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日本版DBSの議論で持つべき冷静な視点 専門家が指摘するブラックリスト化の危険性

日本版DBS こどもの性被害どう防ぐ? 更新日: 公開日:
園田寿氏
園田寿氏=2023年7月、兵庫県川西市、関根和弘撮影

――日本版DBSの議論をめぐり、課題として考えていることは何でしょうか。

学校や塾の先生やベビーシッターによる子どもへの性犯罪が後を絶たない中、何らかの実効的な対策が求められることに異論はありません。学校の先生で言えば、児童や生徒に対するわいせつ行為で免職し、教員免許が失効しても、法的には最短3年で再取得できます。実際、再取得後に再びわいせつ行為を起こした事例もあることを考えれば、現行制度のままでは不十分です。

しかし、性犯罪歴のある人を「ブラックリスト化」(データベース化)することには慎重さが必要だと思っています。

現在議論されている構想では、性犯罪歴者らのデータベースを作成し、それに名前が載っている人は学校や幼稚園、保育園、塾の先生など、子どもと接する職業に就けないようにする制度です。ひとたびリストに載ってしまうと、一部とはいえ、職業選択の自由が制限されることになります。

性犯罪歴を確認するイメージ
朝日新聞社

実は日本では犯罪歴に関するブラックリストというものはすでにあります。各市町村におかれている犯罪人名簿です。検察庁からの通知に基づき、有罪判決や科刑の記録が記載されています。

つまり「前科」がある人のリストであり、前科があれば弁護士や医師などの職業に就くことを一定期間制限されます。ただ、前科は10年で消滅し、職業制限もそれで解除されます。

これは過ちを犯した人を許し、更生を促すという思想が近代以降の刑法にはあるからです。それ以前、例えば江戸時代では、罪を犯すごとに「犬」などの文字が額に入れ墨され、犯罪歴は文字どおり、消えない「烙印」として残されました。そこには更生という思想は全くなく、単に犯罪歴のある人にマーキングし、社会から排除するという考えでした。

検討中の日本版DBSでは、職業を制限する時限について議論されていません。憲法で定められた「職業選択の自由」を刑法より厳しい形で制限するのは法的な整合性という問題が出てくるでしょうし、近代以降、続いてきた刑罰の更生という考えとも矛盾します。入れ墨刑があった江戸時代のように、社会から排除することにつながっていかないか、心配です。

例えばアメリカでは、州によっては性犯罪を犯した人の情報がインターネットで公開されています。情報が公開された人たちの中にはもう、町では暮らせないようになったケースもあります。部屋も借りられないし、仕事も見つからない。宗教団体がサポートする性犯罪者だけのコミュニティーが山奥にできて、そこで暮らすのだと。まさに社会から排除されているわけです。議論にあたってはこういった事例も考えるべきです。

――ほかに課題と考えることは何でしょう。

そもそも日本版DBS議論の前提となっているのは、「性犯罪者は再犯率が高い」という見解です。再犯率とは、一度罪を犯した人が再び罪を犯す割合のことですが、実は法務省はこれに完全に合致するデータは持っていません。

というのも、この数字を出そうとすると、個別の追跡調査が必要であり、追跡の期間や同種の犯罪に限るのかなど、いくつかの問題点が出るからです。何よりも服役後、個別に追跡調査することは人権上問題となる可能性もあります。

法務省が出しているデータに、再犯者率というものがありますが、これは再犯率とは全く別の数字です。にもかかわらず、メディアでも時々、再犯率と混同しているケースがあります。

再犯者率というのは、検挙された人に占める再犯者の割合のことです。初犯者の割合次第で増えたり減ったりしますし、再犯率とは違う数字です。

一方、発表されているデータの一つに「再入率」というものがあります。これは刑事施設を出所した人が2年以内に再入所した割合で、いわゆる再犯率に比較的近い数字と言えます。そこで性犯罪の再入率を調べますと、出所者全体と比べて低く、再犯率が高いとは言えないのが実態です。正しいデータに基づいた冷静な議論が求められます。

性犯罪の2年以内再入率は2020年(令和2年)出所者で5.0%となっており、出所者全体(15.1%)と比べると低く、再犯率が高いとまでは言えない。

再犯防止推進白書(法務省)

もう一つの課題は、情報漏洩の危険性です。今の議論では、制限する職業は公立の学校だけでなく、私立の学校や民間の塾なども対象にしようという意見が出ています。公立の学校であれば、リストにアクセスする人は教職員イコール公務員であり、地方公務員法によって行動が縛られます。しかし、民間の塾の先生などに対しては今のところ、こうした法的拘束力がありません。誰からか頼まれて閲覧し、情報を漏らしてしまうリスクもあります。ですので、こういう点に関しても法整備が必要になってくるでしょう。

リストに載せる基準についてもまだはっきりしません。性犯罪歴と言っても、有罪判決が確定した人に限るのか、あるいは刑事事件にはなっていないけど、組織で懲罰された人も含むのか。

有罪判決を受けていないのに、職業選択の自由を制限してもいいのかという法的、人権的なバランスも考えなければいけません。

――お話しいただいたような課題がクリアできる仕組みは、どんなものでしょうか。

一つ私が提案したいのは、ブラックリスト方式ではなく、ホワイトリスト方式です。ブラックリストが問題のある人をデータベース化する仕組みなのに対し、ホワイトリストはその逆で、問題のない人のリストを作るのです。

制限する職業に就こうとする人が出てきた場合、ホワイトリストを閲覧し、ここに名前があれば制限する必要はありません。逆に名前がなければ、「何か問題があった人」ということで、実際に面接などをして状況を聞き取とるなど、見極めます。

この方式のメリットはまず、排除の論理が進むことを防ぎ、更生という刑法の理念とも矛盾しないという点です。情報漏洩の点からもブラックリストよりリスクは低いと思います。

ホワイトリストには犯罪歴が記載されているわけではないので、たとえ漏れたとしても、ブラックリストの漏洩よりも被害はましなはずです。

こども家庭庁内に作られたイベントスペースの入り口
こども家庭庁内に作られたイベントスペースの入り口=2023年4月、東京都千代田区、藤崎麻里撮影

――ホワイトリストだと、ブラックリストよりも搭載情報が膨大になり、管理などが大変ではないでしょうか。

行政はすでに日本国民全員をデータベース化しています。住民基本台帳で、それを国と地方自治体の間でネットワーク化もしています。それを考えれば、ホワイトリストの作成は十分可能です。

改めて言いますが、昨今の子どもの性被害の状況を考えると、何らかの対策が必要だというのは賛成です。

ただ、その方法については、人権保護や更生の考えとの整合性を取りつつ、社会にとってよりリスクが少なく、かつ狙い通りの効果が期待できる仕組みにするべきだと思います。