――社会課題に関心を持つようになったきっかけは何だったのですか。
海外留学の経験が大きいと思います。私は元々、鳥取県北栄町で生まれ、育ちました。ここは「名探偵コナン」の原作者の出身地としては有名ですが、いわゆる地方の田舎まちです。私自身、何か刺激を求めていたんだと思います。
家族とよく海外を旅行すると、とてもわくわくしましたし、小学校時代の夢はキャビンアテンダント。それに加えて、小さい頃から親のすすめで英会話を勉強したり、中学1、2年の時に一人でイギリスにサマースクールに行ったりしたことで海外志向が強まっていき、高校でアメリカに留学しました。
高校を卒業するまでの4年間、アメリカに住んだのですが、お父さんがいなくて、お母さんが2人の友だちがいました。レズビアンのカップルで、2人がそろって学校の参観日に来ていました。レズビアンの先生や、性別を変えたトランスジェンダーのクラスメイト、性自認が男性・女性に当てはまらないノンバイナリーの友だちもいました。私にとって、それまで人は男性か女性かのどちらかで、異性愛が「当たり前」としか考えていなかったので、自分の知らない世界に触れたことで、次々と色んなことに興味や関心がわいてきました。
人種差別もそうです。私自身、アジア人だからということで差別されたこともありましたし、何より、黒人の友人から聞いた差別被害はすさまじかったです。また、アメリカは銃社会です。学校にいるとき、銃を持っている不審な人がいるというので避難した経験もありました。
大学はフランスのエセック・ビジネススクールに留学しました。高校でフランス語を学んでたからなんですが、フランス語はそれほど流暢ではなかったので、英語でも学べる環境だったのと、2度の交換留学と2度の長期インターンシップ制度がカリキュラムに含まれていたこと、そして将来を考えてビジネスについて学んでおきたいという考えからこの大学に決めました。
フランスでも色んな社会問題を目の当たりにしました。まず食の問題です。ルームメイトがビーガンだったり、ベジタリアンだったり。外食のときも、カフェではビーガン用のメニューが普通だったり。肉食が環境に負荷を与えている話を聞いて衝撃を受けました。
食の問題から次に興味を持ったのが環境問題です。二つともつながっているんですね。今でこそ日本のスーパーマーケットなどでもレジ袋が有料になっていますが、フランスではすでに袋は有料化されていて、自分でエコバッグのようなものを持参していました。
野菜などもすべて量り売りで、プラスチック製の容器や包装はありません。日本はラッピングが過剰ですし、新型コロナウイルスの感染が拡大していたころは特にプラスチックの包装や容器が増えましたよね。衛生面の問題からそうしているとはいえ、海外と比べて過剰だなと感じました。
フードロスへの意識も芽生えました。コンポストも使っていました。
早い段階で海外暮らしを始めたことで、日本にいたら見えてこなかったような、でも世界では深刻な社会問題となっていることについて知るようになりました。
――社会課題を解決するために、なぜ広告業界に入ったのでしょうか。NPOやNGOなどの方が適している気もします。
大学では経営学部に所属していたので、就活当初は企業で社会課題解決に取り組めるところ、つまりはCSRですね。CSR活動の担当になりたいと企業のサイトで関連のページばかり見ていました。
ただ、そのうち企業で社会課題に取り組むんだったら、直接活動をしているNGOやNPOに入る方が、やりたいことができるんじゃないかと思い直したんです。
でも、あるとき、そういった団体はおそらく何十年とすでに取り組んでいるのに、世の中があまり変わってないのはなぜだろうって疑問がわいてきたんです。考えていくうちに、自分は別のアプローチを取るべきなんじゃないかと思い始めました。
人々が行動を変えていないのは、問題を「自分事」化してないからじゃないかと考えたんです。問題を問題として言うだけでは人は動かない、じゃあ、人の心を動かすものは何かと突き詰めたとき、コミュニケーション、広告だなと直感したんです。
結局、多くの社会問題をたどっていくと、人の消費行動のあり方にたどり着くと思うんです。大量生産、大量消費、便利さや安さを求めた消費行動……。そういった消費を変えるためには、広告が役に立つんじゃないかと考えました。
幸い、大学の授業で特に好きだったのがマーケティングで、コミュニケーションマーケティング、つまり広告やPRに興味があったので、志望先も広告会社に絞っていきました。
――日本の広告会社は志望しなかったのですか。
私にとってまず大事だったのが、広告の企画を担当するプランナー職の採用を募集しているかどうかでした。それに加えて、社会課題解決につながるような広告を作るんだったら、外資の広告会社の方が実現できるんじゃないかと思ったんです。
学生時代から広告を見るのが好きで、よくYouTubeで見ていたんですが、社会課題解決型の広告といえば当時、たいていは海外のものが多かったですから。
