相次いだ事件を受けベビーシッターのデータベース化
中野さんは子どもを狙った性犯罪は「家庭内や学校などで、恐らくずっとあった」と話す。だが「育児の社会化が質を担保する仕組みがないまま進んだこともあり、事件がより様々な場面で起こりやすくなり、かつ顕在化してきたのではないか」という。
「待機児童問題などを受け、就学前の乳幼児含め、子育ての社会化や委託へのニーズが増え、マッチングプラットフォームといった新しいサービスがでてきました。その新しいサービスで、被害が顕在化したんです」
日本版DBSの創設を求める声が高まるったきっかけになったのが、ベビーシッターのマッチングサービスでの事件だった。
2014年に埼玉県のマンションで起きた事件では、2歳の子どもがベビーシッターに殺害された。殺人罪で懲役26年の判決が確定した男は、掲示板を通じてベビーシッターの仕事を請け負っていた。母親はシングルマザーで、掲示板を通じて2歳と8カ月の子どもを泊まりがけで預けていた。
「マッチングといっても単なる掲示板のようなもので、掲示板を設置している人はシッターの身元などを調べてはいませんでした。それでも、そういうサービスを使わざるを得ない親たちがいて、それを悪用されたんです」
2020年には、ベビーシッターのマッチングアプリを利用して、預かった子どもにわいせつ行為をはたらいたとして、2人のシッターが逮捕された。男児20人に性的暴行やわいせつ行為などをした罪に問われた元ベビーシッターに対し、東京地裁は2022年に懲役20年の実刑判決を言い渡した。
「この業者は、埼玉の事件の掲示板とは違い、シッターの審査はしています、安心安全ですと謳(うた)っていました。でも、事業が急拡大した時期からは、審査や研修はかなりずさんなものだったことが分かりました」
行政の目も行き届かなかった。ベビーシッターは、個人事業主、認可外保育施設登録として自治体への登録が必要だが、届けを出していないまま活動している場合もあったという。「内閣府や自治体はベビーシッター業者を認定して、補助金を出しているところが多いですが、直接一人ひとりを監督するわけではありません。それをマッチングしている業者がやってくれているだろうという形です。結果、誰も確認していない空白ができていました」
再犯を防ぐ仕組みは加害者にも必要
相次いだ事件を受けて、厚生労働省は2022年度から、シッターが起こした事件や行政処分の内容を自治体間で共有するデータベースの運用をはじめた。事業停止命令などの行政処分歴は、利用者にも公開している。
また、教員による生徒のわいせつ事件が続いたことから、2022年4月から、「教員による性暴力防止法」が施行された。
新法は児童生徒らへのわいせつな行為で懲戒免職になった教員が、再び教壇に立つのを防ぐものだ。失効した教員免許を再交付しない権限を都道府県教育委員会に与えるもので、新法以前は免許の失効後、3年が経てば申請して再交付が受けられた。
このような流れを受け、より包括的に子どもの性犯罪被害を防ぐために、日本版DBS制度を作ろうという声が高まったという。
「データベースや新法で前進はありましたが、どうしても縦割り行政で細切れの対応です。イギリスのように『子どもに関わる人全員』を対象にした包括的な制度が必要だという声がずっと上がっていたところに、ようやくこども家庭庁ができたのです」と話す。
塾講師によるわいせつ事件で逮捕者が出たように、子どもを性犯罪から守る意味では、やはり塾なども含めて義務対象を広げた方が望ましいという。
また、再犯を防ぐということは、ある意味で「加害者にとっても必要なもの」でもあると中野さんは指摘する。
「性犯罪は依存症のようなものだと指摘する専門家もいます。依存症だと考えると、例えばアルコール依存の治療の一歩は、本人の周りにお酒がない環境に変えることです。性加害者にとっても、元々子どもとふれ合わない仕事をすれば犯罪を起こさずに済むという効果もあるんです」
初犯を防ぐために、何を注意すべきかを示す「ガイドライン」を
ただ、DBSはあくまで再犯を防止するものだ。中野さんは初犯を起こさせない仕組みも必要だという。
「学校や保育園などだけでなく、ボランティア活動、キャンプ、ワークショップなど、子どもが参加したり子どもを預かったりして行われるイベントはいろいろあります。でもそういう場で子どもを守るための基準は、どこにも示されていないのが実情です」
登録や届け出が必要でないイベントはたくさんあるうえ、子どもを相手にするにはスタッフの数が必要なので、大学生のボランティアなどが重宝されるのだという。「でも、そのスタッフが何か問題を起こしたときに誰の責任になるかなどはあいまいなんです」
中野さんは密室に子どもと2人にならないことや、身体を触らないこと、連絡先を個人的に聞いたり、写真を撮らないなどの「ガイドライン」が必要だと話す。「性犯罪だけではなく、事故などに関しても注意喚起ができると思います」
ガイドラインは子どもたちが自ら身を守るためにも有益だという。
「最近、都内の学校で『先生たちはあなたの体に理由なく触りません、ふたりきりになるようなことはしません』などと書かれたお知らせが配られたんですが、とても良い試みだと思いました。そういったことが起きたときに、子ども自身が『おかしいんだ』と早めに気がつけるし、誰かほかの大人に相談できます」
中野さんは日本版DBSが、イギリスのように横断的にこどもに関わる仕事全てに適用されれば、「そもそも子どもに関わるイベントに登録制にして、そのときにガイドラインを見せる、研修をするといったことを課すなど、再犯を防ぐだけではなく、初犯の防止に応用できるのではないでしょうか」と話す。