日本版DBSのモデルになったイギリス 責任者が明かした制度導入のヒントと抱える課題
今回、イギリスDBSの最高経営責任者(CEO)のエリック・ロビンソン氏に、DBSの歴史やしくみ、課題をオンライン取材で聞いた。(聞き手・渡辺志帆)
――イギリスのDBS制度とは何か、どのように機能しているか教えてください。
DBSは雇用主に対して人物(求職者)の犯罪歴を知らせる全国的な組織です。場合によっては、有罪判決や裁判事案だけでなく、警察がその人物に関して持つ情報も含まれます。
私たちの仕事は、雇用する側の人や団体に情報を提供することです。雇用主側は、その情報と前職での評価などの情報に基づいて、その人物を雇い入れるかどうかを決めます。
私たちは現在、子どもたちと「脆弱な大人」(18歳以上で、法律で定める施設などに入所している人や、機能や心身の面で介助を必要とする人)に接する仕事に就くことを制限された人物、約8万人のリストを管理しています。
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DBSの歴史を少しお話ししましょう。
DBSは2012年に始まりました。ですから私たちは「10歳」になります。でもさらにその約10年前に、イギリス政府は今日本で提案されているのとまったく同じ、犯罪歴等を理由として子どもと接する職に就けない人物をリストで管理する仕組みを創設しました。当時、リストに掲載された人数は少なく、数千人規模でした。
DBSは今、年間700万件以上の証明書を発行し、8万人の就業を制限しています。私たちはこの20年の間に著しく成長しましたが、日本で提案されているのと同様、小さくスタートしたのです。
当初は子どもを対象とするところから初めて、高齢者など脆弱な大人へと広げました。誰を対象にするかという点で、大きく方針を拡大しました。
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どの職種を対象とするかは、DBSではなく政府(国)が決めます。私たちは政府の官庁に所属する組織ではなく、”arm’s length body“と呼ばれる、政府から一定の距離を置き、独立した組織です。ただし、政府への報告や助言は行います。
政府は立法を通じて、就業するのにDBSが発行する証明書が必要な職種リストを作成します。私たちが、その前歴などによって適切でないと判断すれば、その職(活動)に就くことが禁じられます。
ですから職種リストは非常に重要です。
病院で働くすべての人、学校や教育機関で働く人、(介護や保育、障害者支援など)ソーシャルケア分野で働く人、また警備分野で働く一部の人など、今では幅広い職種が法律で決められています。そうした職種で雇用されるには、DBSの発行する証明書が必要です。
――DBSが発行するもっともシンプルな証明書は全業種で利用できるそうですが、証明書は、イギリスで就職しようとする人のほとんどが利用しているのでしょうか。
イギリスには3200万人の労働者がいます。DBSがカバーしているのは700万~800万人ですから、大まかにいって労働者の2割ほどが利用しています。どの種類の証明書や情報が必要かとなると複雑な話になりますが、脆弱な人たち、つまり子どもや高齢者、介助を必要とする障害がある人たちと接する、限られた職種です。
――就業禁止者リストには掲載されていないものの、潜在的にリスクの高い人物が就職できてしまうことはないのでしょうか。
大まかにいって、どんな職種かによって、私たちのチェック項目が増え、より厳格で踏み込んだものになっていきます。
たとえば、個人の自宅に商品を運ぶ会社で働く場合、従業員は(住所など配達先の)個人について多くの情報を手にします。子どもが玄関のドアを開ける可能性もあります。ですから、そうした仕事に就いている300万人は「基本チェック」を受けます。これは犯罪歴の有無を確認するものです。
さらにその上が「標準チェック」です。犯罪歴に加えてさらに多くの情報を含みます。警備員や裁判所で働く人たちが受けるものですが、これは30万人ほどしかいません。
さらに400万人以上が受けるよう義務づけられているのが「拡張チェック」です。学校の教員や手術医など、職業柄、子どもや脆弱な大人に直接関わり、権限を行使する人たちです。ここにはさらに多くの情報を含みます。警察からも情報を得ますが、有罪になっていないような警察の懸念事項に及びます。ですから、この追加的なレイヤーが安全防御になります。
このしくみができたのは、(イギリス南東部)ケンブリッジシャーのソーハムで子ども2人が殺された事件がきっかけになっています。
(のちに殺人犯と判明して有罪判決を受けた)イアン・ハントリーという男には、犯罪歴がなかったものの、警察や前職の雇用主は彼が子どもに対して「リスク」であると認識していました。「拡張チェック」は、そうした知識を事前に把握し、確実に共有することを意図しています。
――DBSは、犯罪歴がなくても警察や周囲の情報提供からリスクが高いと考えられる人物を就業禁止者リストに載せるかどうかの判断もしています。その判断はどのように行われているのでしょうか。
