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LiLiCoが「王様のブランチ」で流した涙 『ノマドランド』と格差と私

People 更新日: 公開日:
LiLiCoさん=嶋田達也撮影

いまの映画業界は、多様性をとても大事にしています。格差をテーマに扱うこともそのうちの一つ。みんなで考えなければいけない問題だからこそ、いま映画業界がここに目を向けているのだと思います。今までもそうしたことを題材にした映画はありました。でも、恵まれてなくてもがんばれば成功できますという内容だった。最近の映画はもっとリアリティーを追求しています。

『ノマドランド』はさらに先に行っています。主人公のファーンはリーマン・ショックで会社がつぶれ、街自体がなくなって仕事も失ってしまうが、自らノマドとしての生活を選んでいる。映画に出てくるノマドたちは自分でその人生を選んでいる。格差にも注目していますが、そうした生活を選ぶ権利もあることを『ノマドランド』は伝えたかったんだと思う。家はないけど、その方がハッピーだと考える人たちがいる。

中でも私が涙したのは、がんで余命を宣告された、75歳になるノマドの女性スワンキーが、アイダホの川でヘラジカの家族も見られたと語るシーンです。そこに人生の幸せを感じ取ることができることが、すごくすてきだと思いました。車の中に住んでいてもそれを言える人って、気持ちが最先端を行っているんじゃないかな。

私も歌手になる夢を追いかけながら、20歳から5年間車で生活しました。がんばりたいという気持ちを捨てれば、東京・葛飾のおばあちゃんの所に住めたけれど、もしおばあちゃんの所にいたら、今の私はなかった。私もファーンと同じくあえて選んだのです。

車上生活をしていた時、私も気持ちは先を行っていたと思います。当時よく使っていた、東名高速の海老名サービスエリアは今でこそアミューズメントパークさながらですが、30年前は真冬だと氷のように冷たい水しか出なくて、それで髪を洗って叫び声を上げていた。私もテレビや雑誌、新聞の中の人と同じ所に行く。そのためには吐くほどがんばって、脳みそが鼻から出てくるほど泣かないといけない。すごくいやな思いもしたけれど、絶対あそこにいく。それが先に行く気持ちだと思うんですよ。

当時の私にとって毎晩スナックを7、8軒回って歌うことが芸能活動で、誇りだったんです。そうした誇りって持ってていいものだと思う。私は一生懸命がんばってここまで来た。だからこそ今の私がある。「王様のブランチ」で映画紹介も20年間続けてこられたんだと思います。

『ノマドランド』のファーンのせりふで「私はホームレスじゃなくてハウスレス」というせりふがあります。それは私自身がよく言っていたことです。私も当時ホームレスだとはこれっぽっちも思っていなかった。でも、当時の様子を書いた『ザリガニとひまわり』を出版する際に、「それってホームレスですよ」ってよく言われました。自分の居場所があればホームレスではないと思っていました。私にとって芸能界がホーム。歌手になりたくて日本に来ましたが、歌唱力が認めてもらえてようやく今年ミュージカルに出ました。やっと私は芸能界の玄関にたった。車上生活をしていたあの時代っていうのは私にとっては宝物。あの時の生活をもう一回できますかってよく聞かれますが、今でもできます。暮らしはあの時よりはぜいたくになっているけれど、ハングリー精神だったりだとか、心のもちようは変わっていないんですよ。全部失ったとしても、私はいまのままのLiLiCoでいますよ。

私が車の中で住んでいた時は、「今日家に泊まりなよ」と言ってくれる人はいました。でも、国は助けてくれなかった。健康保険証すら持ってなかった。『ノマドランド』でいうと、私はファーンの人生を追ってたというよりも、あそこで登場した人々の出会いを追っていたんでしょうね。だから、「王様のブランチ」で『ノマドランド』を紹介する時、涙をこらえられなかった。やっぱり人がすべてなんです。私一度肺炎になって、ある方が私を抱いて病院に連れていってくれたんです。私は息が苦しくても、お金がなくて病院で検査すら受けられなかった。あのとき病院で診察を受けられ、薬をもらえたからそこ、いまこうして生きているんです。

新型コロナの流行もあり、厳しい世の中です。日本では自殺者が増えています。ワクチンをうつ人も増えてきて出口が見えつつある時に、すごく残念なことです。でも、仕事がなくなってもすぐに家ってなくなるのかな。みんなそれぐらいぎりぎりで生きているのかな。近くのいきつけの居酒屋がコロナで営業できなくなって、テイクアウトも始めたって連絡が来ました。早速行ってテイクアウトしました。お互いに助け合わないと。人と人とのつながりって大切です。

私は昨年ひざの骨を折っていっぱい失いました。ポールダンスを始めようと思っていましたができなくなりました。好きだったマラソンもできないし、プロレスラーも引退しなければならなくなりました。大切な友達も事故で亡くしました。でも、前に行くしかない。生きてるからこそ次があると思うんです。(構成・坪谷英紀)

LiLiCo 映画コメンテーター、タレント。1970年、スウェーデン生まれ。18歳で来日。2001年から、TBSの情報番組「王様のブランチ」で映画の紹介を続けている。