ソン・ガンホが韓国の俳優として初めて男優賞を受賞したカンヌ国際映画祭には、藤本さんの姿もあった。「助監督は映画祭に行かないことが多いけど、是枝監督が呼んでくれた」と言う。それだけ貢献度が高かったのだろう。タキシード姿でレッドカーペットも歩いた。「夢のようでした」と目を細める。
今回のカンヌで『別れる決心(原題)』で監督賞を受賞したパク・チャヌク監督とも、藤本さんはつながりがある。藤本さんはパク監督の『お嬢さん』(2016)でも助監督を務めた。カンヌの道端でパク監督と久々に再会し、熱いハグを交わしたという。「どっちの受賞もめちゃくちゃうれしい。韓国映画の力でもあるし、2人のこれまでの成果が認められたのもある」
『ベイビー・ブローカー』は、子どもを育てられない人が匿名で赤ちゃんを預ける「赤ちゃんポスト」をめぐる物語だ。サンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)は赤ちゃんポストに預けられた赤ちゃんを密かに売る「ベイビー・ブローカー」だ。
ある日、赤ちゃんを預けた未婚の母ソヨン(イ・ジウン)が思い直して戻ってくるが、赤ちゃんはすでにサンヒョンが営むクリーニング店に連れて行かれた後だった。サンヒョンとドンスはソヨンに正直に打ち明ける。ソヨンには子どもを育てられない事情があり、3人は赤ちゃんの育ての親を求めて旅に出る。
是枝監督は韓国での記者会見で「大変だったことは?」と聞かれ、「楽しかった記憶しかないな…」と答えに困っていたが、藤本さんもやはり「毎日楽しくて仕方なかった」と言う。「ほとんど地方の撮影だったから、監督、俳優、スタッフが一緒に旅しながらロードムービーを体感しているようだった。2ヶ月半、どっぷり『ベイビー・ブローカー』の世界に浸った」
余裕を持ったスケジュールで、撮影が休みの日には是枝監督と一緒に山登りを楽しむこともあったという。是枝監督は俳優やスタッフに手書きで手紙を書くなど、距離感を縮める努力も惜しまなかった。
藤本さんはソン・ガンホについて「さすが、台本通りのセリフでなく、自分の言葉にして発していた」と言う。「台本翻訳のレベルは非常に高く、さらにみんなでアイディアを出しあったが100%という翻訳はない。最後は俳優の技量」
ソン・ガンホはモニタリングでもセリフの微妙なニュアンスなど、監督がキャッチしにくい部分まで入念に確認し、映画の完成度を高めるのに貢献したという。藤本さんは「現場の雰囲気を盛り立て、監督とも誰よりもコミュニケーションを多くとって、作品全体のことを考える視野を持った素晴らしい俳優」と称えた。
これ以上ないほどの豪華出演陣だが、特に注目を浴びたのはイ・ジウンだった。
歌手IUとして絶大な人気を集め、演技歴も長いが商業映画の出演は『ベイビー・ブローカー』が初めて。是枝監督はドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』でイ・ジウンに釘付けになったという。是枝監督作の撮影監督を何度も務めている山崎裕さんが『私のおじさん』を勧めた。山崎さん自身、イ・ジウンのファンで、『私のおじさん』に是枝監督の映画『誰も知らない』について言及するシーンがあった、というのも勧めたきっかけだったようだ。
是枝監督は子役の演出がうまいことで定評があるが、今回も子役、赤ちゃん役まで、演技なのか素なのか分からないほどナチュラルに演じていた。藤本さんは「演技をさせないのが秘訣。台本を見せず、セリフは現場で伝える。カン・ドンウォンさんが率先して子どもと遊んでくれて、緊張をといてくれたのもありがたかった」と振り返る。
個人的には、刑事としてベイビー・ブローカーを追うスジン(ペ・ドゥナ)の存在感がじわっと心に響いた。スジンの変化がこの映画の核心だと思う。藤本さんも「スジン=観客であり、子どもを取り囲む社会の目線だと思う。結末についてはいろんな意見があるかもしれないけれど、僕は監督が固守した結末が良かった」と語った。
撮影監督はポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019)や『バーニング 劇場版』(2018)などで知られるホン・ギョンピョが務めた。現在日本で公開中の李相日監督の『流浪の月』も、ホン・ギョンピョが撮影監督、藤本さんが通訳を務めた。藤本さんは「ホン・ギョンピョさんは照明はシンプルで、自然光を使うのがうまい。ありのままを見せてくれる」と魅力を語った。
近年は日韓合作よりも、韓国映画に日本の監督やスタッフ、日本映画に韓国の監督やスタッフが参加するスタイルが増えている。藤本さんは「日韓タッグ映画」と呼ぶ。「日韓の映画人がタッグを組んで、互いに刺激を与える。そこに自分の経験が少しでも役立てばうれしい」。韓国在住は通算で21年。「今後も韓国を拠点に日韓タッグ映画に携わっていきたい」
『ベイビー・ブローカー』は日本では6月24日公開予定。