夏目さんが韓国の女性映画がおもしろいと思い始めたのは、女性監督が性的マイノリティーを描くクィア映画の質の高さに驚かされ、また男性監督による女性映画に魅了されたからだった。
前者には『私の少女』(2014、チョン・ジュリ監督)や『恋物語』(2016、イ・ヒョンジュ監督)、『詩人の恋』(2017、キム・ヤンヒ監督)があり、後者には『サニー 永遠の仲間たち』(2011、カン・ヒョンチョル監督)、『怪しい彼女』(2014、ファン・ドンヒョク監督)が挙げられる。夏目さんは「『サニー』も『怪しい彼女』も主人公は中年以上の女性。男性監督の主人公への寄り添い方に女性の私も共感できた。エンタメとしてもよくできている」と話す。
『サニー』の主人公は40代女性。高校時代の友人が癌で余命宣告を受けたのをきっかけに、高校時代の仲良しグループ「サニー」のメンバーらを探し出す。1980年代、歌って踊ってけんかもした青春時代を振り返りつつ、メンバーそれぞれ事情を抱える現在が交錯する。
『怪しい彼女』の主人公は、おばあちゃんだ。ある日突然20歳の頃の姿に若返り、音楽活動や久々の恋に心躍らせる。『怪しい彼女』のファン・ドンヒョク監督は、昨年世界を席巻したネットフリックスのドラマ『イカゲーム』の監督だ。『サニー』『怪しい彼女』はいずれも韓国でヒットし、日本でもリメイクされた。
さらに夏目さんは今回の企画の直接的なきっかけとなった作品として、『声もなく』『ひかり探して』『ユンヒへ』の3本を挙げた。この3本は今年1月、ほぼ同時期に日本で公開された。
『声もなく』(2020、ホン・ウィジョン監督)と『ひかり探して』(2020、パク・チワン監督)は女性監督による作品で、いずれも人気俳優が主演する商業映画だ。「男性監督がメインだった犯罪映画やミステリーといったジャンルで長編デビューを果たし、しかも女性監督らしさも感じられるのがいい」と、夏目さん。
『ユンヒへ』(2019、イム・デヒョン監督)は男性監督によるクィア映画で、『韓国女性映画 わたしたちの物語』の表紙を飾った。夏目さんは「3作品それぞれテイストが違いながら、それぞれ最先端のような映画で、これまでの韓国映画の歴史も踏まえつつそれを乗り越えようという意志を感じた」と話す。
本の巻頭インタビューは、韓国映画界で長く活躍を続ける2人の女性監督、イム・スルレ監督に夏目さんが聞き、シン・スウォン監督に私(成川)が聞いた。2018年に韓国で広まった性被害を告発する#MeToo運動をきっかけに女性監督のデビューが目立つようになったが、10年以上撮り続けている女性監督はほんの一握りだ。
イム・スルレ監督は1996年に『三人の友達』で長編デビューし、次作『ワイキキ・ブラザース』(2001)で注目を集めた。『ワイキキ・ブラザース』の主演は男性だが、男らしさは強調されず、情けない、人間臭い男性だ。夏目さんは「韓国は兵役や家父長制の影響で男性は強くなければという観念が強いと言うが、イム監督は弱さを隠さない男性を描く」と指摘する。
公開待ちの最新作『交渉(原題)』は、ファン・ジョンミンとヒョンビンが主演する大作だ。「イム監督は韓国映画界では数少ない、エンタメでも成功している女性監督。それでいてフェミニストという幅の広さがある」と評価する。
夏目さんはフェミニズムについて「女性の権利拡張のみではなく、その人はその人らしく、みんながありのままの自分でいられるのが理想だと思う。そういう世界観はイム監督の映画からも、本人からも感じられた」と語った。
シン・スウォン監督は2010年、『虹』で長編デビューし、カンヌ国際映画祭やベルリン国際映画祭に招待されるなど海外でも高く評価されている。『虹』も自伝的作品だったが、最新作『オマージュ』(2022)は1960年代に活躍した女性監督をオマージュしつつ、シン監督自身も重ね合わせた作品だ。
シナリオを持ってミーティングに行ったら「なんでおばさんが映画を作るの? 子どももいるのに」と露骨に差別された自身の経験も『オマージュ』の主人公の経験として語らせた。インタビューでは、女性主人公の映画に投資してもらう難しさにも言及し、中年女性が主人公の『オマージュ』は公的な助成金で作ったことを明かしている。
イム監督やシン監督ら先駆者の活躍もあり、#MeToo運動も経て、近年は女性監督を取り巻く環境は格段に良くなった。商業映画も含め、女性監督の相次ぐデビューはその象徴だったが、コロナの影響で映画作りそのものが難しくなった中、果たして彼女たちが2作目を作れるのか、というのも気になるところだ。
『韓国女性映画 わたしたちの物語』は編者の夏目さんを含め12人が執筆に参加し、韓国女性映画について語り合う座談会や、ペ・ドゥナ、チョン・ドヨンの女優論など盛りだくさんの内容になっている。A5/216ページ、2475円(本体2250円)。