逆に日本の広告には違和感を持っていました。学生時代、年に一度くらいは帰国していたのですが、そのたびに「生きづらさ」を感じていたんです。
例えば、「見た目」について誰かに何かを言われたわけじゃないのに、着る服も「日本で着られる」ものを無意識に選んで着ていったり、脱毛に行かなくちゃいけないような気がしてきたり。親も友だちも私の外見について指摘したことは一度もないはずなのに、「圧力」を感じるんです。いったい何でかなと思っていたら、やっぱり広告なんですよね。
映画やドラマは自分で選んで見ることができますが、広告って選べなくて、勝手に目に飛び込んでくるじゃないですか。まちを歩いていても、ネットやテレビを見ていても。日本の広告は何か「こうあるべき」みたいな圧力のような気がして……。世の中のステレオタイプや偏見を形作っているのは広告なんじゃないかって感じていました。
就活に話を戻すと、採用面接などでは社会課題解決のための広告を作りたいと、最初から言っていました。パリにピュブリシスという大きな広告会社があって、元々ここに入りたかったんですが、大学を卒業してすぐに採用されることは難しいと感じたため、まずはグループ内の広告会社であるビーコンコミュニケーションズに入ることにしました。ここで経験を積んで、将来はピュブリシスに行きたいです。
――実際に就職して、仕事をやってみて、希望していたようなソーシャルグッドな広告を作ることができているのでしょうか。
仕事の内容はマーケットの動向調査や、消費者が今、どんな気持ちで生活しているのかとかなどのインサイトを探りつつ、クライアントの課題を解決するためにどんな広告があり得るかなどを考える日々です。
何度か社会課題解決系の企画をクライアント側に自主提案したのですが、全部難しかったです。私の企画力不足があると思うのですが、予算が取れないとか、「本当にその企画で大丈夫?」と言われたこともあります。現実は思ったより難しいなと実感しています。
ただ、私ができることはそれだけじゃないと気を取り直して、例えば現状ある企画やコピーについて、グリーンウォッシュやSDGsウォッシュになっていないかという視点で点検し、必要があればアドバイスをする役割も大切だと思っています。
広告の表現などをめぐってしばしば「炎上」することがありますが、それは意図的に差別をしようと思って制作しているわけではなく、無意識に差別になってしまったということだと思うので、広い視点で点検し、この文言は誰かを傷つけてないかとか、誇大広告になっていないかとかをチェックすることをやっています。
関わるようになったプロジェクトも増えてきていて、企画立案を手伝うようにもなってきました。
――いつかご自身の企画が通ればいいですね。
はい。ただ私、何だろう、ずっと世の中を変えたいと思ってきて、それが強すぎて、見ているところが遠かったんですよね。仕事以外にも個人で環境・社会団体を運営していて、例えばこれだけ署名活動やったのになんだ、何にもならないじゃんとか、結局やっても変わらないのかとか、落ち込むことが多かったんですけど、社会って、隣の人とか、自分の小さなコミュニティーとか、それの広がりですよね。ということは、私は友だちに自分の活動のことは伝えているし、家族も理解してくれている。じゃあ次はどこだと考えたら会社だと思って。会社でSDGsのコミッティー(委員会)の立ち上げに加わることができました。
私が入社以来、ずっと環境問題や社会問題に対して何かしたいと言い続けてきたので、「そういえば朝倉さん、そういうの興味あるって言ってたよね」ということで、同僚が声をかけてくれたんだと思います。
そこでの活動は、例えば昨年だと毎月1回、オンラインで勉強会を開いて、気候変動や食品ロス、LGBTQ+の人権、ジェンダー平等など、SDGsで掲げられた色んなゴール(目標)について学び合いました。
あと、会社の中で「使い捨て」を減らすために、紙コップを全部撤去したんです。その代わり、ストージョ(持ち運びできる折りたたみカップ)を社内全員に配りました。
今年に入って、もっとアクションをしていきたいということで、ごみ拾いもしました。会社の近くでやったのですが、拾ったごみで啓蒙広告を作るみたいな活動をして。とにかくできることからやっている感じです。
――今後はどんな広告を作っていきたいですか。
すごく意地悪な言い方をすると、広告ってある意味、買おうという意識がなかったものを買ってもらうにはどうしたらいいのか、みたいな発想から作るものでもあると思うんです。
どう問いかけたら人は動くのか、ということを考えて制作しているからなんですが、だとすれば、そういった広告の力を悪く使うのではなく、いい方向に使いたいなと思っています。例えば、NGOとかNPOとか、自分たちが取り組んでいる活動を広く伝えたいけども、広告を出す予算がないという団体に何か「還元」できたらいいなと思っています。