――最近の企業広告などで、商品やサービスを直接的に宣伝するものではなく、社会課題に取り組む姿勢や具体的な内容を紹介するケースが増えていますね。
単純に商品のことを伝える広告ではなく、広告の形をしながらも誰かの役に立っている、あるいは企業のソーシャルグッドな取り組みを見せたり、取り組みへの参加を促すものが増えていますね。
こうした広告事例が増えている背景はいくつかあるのですが、まずはデジタル技術の発展があると思います。かつて広告と言えば、テレビコマーシャルや新聞広告、屋外広告などで、短い時間の中で、いかに人々に商品の特長を伝えるかというところに私たち制作側は注力していました。
それがインターネットやスマートフォンが登場してきて、広告も単に「見せる」だけではなく、触ってもらったり、ある種の機能を提供したり、広告と人々の間でインタラクションが生まれてきたんですね。
例えばスポーツブランドのナイキが2006年に「Nike+」というサービスを始めました。靴にセンサーがついていて、自分のランニング記録がiPodで集計され、それを友だちにシェアできました。
この事例は広告などクリエイティブ作品の世界的祭典「カンヌライオンズ」でグランプリ(インターネット部門)を受賞する一方、これは広告ではないだろうという意見もありました。しかしこれによってナイキというブランドが好きになり買いたくなるのだから、やっぱり広告だろうとか。様々な議論はありましたが、いずれにしても今までの見せるだけの広告ではなく、触ったり、遊んだり、便利だったり、他の人々とつながれたりという、新たな形が出てきたんです。
そして、そういった流れの中でほぼ同時期から、人の役に立つ、社会課題を解決するという活動を、広告をからめる形で企業が人々に提供し始めました。
例えばNECが2003年にインターネットで展開した「ecotonoha(エコトノハ)」というプロジェクトがありました。人々がエコトノハのサイトでメッセージを記入すると、それが葉っぱのように美しく連なり、木の形に育っていきます。やがて木が「完成」すると、そのたびにNECがオーストラリアのカンガルー島に植樹するという仕組みになっていました。人々がテクノロジーの力を借りてごく簡単に参加できる環境保護活動ですね。
ユーザーにしてみれば、汗をかいたり、泥で汚れたりしなくても、木を植える活動に参加できたという喜びや満足感がありますよね。これもカンヌライオンズでグランプリを受賞しました。
デジタル技術の発展以外の理由として、なぜ、こうした社会貢献に企業が目を向けるようになったのかと言えば、商品やサービスがどんどんコモディティ化(一般化)し、そのユニークさを伝えるだけではもう、人々が振り向かなくなってきた状況があると思います。
人々の環境問題や社会問題への意識も高まってきているなかで、商品のことよりも、世の中への貢献について伝えることが、人々に振り向いてもらう方法のひとつになっていきました。例えば、車のデザインについて人々は話題にしなくなったけれど、エコ性能については議論する。ならばエコについて企業がちゃんと考えていますよ、だからこういう活動を始めましたよ、とアピールした方が、人々が賛同してくれたり、多少高くてもその車を買ってくれるようになったりするわけです。
ソーシャルメディアの登場により、人々の興味・関心がより可視化されたことも影響していると思います。企業からの、商品やサービスについての一方的な情報よりも、その企業が社会にどう向き合っているか、どのような活動をしているかを発信する方が、人々が自分の思いをからめて発言できるため、ソーシャル上では拡散しやすくなっています。
特に最近では、新型コロナウイルスの感染拡大が企業意識を変える大きなきっかけになったと思います。
あのとき、世の中には色んな情報が飛び交って、政府の言うことすら信じられなかったり、時に無力感を感じたりした人もいたと思います。
そんな中、企業が一方的に「この商品はおいしいので買って下さい」などと発信してもなかなか伝わらなくて。
「あなたたち企業は私たちに何を提供してくれるんでしょうか。あなたの企業の存在意義はなんですか」「本当に社会のためになるなら喜んで一緒に活動するけど、一方的にもうけようとしているのなら、もういいです」と、逆に人々から問いを突きつけられる状況になっていたと感じます。
――自社の商品やサービスに注目を集めたいばっかりに、社会活動に取り組んでいることをことさらアピールする「ウォッシュ」的な動きも想像されるのですが、いかがでしょうか?
