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太宰治『人間失格』が韓国で100刷突破 出版社も「理由はミステリー」、なぜ人気?

現地発 韓国エンタメ事情
韓国で出版された『人間失格』100刷記念版
韓国で出版された『人間失格』100刷記念版

民音社では「世界文学全集」シリーズの1冊として2004年に『人間失格』を発売して以来、コンスタントに売れていたが、昨年初めから販売部数が伸び、今年5月に100刷を突破した。6月に新たな装丁で『人間失格』100刷記念特別版を出版し、注目を集めている。民音社1社で30万部以上売れているが、民音社以外のいくつかの韓国の出版社が『人間失格』を出しているので、総販売部数ははるかに多い。

『人間失格』は夏目漱石の『こころ』と共に日本で最も売れている小説で、そのことは韓国でもある程度知られている。「世界文学全集」に入っているのも、多くの人が手に取る理由だ。

同シリーズには、『人間失格』のほか太宰治の『斜陽』『走れメロス』、夏目漱石の『それから』、村上春樹の『ノルウェイの森』、芥川龍之介の『羅生門』などの日本の小説があるが、『人間失格』の最近の売れ方は別格だ。民音社の『人間失格』は昨年だけで7万部以上売れた。

昨年、『人間失格』というタイトルのドラマが韓国で放送されたが、小説とは関係のない内容で、視聴率も低かったため、このドラマの影響だけではなさそうだ。韓国の新聞『朝鮮日報』(2021年11月4日付)も「『人間失格』ミステリー」という見出しで、理由の明確でない『人間失格』人気について報じている。

太宰治
太宰治

『人間失格』は大庭葉蔵という男性の手記として綴られ、「恥の多い生涯を送って来ました」という手記の書き出しに象徴されるように、葉蔵が自分自身を「人間失格」と評している。『朝鮮日報』の記事では、人気の理由について「人間の偽善や虚飾を理解するのが難しく、関係を結ぶことが苦手な葉蔵に最近の若者が自分を投影している」という分析を載せていた。記事によれば、20代女性の読者が多いようだ。

最近『人間失格』を読んだというソウルの会社員朴秀眞(パク・スジン)さん(39、女性)は「『人間失格』というタイトルが魅惑的。基準に達しない人間というタイトルに不完全な自分を重ねて妙に癒される気がした。映画や漫画にもなっているのでタイトルを目にする機会は多い」と話す。日本の小説をよく読み、村上春樹や吉本ばななが太宰治を尊敬しているのを知り、読んでみたいと思ったという。

「日本では『人間失格』は戦後、虚無感を感じる人たちの間で人気だったようだが、今の韓国ではコロナ禍で閉塞感を感じる若者の共感を呼んでいるように思う。大学や職場でソーシャルディスタンスのため人間関係を築くのも難しい状況になり、自己省察の時間が増えたなかで、人間を見つめる太宰の視線が心に響いたのでは。作品の持つ退廃的な美しさも人気の理由だと思う」と語った。

韓国語の『人間失格』通常版
韓国語の『人間失格』通常版

大学生の時に初めて『人間失格』を読んだというソウルの会社員禹允植(ウ・ユンシク)さん(38、男性)は「太宰治の人生が衝撃的で興味を持った」と言う。太宰は薬物依存症で、自殺未遂を繰り返した挙句、1948年、愛人と心中し、38歳の若さで亡くなった。『人間失格』は48年に刊行され、太宰の自伝的小説とも言われる。

「太宰も『人間失格』の葉蔵も、韓国にあまりいないタイプの男性で、日本の男性アーティストに期待するファンタジーのようなものを備えた人物」と言い、その特徴は「アバンギャルドでわがままで女性関係にルーズでかっこよくて知的な男性」だそうだ。大学生の時に読んでいたが、近年読み直したのは、伊藤潤二が描いた漫画『人間失格』がきっかけだった。「韓国には伊藤潤二ファンも少なくないので、僕のように漫画がきっかけで原作小説を読む人も多いと思う」。さらに「昨年からよく売れているのは、若者の憂鬱な心境に響いているのかもしれない」と指摘した。「コロナ禍で若者が全体的に憂鬱感を抱いているなかで、『人間失格』の虚無主義や快楽主義に共感するんだと思う」

クリスマスの夜に静まりかえるソウルの繁華街
クリスマスの夜に静まりかえるソウルの繁華街=2021年12月25日、鈴木拓也撮影

韓国は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最も自殺率が高く、2020年は人口10万人当たりの自殺者数が25.7人だった。特にコロナ禍で10~20代の自殺率が高くなり、不動産価格の暴騰や就職難など経済的な困難が理由として指摘されている。

一方、韓国の新聞『文化日報』の朴東美(パク・トンミ)記者は「若者に人気の歌手や俳優が『人間失格』を勧めた影響もある」と言う。是枝裕和監督の映画『ベイビー・ブローカー』に出演し、日本でも最近認知度が上がった歌手で俳優のIU(俳優名はイ・ジウン)がテレビ番組で『人間失格』を読む姿が放送されたり、本好きで知られ、自ら出版社を営む俳優のパク・ジョンミンが『人間失格』を好きな作品に挙げたりした。

さらに歌手のYOZOHは『人間失格』が好きで、葉蔵から芸名を付けたほどだ。YOZOHは済州島で書店を営んでいる。世界文学全集、ドラマ、映画、漫画、歌手、俳優……若者たちが『人間失格』に接するルートは様々だ。

『人間失格』の葉蔵は手記の結びにこう書いた。「いまは自分には幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます」。戦後、『人間失格』に救われた日本の若者たちがいたように、今、激しい競争社会にコロナまで重なり、行き詰まった韓国の若者たちの癒しになっているようだ。