでに夢見るアスリートを祝福します。そしてコリン・キャパニックよりもっとクレイジーなまでに夢を見ているアスリートも何人かいます」というメッセージが流れます。
――政治的にシビアな問題に踏み込んだ事例もありますね。特にNIKEのケースでは、不買運動というネガティブな反応があってもキャパニック氏の起用をやめず、のちの広告キャンペーンにすら活用したという。
ただ、僕はなんというか、NIKEにしても、広告は結局、マーケティング活動だと思うんですよ。自社の評判が上がったり、製品の売上が伸びたりしないと意味がないので。
新聞社でもテレビ局の報道番組でも、ジャーナリズムでもないんですよね。NIKEが政治的問題に本気でもの申して、「白人優先はよくない。黒人のために立ち上がろう」と考えたわけではないと思います。やっぱり営利企業なので、そうする意味がないんです。
ただ、NIKEは黒人のプロバスケットボール選手だったマイケル・ジョーダン氏とコラボした商品「エアジョーダン」を販売するなど、黒人のファンも多いことや、当時アメリカで黒人差別問題が再燃しつつあった中で、企業としても意見表明せざるを得ない状況もあったんだと思います。
だから、社会課題を扱う企業の広告キャンペーンがなぜ増えてきたかと言えば、その方が買ってもらえる可能性が高まると考えているからでしょう。
マーケティングの世界で言われているのは、最近の商品はコモディティ化、機能的には商品の差がなくなっていると言われています。
広告も商品の機能性を訴えることでは消費者にうまく伝わらないので、それよりは社会課題を扱うことの方が、広告論の教科書にも出てくる「ユニーク・セリング・プロポジション(USP=Unique Selling Propositon)」、つまり他社にはない売り込みの効く提案になるわけです。
これは消費者との関係構築、心理的な「絆」がより重要になってきていることだと思います。「自分事」化とか「世の中事」化とか最近言われていますが、消費者にとってより身近な社会課題と商品をからめることで、人々は「この商品は自分に関係あるんだ」と受け取ってくれるのだと思います。
――ネッドバンクの事例のような「素朴な」ソーシャルグッドの事例から、次第に企業が自社の本業である商品やサービスに関連した形で社会課題に取り組むようになった背景には何があるのでしょうか。
いわゆるCSR(Corporate Social Responsibility)からCSV(Creating Shared Value)の流れに近いと思います。CSRは一時、かつて企業内にたくさん部署としてできました。もうけた利益の一部で植樹するなど、社会的責任として社会に貢献することです。
一方、CSVはアメリカの経営学者、マイケル・ポーター氏が言ったように、社会課題の解決が自社の経済的な利益につながっていることを言います。
企業が社会課題に向き合う姿勢が最近変わったのはすなわち、CSV的な流れがあるからだと思います。自社と関係のないところで植樹するのも悪くはないけど、本業に関係のあるところでシェアされるような価値を生み出し、広告というコミュニケーションにつなげようということでしょう。
中でも「味の素」は僕が知る限り、10年ではきかないぐらいASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営というのをやっていますね。おまけに今年3月には、中期経営計画をやめて、中期ASV経営に変えることを発表しましたね。数字に引きずられるといい活動ができないから、今後はいかにASVを達成できるかを指標にするということで。
世の中もこっちの方向に進んでいると思いますね。例えば、組織改革や人事指標でもKPIから、売上や利益だけでなく、チャレンジ精神などを育てるOKR(Objectives and Key Results)と言われるものになっているとか。
成果につながると思われないことは企業はやらないはずだ、と僕は言っているのですが、その成果のとらえ方が、少し広がってきているのかなとも思いますね。企業は今年売れるかどうかではなく、やっぱりサステナブルに商品やサービスが愛されたり、買ってもらったり。要するにブランドパーパスという考え方につながるんだと思います。
――ソーシャルグッドやCSVという取り組みは、利益を追求する存在である企業にとっては一見、矛盾するようなこともある気がするのですが。
先ほども言いましたが、上手にやれば、ソーシャルグッドやCSVに取り組んだ方が商品などを買ってもらえるんだと思います。つまり、もうけながら社会貢献もできる、とでも言うのでしょうか。ビジネスと社会貢献を両立させないと企業もサステナブルに繁栄できないことに気づいたんでしょうね。
企業は適切にもうけて、適切にしっかり給料を払わないといけない。適切な給料を払うためにも企業はもうけないといけない。
日本ではバブル崩壊後、ものがすごく安くなって、みんな大喜びしたんですが、企業はだんだんもうからなくなって。ごく簡単に言うと、それで給料も減って、みんながものを買わないから企業はまたもうからなくなってという悪循環が起きました。いわゆるデフレスパイラルです。失われた20年、30年と言われるゆえんです。
