日本でも広がるオランダ流教育 5歳から「違い」を学ぶ 自主的に行動を始める子ども
オホーツク海に面した北海道の湧別町にある町立認定こども園を訪ねた。
年長組の12人が輪になっていって、保育士が「みんなもたまにケンカをする時があると思うけど、そんなときどうしたら良いかのレッスンをします」と話しかけた。サルとトラの人形を手に、何で遊ぶかについて意見が異なる様子を見せる。
保育士「意見が違うことは、対立っていうけど、ケンカじゃありません。対立っていうのは、やりたい遊びが違うことです。サル君とトラ君は、対立していますか?ケンカしていますか?」子どもたち「対立!」保育士「ケンカはしていないよね。お友達とやりたいことが違うのは当たり前のことです」。
次に、サルとトラは何で遊ぶかをめぐって、意見が違った末にお互いをたたく。保育士「サル君とトラ君は……?」子どもたち「ケンカ!」保育士「嫌なこと言ったり、たたいたり、蹴ったりしたらケンカです。ケンカになってもいいの?」子どもたち「ダメ!」保育士「では、サル君とトラ君に教えてあげましょう」子どもたち「ケンカしてるよ!」「ぼくもむかむかしてたたいちゃったことある」……。
このレッスンは、「意見が違うのは当たり前だが、ケンカはいけない」ということを学んだ。終了後、子どもの1人、工藤直君(5)に話しかけてみた。「ケンカ、する?」「ねね(お姉ちゃん)といつもケンカしてる」「今日は何を教わったかな?」「ケンカしたらダメ。チャンネル隠したらダメ。でも、違うことは言ってもいいの」
鈴木大地園長(48)は、「一連のレッスンは自分と相手の気持ちを共存させます。今の子どもたちは、自分の気持ちを発散することはできますが、相手の気持ちを受け入れたり寄り添ったりすることが難しい傾向があります。このレッスンではそれを具体的に学んでいきます」
2019年に始めた。年中組の10月になると1回30分、月に1、2回実施している。子どもたちに変化はあるのか、保育士に聞いた。水谷太輔さん(45)は、「子どもたちが『いやだ、やめて』と言えて、言われたらやめるようになりました。たとえば遊んでいるおもちゃを取られた時。前は言えなかったし、たとえ言えたとしても、やめてもいなかった」。
井上真源さん(34)は「『けなし言葉』っていう、言われたら嫌な言葉を学んだ時に、どんな言葉があるかを子どもたちに聞いて、『バカ』とか『死ね』とか挙がったのをポスターにして貼りました。すると、子どもがそれを言うと、『けなし言葉だよ』って指摘し合う光景が見られて、今ではそれらの言葉を言うのがめっきり減りました」
もちろん、1回のレッスンでは定着はしない。保育士たちは日常生活で似たようかことがあると、子どもたちに思い出させ、繰り返す。「最初は大変なんですけど、クラスの中のトラブルが実際に減って、成果も見えてくるので」と水谷さん。
京都の私立・立命館小学校では昨年9月から、1年生(現2年生)のクラスで開始、今年の4月からは今の1年生のクラスでも始めた。2週に1回、45分の授業を行う。三ツ木由佳教頭は導入の理由を「大人の間でもさまざまな考え方があり、対話を通してどのように合意を形成していくかは、私たちにとっても大きな学びの機会です。私たち教員も子どもたちと共に学びながら、新しい学校づくりを目指す中で導入を進めてきました。」と語る。
1年生の担任の永井健太さんは、「学校というのは、どうしても誰かが答えを与える場と思われがちです。そうではなく、答えは対話の中でみんなで生み出していくものという認識を大人がまず持って、それを子どもに伝えていくことが大事です」
子どもたちに授業で学んだことを定着させ、学校の文化にすべく、オランダの学校と同じように、授業で取り上げたものや原則を教室や廊下に展示し、貼り出している。
「意見のちがい はなしあえばいい」、怒りから笑顔までの表情が描かれている「感情のバロメーター」、「赤い帽子(攻撃や暴力、ケンカを表す)」「青い帽子(嫌だけど、がまんを表す)」「黄色い帽子(自分も相手もにっこり、違う意見で話し合った結果の合意形成を表す)」……。
2年生には、学んだことを自主的に日常生活の中で取り入れるなど、変化が見られるという。2年生の担任、宮本水紀さんは、「子どもたちは、意見が違うときにはまず『今の自分の気持ちは何色の帽子かな』と考えることを学びました。そのうえで、みんなが笑顔になれる“黄色い帽子”を目指して話し合おうとしています。トラブルのときには、教室にある帽子を手に取り、『今は赤い帽子の気分』『私は青い帽子かな』と言いながら、自分の気持ちを見える形で伝え合う姿も見られるようになりました」。
学年がまだ低いこともあり、オランダのように、決まった役割としての「メディエーター(けんかの仲裁者)」はいないが、メディエーターについては学んだ。すると、「6月頃、休み時間に3人の子どもが話し合いをしていました。一人が赤い帽子、もう一人が青い帽子をかぶり、メディエーターの子が『どうしたの?』と話しかけていたのです」(宮本さん)。
2年生に、授業で学んだことをふだん使ったことがあるか話を聞いた。竜之進君(8)は「鬼ごっこがいい、かくれんぼがいい、って休み時間に意見が分かれたときに、二人ともゆずらなかったので、話し合いをしようって言った。そしたら今日は鬼ごっこ、明日はかくれんぼをすることになった」。皐月さん(8)も「ある子が他の子に嫌なことを言ってケンカしそうになった時、心配になってメディエーターをしました。感情のバロメーターを使って、いまどんな気分?って二人に聞いて。ケンカにならなくて、メディエーターがいたほうがみんなで楽しく過ごせます」。
子どもたちは、学んだことを確実に自分の中にとりこんでいる。