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【聞く・あいはらひろゆき】「絵本は子どもっぽい」と思ってる人に言いたいことがある

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ジャッキー(右端)とともに震災の被害を受けた保育所を訪れるあいはらひろゆきさん
ジャッキー(右端)とともに震災の被害を受けた保育所を訪問。子どもたちの喜ぶ声が響いた=2014年9月、仙台市宮城野区、小玉重隆撮影

絵本作家のあいはらひろゆきさんが、6月27日に60歳で亡くなった。子育て経験をヒントに書いた絵本『くまのがっこう』(絵・あだちなみ、ブロンズ新社)がシリーズ化される人気となり、その後も、ベトナムの画家と共同製作するなど、新しい絵本の可能性をさぐり続けた。昨年9月に取材したとき、もう人気作家なのになぜチャレンジするの?と質問したら、とんでもなく熱い言葉が返ってきた。あいはらさんが信じた絵本の力、子どもや大人たちへの思いを、3部構成で掲載します。最終回は、東日本大震災の絵本を出したわけ、そして絵本の未来に思うこと。

――東日本大震災の発生時に津波に襲われた保育園の物語を、絵本『笑顔が守った命 津波から150人の子どもを救った保育士たちの実話』として2021年に自社で出版しました。

震災から10年の節目にと考えました。でも、出版社には「震災の本は売れません」と言われてしまう。確かに震災の絵本ってほとんどないんです。自費出版で出しているものが数冊ある程度でした。

いま、親は残酷なものを子どもに見せようとしない。きれいなものやポジティブなものしか見せたがらない。子どもに読み継いでもらわないといけないはずだし、僕自身も仙台が地元なので、売れるとか売れないとかより、使命ですね。

僕自身、震災の絵本については悩みました。振り返って傷つく人もいる。絵本をつくるなら、ちゃんと勇気をもってやるべきだと、3年ぐらいずっと考えていた。

震災から10年となり、ここで出さなかったら本当に終わりだと思った。ご縁のあった保育園に、どうしてもこの10年の節目に絵本を作りたいと伝えました。彼らも悩んでいたけれど、経験を話してくださった。

この絵本ができた時、震災当時6歳だった園児を招いて読み聞かせ会をやったんです。助けられた子たちは高校2年生になっていて、こいつらがまたさわやかなんですよ。一人は仙台育英高校で野球のピッチャーをやっていて、将来保育士を目指します、みたいなことを言う。

守られていなかったらこの子たちはいないんだな、守ってくれたから、いまさわやかな顔でいるんだなと思って。涙が出たところを取材のテレビ局に撮られてしまいました(笑)。

絵本『笑顔が守った命 津波から150人の子どもを救った保育士たちの実話』
絵本『笑顔が守った命 津波から150人の子どもを救った保育士たちの実話』(作・あいはらひろゆき/絵・ちゅうがんじたかむ、サニーサイドブックス)

――絵本の舞台である保育所とは、どんなご縁があったのですか。

震災の後、仙台市に何かできることがないかと連絡をしたんです。当時の市長が被害の大きかった園を挙げてくれて、その中の一つが「中野栄あしぐろ保育所」でした。

でも、毎年通いながらも、本当はやらなきゃいけないことがあるよな、とずっと思っていて。絵本作家として、ジャッキーをつれて行って慰問してるぜ、でいいのか。絵本作家だったら作品にしなきゃいけないことだろう、っていうことを自分の中でずっと自問していた。

でも俺にできるのか、誰も書いてないのに。もしそれで保育所が批判されたり、誰かが傷ついたりということがあったら責任をとれるのか。横から入って、ちょっと毎年行っていたぐらいで話を書いてね、やるなら本気でやらなきゃいけないと思いました。あしぐろ保育所の人や当時の園児、ご家族が良かったって言ってくれたのが一番うれしい。

今度は読みついでいかなきゃいけない。毎年読み聞かせ会を園の先生を呼んでやろうと話しています。普通の出版社がやるべきなのにやらないこと、っていうんですかね。売れる売れないも大事だけど、メディアとしてやらなきゃいけないことってある。作家としてそうだし、幸い生活ができる状態ではあるので。

慰問コンサートの直前、保育所のスタッフとともに円陣を組む相原博之さん
慰問コンサートの直前、保育所のスタッフとともに円陣を組む=2014年9月、仙台市宮城野区、小玉重隆撮影

――お話に盛り上がりがある絵本じゃないと、売れませんか。

いまとにかく出版社が求めているのは笑いですね。子どもを笑わせること。僕が手がけたものでも、『はっはっはくしょーん』(KADOKAWA)とか、笑える絵本が売れています。

子どもが笑うのが親としては一番うれしいわけですよね。そういう本も素晴らしいですが。マイナーなものやネガティブにみえるものを伝えることも、絵本の使命だと思う。

震災のお話で感動したことは、「自分たちの園だけじゃないですよ。どこの園の先生たちもみんなしました、私たちだけじゃないんです」と、子どもたちを助けた先生がたがおっしゃるんです。

ほかの幼稚園、保育園に通っている子どもたちも、自分たちもそういうふうに守られてきたんだと。ジャングルジムから落ちそうなのを助けてくれたかもしれないし、危ない所に行かないように常に守ってくれて。自分たちは守られている、愛されているんだっていうのを感じるからこそ、人生に希望を持つわけで。震災はまさに、ああいう状況の中で、勇気ある大人たちが子どもたちを守った。