企業はもうかった上で、世の中のためになるようなソーシャルグッドをやるのであれば、いいと思います。そもそも商品やサービスを社会に提供していること自体、社会貢献になっているわけです。
20世紀の高度経済成長時代の、とにかくもうかって、いい車が買えて、いい家に住めればそれで満足、ではなくて「それだけでは幸せではないよね」ということを、人々が思うようになって、それを企業や広告会社側が受け止めていったという。世の中やユーザーが企業や広告会社を変えたということです。
変化をうながしたきっかけとしては、色んな人の意見が「可視化」されるソーシャルメディアの影響は大きいと思いますね。
――社会の考えが広告に反映する、ということですね。まるで広告は世の中を映す鏡のようなものですね。
そう思います。それと関係することを思い出したのですが、カンヌライオンズもどんどん部門が増えて、今年は30部門です。これに対し、批判も多かったんですね。主催側の「金取り主義」だと。応募作や来場者を増やすためにやっているんだろうと。そこで、僕は、当時主催者トップをしていたテリー・サベージ氏に聞いたことがあるんです。彼は金もうけのためということを否定しつつ、こう言いました。
「カンヌライオンズは現実のリフレクションだ。現実のマーケティングビジネスがこれだけ複雑化して色んな手法が出てきているのだから、それに合わせて部門が増えているだけだ」
リフレクションは映し出すとか、鏡のようなもの、という意味です。広告コミュニケーションとはまさにそういうものだと思います。
――社会課題を扱った企業広告は、佐藤さんもカンヌライオンズの事例を紹介してくれた通り、欧米企業のものが多い印象です。日本の事例は少ないのでしょうか。
近年はアメリカが多いのですが、それは多分、あの国では「分断」が問題になる中で、企業も何も主張しないと体制側とか、白人側とみられてしまうからだと思います。何か発信せざるを得ないという状況ではありますよね。
でも日本の事例もあります。例えば、リクルートライフタイルの「THE FAMILY WAY」という広告キャンペーンが2017年、モバイル部門でグランプリを獲得するなど、複数で受賞しました。
これはスマホで精子の濃度や運動率をセルフチェックできる「seem」というツールの認知拡大が目的で、不妊に悩むカップルが少なくない中、その原因は女性側にあるとみられがちなんですが、ほぼ半々ぐらいというデータがあって。映像では3組のカップルに不妊の悩みやseemを使った感想などを語ってもらうという、まさに社会課題を扱っていて、かつ商品がその解決に役立っているものです。
あとは2021年にPR部門の二つのカテゴリーで入賞したP&Gのブランド「パンテーン」の「#この髪どうしてダメですか」というキャンペーンが話題になりました。
当時、頭髪が生まれつき茶色っぽい大阪の高校生が、学校から髪を黒く染めるように強制され、不登校になったことが問題になりました。髪形をめぐる校則に疑問を投げかけることになりました。
パンテーンはシャンプーなどといったヘアケア商品のブランドで、その理念は「あなたらしい髪の美しさを通じて、すべての人の前向きな一歩をサポートする」です。いわゆるパーパスにあたりますけど、これと社会問題とを合致させたキャンペーンだったと思います。
パンテーンのキャンペーン担当者がセミナーで言っていたのは、それまで商品は売れてなかったのが、キャンペーン後、売り上げがすごく伸びたようです。機能だけなく、こうした社会課題を扱うことによる「合わせ技」で人は買うんじゃないかと思うんですよね。
――昨年のカンヌライオンズではウクライナのゼレンスキー大統領が映像出演しました。
それこそウクライナ侵攻は今、最大の社会課題だよねっていうことだと思います。ちゃんとウクライナでの出来事に関心を払い、認識していこうよということだと思います。
ちなみにカンヌライオンズは毎年、何か社会課題に取り組んでいる著名人をゲストとして呼ぶんですよ。過去にはアフリカ支援に熱心なミュージシャンのボノや、環境問題に取り組むアメリカのゴア元副大統領がいました。
――広告の役割は変化したと思いますか。
役割は変わってないと思います。広告の役割は、ブランドの価値を上げ、その先には売上や利益の向上につなげるということだと思います。
ユニーク・セリング・プロポジションが頻繁に言われていたころは、これを伝えることがその役割を果たすことにつながったのですが、すでに言ったとおり、今や他社製品との機能的な違いが見いだせないケースが増えていて、その代わり、世の中のことと接合した方が人々に伝わったり、売れたりする可能性が高まる、だから社会課題を広告にも採り入れているというのが実態に近いと思います。
繰り返しになりますが、企業の役割は政治家でもジャーナリストでもないんで。世の中をよくすることが最優先ではないので。でも、広告パーソンや企業のマーケターとしてはそれでいいんだと思います。
ただ、それでも社会課題とつなげることで売れる世の中であれば、その方がいいと思いますし、それに気づいたマーケターやプランナー、クリエーターの人たちがたくさんいるというのもいいと思うんですよね。個人に立ち返ってみて、「売らんかな、売らんかな」ってこられても、嫌だし、そんなものは買わないって思っちゃいますよね。