就業者禁止リストについて言えば、雇用主が行動を起こして、懲戒処分や解雇処分をすることが多いです。ケア事業など規制対象となる活動では、雇用主にはDBSに事実を報告する義務があります。そして、私たちDBSが、その人物が同じ分野の他の雇用主のもとで働くことを認めるべきか判断します。
ですから、その人物は規制対象となる活動への就業は制限されるかもしれませんが、DBSのチェックを必要としない、たとえばバーや工場などの仕事には就くことができます。私たちはその人物が就業すること自体を禁じるわけではなく、子どもたちや脆弱な大人に関わる仕事に就くことを禁じるのです。
――ケースワーカーがいて、集めた情報を検討するわけですね。
そうです。就業禁止者リストに載るには、簡単にいうと二通りのルートがあります。
ある人物が裁判所で(特定の重大犯罪で)有罪判決を受けると、私たちは裁判所から情報を得ます。これはきわめて自動的に行われます。誰かが性的暴行事件で有罪判決を受けた場合などです。
ですが、大部分の場合、雇用主が私たちに連絡してきます。そうなると私たちが審査をしなければいけません。雇用主や警察、その他の人から情報を集めて、不服申し立てにつながるものはないか、私たちの判断に不同意ではないか検分し、その上でその人物の就業を制限します。
裁判所で有罪判決を受けた場合は、1、2日で自動的に就業禁止者リストに掲載されますが、そうでなければ非常に複雑な案件になることがよくあります。当該の人物を調査し、意見を聴取し、(その人物が持つ)潜在的な危険や問題が、人々が知っておくべき基準に合致しているか確認するプロセスが必要になります。その人物が制限を受けるべきかチェックをするには多くの情報を必要とします。
ケースワーカーたちの業務は複雑で、情報収集から判断まですべて行うのに、たいてい3~6カ月かかります。
――判断を行うケースワーカーたちはDBSの職員なのですか。
そうです。DBSには約1200人のスタッフがいます。このうち400人が就業禁止者を判断する仕事(barring work)に従事しています。800人が証明書発行と前歴開示(certificates and disclosure work)に従事しています。
――DBSは当初は小規模に始まったとおっしゃいました。
その通りです。私たちの運営ルールは変化し、規模も拡大しましたが。ですから、25年前の私たちは、今の日本と同じ状況でした。
最初は子どもと接することを制限された人物のリストがあり、次に(脆弱な)大人へ広がりました。そして証明書発行の制度ができました。システム全体が大きくなりましたが、(子どもたちを守る)役割や機能の基本的なものとして根づいてきました。DBSのチェックは、雇用主が従業員を採用する際の意思決定をする上で手にする様々な情報の一部としてとらえられるようになっています。
――日本版DBSの議論では、子どもと接する仕事でも犯罪歴チェックの義務からはずれる職種があるとのことで、その効果を懸念する声が上がっています。どう思いますか。
イギリスから学べることとしては、徐々にシステムを構築していくということです。そして、システムに誰を含め、誰を除外するかという点で、線引きは常に存在します。そして、それは時間とともに徐々に発展するでしょう。さきほど述べたように、私たちのシステムは小さく始まり、今では700万~800万人をカバーしているのです。
議論はこれからも続くでしょう。でも私に言わせれば、まずはシステムを立ち上げ機能させることが大事です。最初に含まれる人々の集団が比較的小さいからこそ、システムが発展するにつれて、育っていくと感じます。それが20年前にイギリスで起きたことです。
最初のリストは2002年に作られました。やがて犯罪記録局(Criminal Records Bureau)が設立されました。リストをモニターする別の組織が作られ、2012年にDBSが設立され、全てを一つにまとめました。新たな法律により非常に多くの人がカバーされるようになりました。ですから政府はシステムを運営することができる、私たちの規模の組織を必要としたのです。
――定量的な評価は難しいと思いますが、DBSができたことによる犯罪抑止効果についてはどう見ていますか。
私たちの仕事は「予防」だと考えます。就業制限(Barring)はその次にくるわけですが、基本的に私たちは、自分たちの介入によってどのくらいの犯罪や虐待を止めたかは分かりません。ある人が働いていないからからといって、虐待をできないようにしたのだと測定することはできません。
ただ、ここに非常に重要なポイントがあります。その人物を雇うか否かという意思決定は、DBSではなく、雇用主の責任だということです。
就業制限を受けた人物を、(規制対象の活動を行う)雇用主は雇うことはできません。でも就業禁止者リストに載っているのが8万人であるのに対して、証明書を持つ人が700万人います。この中で、雇用主は「多少の(就業禁止者リストに載るほどではない)犯罪歴があるけど雇おう」とするか「犯罪歴があるから雇わない」とするか、これは従業員を雇い入れようとするすべての雇用主が行わなければいけない、リスク評価の一環なのです。
ですから我々は、雇用主が、その人物が持つリスクについてより多くの情報に基づいて判断できるようにするための情報提供者なのです。