自分たちは常に愛されてるんだ、社会に守られているんだよ。だから大丈夫なんだよ、自信持って生きていこうよというメッセージだと思う。

ベトナムにしたって、今の流れだと、子どもたちも、ベトナムに限らず、東南アジアの人たちに対して偏見を持つおそれがあると思うんです。だけど絵本でこういう世界にふれて、素晴らしい絵を描く人がいて、素晴らしい自然のある国で、ベトナムに行ってみたいとか、ベトナムの人と友達になってみたいとか。そういうことを子どもたちが感じてくれたら。

絵本っていうのは、「子どもたちに届ける一番大事な武器」っていうかな。大人がいらないと言ったとしても、子どもがこの絵を見て、このくまのキャラクターをかわいいと思って、「これ読んで」と言ってくれたら、子どもが感じてくれると思う。

――絵本の力、可能性ですね。

絵本ってポジティブなものなんですよね。

僕は作家志望だったんですが、小説は読まなかった。誰と誰が不倫してくっついたとか、別れたとか、上中下にわたって読まされてどうするんだと思っていました。絵本は当然ながら不倫もでてこないし、ごはん、食べ物がおいしいとか、友だちっていいよねとか、自然が美しいとか、お父さんお母さんって優しいよねとか。生きていくうえでのポジティブな哲学を教えてくれるものだと思っている。

基本的にハッピーエンドであるべきだと思っていて、読んでもらって、ああ明日も生きていこうとか、生まれてきて良かったなとか、なんて素敵な社会なんだ、頑張ろうみたいに、ポジティブな気持ちになってもらうためのものなんです。

幸せになるための道具っていうか。友だちとけんかしたかもしれないけど、明日ごめんねって謝ってみようよ、ということを子どもに伝えるものじゃないですか。絵本作家になれてすごくよかった。負け惜しみですけど、小説家になんかならなくてよかった。

――新しい経験が、あいはらさんが絵本を生む原動力なんですね。成功をおさめたのになぜそこまでチャレンジャー?

僕は常に同じことをやっていると飽きるタイプで。『くまのがっこう』もミュージカルをやったり、映画やアニメをやったり。他にやれることないかな、といつも考えています。もうかりもしないですよ。えらそうなこと言っていますが、けっこう大変です。

やんなきゃいいじゃん別に、ということなんですが、やはり挑戦したいし、挑戦にはなにか格好いい理屈をつけたい。葛藤はあります。だけど僕も今年で60歳なんですね。もう先はそれほどない中で、同じことを繰り返してもしょうがないし。お金は幸い、食べていくぶんぐらいはあるので。やはり何か、自分が価値があると思うことを、すべてじゃないですがやってみたい。

『くまのがっこう』も20年やっていますが、絵本って一冊一冊はたいした部数は出ません。100万部とかいうものも中にはありますが、2000部、3000部と、じわりじわり、二世代、三世代と読み継がれることに意味があると思っている。

一冊ぽつんと出して消えてなくなってしまうのももったいない。赤字になるかもしれませんが、やりたいと言ってくれるなら、ベトナムの本も第二弾、第三弾とやってもいい。やれるなら世界中の画家と一緒に絵本をつくりたいです。

東京の大型書店にある絵本売り場
東京の大型書店にある絵本売り場=2019年6月、宇津宮尚子撮影

――日本の絵本、新しい挑戦は少ないですか?

ないですね。日本の絵本は特にアジアでは抜群に評価が高い。まだアジアの絵本ってすごく教育的で、面白くない、絵も非常に説明的で、かわいくないものが多い。そういうものが絵本だと思っている節があります。

日本の絵本の人気は今に始まったことではない。むしろ僕は、いまだにやっぱり『ぐりとぐら』に代表されるような名作絵本が中心にあって、それを超えるような新しい流れを生んできているかっていったら、僕も作家の一人として、できていないと思いますね。

むしろ保守的に、作家がというのもあるかもしれませんが、出版社もマーケティング的な思考が強すぎて、売れるものっていうとみんな同じような本をつくる。SDGsとか。まあ僕もつくってますけど(笑)。『えすでぃばあズ~ちきゅうをまもる100さいのばあちゃんたち』っていう、100歳のおばあさん10人が説教して回るっていう内容を思いついて。大阪の新人イラストレーターの大原そうさんと一緒につくりました。

――私の子どもも絵本を読んでもらうのが好きです。自分で読めるようになるといいですが。

日本って本当に子どもがちっちゃい頃から、小学校に上がると字の本を読まなきゃいけないみたいに、すごく急がされるんですよね。だけどやっぱり絵とテキストがあったほうがより豊か。文字の本はだめとは言わないですけど。

「なんで絵本を読むの?子どもっぽい」とか、子どもは早く成長するのがいいって思いがち。絵本はもう卒業して「うちの子はもう字の本を読んでいるのよ」って自慢する人、ばかじゃないかと思います。それは間違っています。子どもは燃え尽きちゃいますよ。

ヨーロッパなんか大人向けの絵本もある。考えてみたらわかるでしょう、絵本をみていたほうがよほどいい。絵と文章を見るほうが、文章だけ見るよりも絶対にいいんだから。(おわり)