私は大学で保育を学んだ後、地元で保育士になりました。一人っ子で、母子家庭で育ちました。保育園のお迎えはいつも最後。でも寂しかった記憶はなく、何の心配もなく、安心して楽しく過ごしていたのを覚えています。その印象が強く、高校生の時には保育士になりたいと思うようになりました。一人親支援、子育て支援に携わりたかったのです。
就職したのは、ハンガリーの保育方式を取り入れていた園でした。乳児は担当性、幼児は異年齢がともに過ごし、子ども一人ひとりの主体性を大切にしていました。
でもそのあと、その保育園を運営する法人が、公立の保育所を民営受託することになると、公立のやり方も導入されることになり戸惑いました。子どもたちを一斉に時間で管理し、行事を中心とした生活を送ることになりました。自主性や主体性は尊重せずに大人の都合で動かされる子どもたちをみて、もやもやした気持ちが募りました。
2015年、妻の友美(38)と世界一周の旅に出て、保育の現場をみることにしました。保育施設を視察するため、初めはエージェントを通しましたが、続けていくと資金が枯渇してしまいます。途中からはSNSで海外在住の子育て中の日本人にアプローチし、ネットワークを広げていきました。
ヨーロッパ、北米、中米、南米、アジアと回りました。一番の利点は、世界の保育事情を体系的にみられたことです。「量より質」を重視した保育先進国の北欧と北米、そして、アジアと南米。日本はその中間だと思いました。
福祉国家の多いヨーロッパでは、保育の質も高いと感じました。
例えば、驚いたのはデンマークでの出来事です。保育士は子どもたちが自然の中で遊び始めると、近くで火をおこしてたき火を始めました。園に戻った後は、保育士たちがコーヒーを飲みながら談笑していました。
でも、決して子どもたちを放置しているわけではありません。何かあれば声をかけ、駆け寄ってきた子どもたちを抱きしめます。保育士はリラックスしながら子どもにエネルギーを注いでいました。
これまで、「ケガをさせてはいけない。片時も子どもから目を離さずみていなければいけない」と思っていたけれど、それは監視や管理だったのではないかと思うようになりました。大人があえてリラックスする空間を作ることで、場の雰囲気を柔らかくし、子どもたちがのびのびと過ごせるのだと知りました。
ドイツでは、園庭が8000平方メートルもある保育施設や、園舎は小さなトレーラーだけで、ほとんどの時間を森で過ごす幼稚園を訪れました。子どもたちは自然の中でのびのびと好きなように過ごしていました。
子どもを信じて見守り、必要に応じて声かけをする。子どもの自主性を大切にすることで、子どもたちは自分に責任をもち、危機管理能力や身体感覚を高められると感じました。
ニュージーランドでは1カ月間、毎日三つの保育施設を代わる代わる訪れてボランティアで子どもと過ごさせてもらいました。子どもたちは日々自然の中で過ごし、生活の中で禁止されていることはほとんどありませんでした。子どもの心が解放されているように感じました。
これらの国での経験から、自然の中で過ごすことの大切さ、保育者が専門性を保ちながらもゆとりをもって接し子どもの自主性を重んじることの大切さを再認識しました。
メキシコやキューバ、インド、タイ、フィリピンの保育施設も回りましたが、共通しているのは早期教育に重きを置いた一斉保育だった点。海外で就職することがステータスの一つだから、仕方ないのかもしれませんが、周囲にある自然を生かさず、自由遊びの時間も少ないのは、残念でした。
帰国後、日本の現場をもっと知りたいと思い、2022年の夏から約半年かけて、日本縦断1万キロの旅に出ました。その様子をYouTubeのチャンネル「オーロラジャーニー」で配信していますが、日本の現状を本にまとめたいと思っています。
私はいま、二つの園で働いています。2023年4月からは野外保育の場も自分で始めました。休日は多摩川の河川敷で、子どもも大人も自然と遊んで共に育つ場所をつくり、野外活動をしています。並行して、大学院の修士課程にも通っています。修士号をとらないと保育士になれない国もあるほど、保育には専門的な知識が必要です。もっと専門性を高め、保育者の成長や熟達の研究をしたいと思っています。
これまでの経験を生かして、子どもに関わる大人に向けた勉強会や、保育アドバイザーとして保育施設で保育の伴走やファシリテーションを行っています。活動をすることで、誰かにとっての気づきや勇気につながることを願っています。これからも、多くの人に保育の大切さを伝えていきたいと思っています。