当初は、「はやりとしての社会貢献」もあったと思います。カンヌライオンズにも「なんでこの会社がこんな活動をしているの?」みたいな事例がいくつも見られた時期がありました。パッケージのごみを減らすと言いながらも、自社の事業プロセスの見直しまではしておらず、キャンペーン的にそう見せようとしているだけでは、というようなものも。そういうウォッシュ的な動きはたしかに存在していました。
ただ、そういった時期はありましたが、企業がソーシャルグッドな取り組みをすることへの「裾野」は広がったと思います。
――企業が社会課題に取り組んだり、社会貢献したりするのはもちろん、評価されるべきでしょうが、究極的に企業は自社の利益を追い求める存在だと思います。矛盾と言いますか、本末転倒のようなことは起きないのでしょうか。
そこは難しい部分ですよね。社会貢献をすれば話題になり共感も得られる。でも単に社会貢献をするべき、という「高潔さ」だけでは、企業は健全に続かないですよね。企業がお金を出して、人々が参加できる場も用意して、社会貢献して。でも企業がそうした活動のために苦しくなったら意味がないわけです。
企業が健全に成長して、社会もよくなるという、両方が成り立たないと意味がないと思うんです。
カンヌライオンズでもそうでした。2011年から2015年ぐらいに、たくさんソーシャルグッドな広告の応募がありました。確かにどれもいい取り組みなのですが、これでは企業はもうからないよねとか、成長しないよねというものもあり、「あれ、クリエイティビティの使い方はこれでいいんだっけ?」となったわけです。
私は過去2回、審査員長を務めたことがありますが、ソーシャルグッドと企業成長とのバランスを審査員のみんなで見極めるようにしていました。企業による社会課題への取り組み自体もここ2、3年でバランスが取れたものに変わってきてきたと感じます。
例えば、昨年のカンヌライオンズ「Creative Effectiveness(クリエイティブな効果)」部門でグランプリを獲得したベルギーのビールメーカー「アンハイザー・ブッシュ・インベブ」の取り組み「Contract for Change」がそうです。
高品質のビールを生産するのに、オーガニック麦芽を使いたいのだけど、農家にとってみれば有機栽培は大変です。農薬を使って効率よく、安定的にたくさん生産した方がもうかる。
そこでそのメーカーが3年間、農家に対し、オーガニック麦芽に転換することで生じた損失を保証し、有機栽培のノウハウもレクチャーするなどの支援策までやったんですね。
すると実際に有機農業への移行が進み、農薬も減って環境も改善された。農家も安定した収入が得られた。お客さんにもいいビールを届けられた。メーカーの収益も向上した。「三方よし」みたいな話ですが、これは短期的キャンペーンとしてではなく、何年も時間をかけて取り組んだ企業活動で、受賞にふさわしい事例でした。
こんなのもありました。やはり昨年ですが、PRと「Creative Strategy」の2部門でグランプリに輝いた「THE BREAKAWAY」です。
フランスのスポーツ用品会社「デカトロン」の取り組みで、ベルギーの受刑者たちがバーチャル自転車レースに参加できるようにしました。
刑務所は社会から断絶されているため、受刑者が刑を終えても、社会復帰が難しいという問題があります。仕事も見つからず閉じこもりがちで、結果、再び犯罪を起こすこともあるわけですが、デカトロンはスポーツの力で、彼らが社会復帰に前向きになれるよう支援しようと考えました。
バーチャルレースには受刑者たちが匿名で出場し、ほかの出場者に話しかけたりはできないのですが、観戦者たちの声援などは聞こえるようになっていて。自分を励ましたり助けてくれる人がいるんだと気づけるのです。
これは「スポーツの持つポジティブな力を信じる」というデカトロンのブランドパーパスがしっかりしているので生まれた取り組みだと思います。社会課題に対する表面的でない、本当に意味のある企業の取り組みとは、こういうものを指すのだろうと思いましたね。
こうした企業の事例を見ますと、むしろ社会課題に取り組まないと、今後は企業の成長を描くのがますます難しくなっていくのではないかとも思います。
――カンヌライオンズでのグランプリ受賞作の事例、いずれも海外企業ですね。企業のソーシャルグッドな取り組みは欧米企業の方が目立つ印象です。日本の企業はどうでしょうか。
一概に言うのはちょっと乱暴なんですが、日本の企業は「一企業が社会を変えようなんておこがましい」とか、「うちだけ目立つようなことをしたら、取引先などにも迷惑がかかる」とか、気遣い、遠慮などがまだあるのかもしれません。
大胆なことができないもう一つの理由として、日本の一部のブランドはパーパスがはっきり規定できていないところも関係しているのではないかと思います。
パーパスがまだ漠然としていて、「よりよい未来へ」とか「素敵な社会へ」というところに留まっていたり。その一歩先に踏み込み、その企業やブランドらしい、みんなが納得感を抱くようなパーパスにすることで、より自らがやるべきこと、できる社会貢献というも見えてくるのではないでしょうか。
なので、弊社含め広告会社としては、広告の「アウトプット」を作るだけでなく、そういった企業の具体的なパーパス作りから、社内、社員の意識変革などもお手伝いし、そこから生まれた新しい商品やサービスを一般の人たちに届ける部分や、人々とブランドの協働をつくりだすところまでご一緒するような提案をするようになってきています。
我々の提案が企業の社内活動だけで終わるときがあってもよくて、それで社内が変わり、やがて外に向かう力になるのであれば、お手伝いしたかいがあると感じます。
また社会貢献は1社だけでやる必要もなく、複数の企業やメディアを巻き込んで行う方法もあります。最近はそのような提案も行っています。
――商品やサービスの直接的な宣伝から、企業の社会課題の事例紹介へと広告の守備範囲が広がっていますが、広告の役割自体は変わったと思いますか。
大きくは変わってないと思います。広告とは、企業と人々の思わぬ出会いを作り、人々に企業やブランドのファンになってもらって、ずっと一緒にいたい、一緒に活動したい、と思ってもらうようにすることです。
そこには当然、商品を買い続けてもらうという効果もあるかと思いますが、広告の本質的な役割とは、企業と人々との中長期的な関係を構築していくことだと思っています。
人々の感情を強く揺さぶったり、共感を深く呼んだり、そのために「その手があったか」というアイデアを出したりするといったことも、従来と変わってないですね。
変わったのは道具ですよね。テレビコマーシャルや新聞広告だけではなくて、デジタルを含め、今やありとあらゆるところにクリエイティブを埋め込むことができます。社会課題への関心が高まっている今、広告ができることとして、クリエイティブの力を使って、企業と人々が力を合わせて世の中を良くしていくようなアイデアを社会実装しよう、という方向に業界が動いているということだと思います。