1. HOME
  2. World Now
  3. 西川美和監督『すばらしき世界』韓国で好評 「元ヤクザ」がぶつかる壁、どう見られた

西川美和監督『すばらしき世界』韓国で好評 「元ヤクザ」がぶつかる壁、どう見られた

現地発 韓国エンタメ事情
『すばらしき世界』から。元ヤクザを演じた役所広司
『すばらしき世界』から。元ヤクザを演じた役所広司=アットナインフィルム提供

韓国では今夏、コロナ禍で公開が延期になっていた韓国映画の大作が続々公開されている。『すばらしき世界』はミニシアター中心の公開だが、特に映画人の間で話題になっている。ポン・ジュノ監督は「果たして私たちが生きるこの世の中は適応するだけの価値がある所だろうか?」とコメントした。三上よりも私たちが生きる世の中に視線を向けたコメントだ。三上は「今度こそ堅気で生きる」と決心して出所するが、「元ヤクザ」を許容しない社会で様々な壁にぶち当たる。

『すばらしき世界』ポスター
『すばらしき世界』ポスター=アットナインフィルム提供

西川監督とムン監督の対談は8月22日、ソウル市内の映画館「アートナイン」で行われた。西川監督は日本からオンラインで参加し、ムン監督と進行役の映画ジャーナリスト、イ・ファジョン氏が映画館で観客と対面した。

ムン・ソリは女優で知られるが、『女優は今日も』(2017)で監督兼主演を務め、最近では『三姉妹』(2021)でプロデューサー兼主演を務めている。西川監督とムン監督は韓国の映画祭をきっかけに知り合い、同じ1974年生まれの女性映画人同士、長年の付き合いだ。ムン監督は「西川監督の映画はすべて見てきた。成長と言うとおこがましいが、より豊かに、深くなってきたのが感じられる」と評価する。

『すばらしき世界』は佐木隆三の『身分帳』が原案。西川監督は「ヤクザの世界だけで生きてきて、長い間刑務所に入っていた主人公は私自身からも遠い存在だが、読んでいくうちに彼が社会に出てぶつかっていく過程は、私たちが形作っている社会そのものだと感じた」と、映画化を考えたきっかけを語った。

西川美和監督
西川美和監督=アットナインフィルム提供

『身分帳』は小説だが、主人公のモデルは実在した人物だ。イ・ファジョン氏は「ドキュメンタリーのようなリアリティーを感じた」と感想を述べた。西川監督は「殺人の場面を回想シーンで入れるよりも、むしろ役所での手続き一つうまくいかないストレスの方が多くの生活者が実際に体験していることであって、そういう小さなドラマを積み上げることに時間をかけた」と語った。

役所広司は韓国でも人気の俳優だ。ムン監督は「役所広司さんがかっこ良すぎるのは非現実的だった」と冗談で会場を沸かせたうえで「三上というキャラクターをどう作り上げたのか、役所さんと監督の間でどんなやりとりがあったのか知りたい」と、質問を投げかけた。

『すばらしき世界』トークイベント
『すばらしき世界』トークイベント=成川彩撮影

西川監督は「元ヤクザや元受刑者にかなりたくさん会って話を聞いた。鉄砲玉が飛んできても怖がらないのにちょっとしたことで涙もろい人、自分を信頼してくれる人は体を張ってでも守ろうとする人など、三上と共通の特徴を持つ人が多かった」と振り返る。

役所広司には当初「三上のような反省しない人は全然好きになれない」と言われたが、西川監督は「社会復帰しようと一生懸命な三上を観客に応援してもらわないといけない。役所さんには『嫌いかもしれないけどチャーミングに描いてほしい』と、それだけクランクイン前にお願いした」と打ち明けた。

『すばらしき世界』から
『すばらしき世界』から=アットナインフィルム提供

役所広司は現場では何の質問もせずに演じたという。「カメラを回したらそこに私が思い描いていた三上がいて、本当にドキュメンタリーを撮っているようだった」と振り返る。

さらにイ・ファジョン氏は「監督はこの映画を通して観客に質問を投げかけていると感じた。三上がどう生きていくのか、ではなく私たちがどう三上を受け入れるのか」、ムン監督は「エンディングで映ったのが三上を応援する人たちだったのが、この映画の核心をついていたように思う」と指摘した。三上は壁にぶつかるとカッとして暴言を吐いたり暴力を振るったりするが、何の見返りもなく根気強く三上を支える人たちと出会い、変わり始める。

西川監督は「これまでは自分の身近なところにモチーフをおいて作ってきたが、40代後半にさしかかって興味が自分自身より外側に向くようになった。今回のように縁遠いものをやってみて、でも最終的にはこの社会を作っている構成員の一人である自分自身に返ってくる」と、自身の作品作りの変化を述べた。

『すばらしき世界』トークイベント
『すばらしき世界』トークイベント=アットナインフィルム提供

観客からも「とても大きなものをもらった。私は私自身が嫌いだったけど、この映画を見て変われるかもしれないという希望を感じた」と、自身に引きつけた感想が出た。

西川監督は「そもそも世界はすばらしい、の一言で片づけられるわけがない。だけども身寄りもなく仕事もない中で何とか自分の人生を立て直そうとする彼の人生に、皮肉ではあるけども『すばらしき世界』とタイトルをつけた」と語った。日本や韓国といった国を超え、社会の構成員である観客一人一人に刺さる『すばらしき世界』だった。