――就業禁止者リストに載っていなければ、規制対象の活動を行う雇用主がいくらかの犯罪歴のある人を雇っても、違法ではないわけですね。
違法ではありません。雇用主が採否を決められます。
――日本では、「職業選択の自由」という憲法で保障された権利を制限することになるとして、DBSに慎重な意見もありますが、イギリスではどうですか。
イギリスでの最優先事項は、一般の人々を危険から守ることです。
ここで示されている価値観とは、自分の子どもや脆弱な大人と接する人物が安全であることを人々が求めているということです。そして政府は、それを判断するのは雇用主であると決めました。
二つの例を挙げましょう。
一人は40歳の人物で、19歳の時に通りで酔っ払って逮捕された前歴がありますが、それ以降は何も悪いことはしていません。もう一人は3年前に暴行事件を起こして刑務所に服役しています。
どちらを雇うかは雇用主次第です。でも多くの場合、最初の人物については「何年も前のことだし、今は大丈夫だろう」と思うでしょう。2人目については「あまり信用ができない」と思うのではないでしょうか。
雇用主は、DBSからの情報と、前職からの照会情報、そして本人の面接などから、リスク評価をして、その人物の採否を決めるのです。
――日本でもう一つ懸念されているのが、犯罪歴というセンシティブな情報が漏洩しないかというプライバシーや情報セキュリティーの問題です。DBSには1200人のスタッフがいるとのことですが、これまでそうした問題はありましたか。
いいえ、ありません。なぜならすべてのスタッフが審査済みだからです。彼らは採用時に審査を受け、DBSのチェックも受けます。私がCEOに就任してから4年間で情報漏洩したことはありません。
少し前に、(生年月日など)諸情報が同じ双子の兄弟に書類が送られた非常に珍しいミスはありましたが、悪意ある情報漏洩は起きていません。
ハッキング事案も起きていません。情報セキュリティーについては多くの施策を講じています。
――イギリスのDBSの目下の課題は何か教えてください。
おそらく次の三つのことが、常に課題としてあります。
一つは、全体の均整(proportionality)です。
イギリスには規制対象になっている活動に従事する人が700万人います。また私たちが担う「基本チェック」を通じて一般の人に接する人もいます。これが400万人であるべきなのか、1200万人であるべきなのか、規制対象の活動をどこで線引きするかで変わってきます。
ですから、日本で起きているという議論と同様、どこまで活動に線引きをするかは常に議論があり、決して逃れることはできません。
二つ目の課題が、過去に罪を犯して前科のある人の更生と、人々の安全対策のバランスです。
犯罪歴がある人の就業を一律に制限する単純な仕組みは、多くの人にとってフェアではありません。
最近、最高裁で、「若年」に分類される16歳や17歳が犯した一定の軽微な罪は、証明書に記載されるべきではないという判断が出ました。彼らの社会での更生の方がより大切だからです。もちろん凶悪な犯罪は記載されます。こうした若年が社会復帰できるようにするか、人々の安全対策かという議論は常にあります。
三つ目が、規制対象となる活動です。
DBSが設立された当初に想定されていたのは、個人に直接的に、同じ部屋の中で、対面で関わる職種の従事者でした。教室内の教員や、患者のベッド脇に立つ病院の医師などです。
ところが今はソーシャルメディアや情報の分野で、人々が誰かを虐待したり、グルーミング(性的な目的で手なずけること)したりするのに、対面である必要はなくなりました。スマートフォンがあれば足りるのです。より広がりをもった領域を、私たちがどう管理するかという問題です。こうした領域を正しく理解し、うまく対処する必要が出ています。
――最後に、日本の読者や日本版DBS制度を構築しようとしている政府関係者にメッセージをお願いします。
二つあります。
一つ目は、日本版DBSの創設は、正しいことだということです。
二つ目は、小さく始めることが最善だということです。最初から何百万人もカバーするようなシステムは手に負えないと思います。私がもっともお伝えしたいことは、制度構築に終わりはなく、誰をシステムに含めるか、どのような制度にするのかなど、議論をし続ける必要があるということです。でも、このような形でスタートを切ることは非常にポジティブなことであり、脆弱な立場の人たちを守る上で、良いことだと思います。
大切なのは関わりを持つことです。保護者や雇用主や従業員など、人々と対話し、学ぶことです。そして、私たちの最終目的はもっとも脆弱な立場の人たちを守り、役立つことです。DBSは多くの人にとって有益なものですが、さらに多くの人にとっては必要ないものであり、その境界線は年数を経るごとに変化してきました。きっと日本でも関わりを持つことと学ぶことを通じて、同じことが起きるでしょう。
学ぶことに前向きであることが大切だと思います。制度が誰をカバーするか否かにとどまらず、テクノロジーの使用や職業間の移行しやすさなど、まだまだ変化の余地はあり、安全な移行に議論が欠かせません。
私たちの約20年の経験をもって、日本の制度創設がうまくいくよう、これからも喜んで日本のみなさんに協力したいと思います。