――世界中で格差が拡大しています。現状をどうみていますか。
新型コロナウイルスのパンデミックにもかかわらず、株式市場は活況を呈し、資産を持っている人が大成功をおさめています。一方で失われた雇用は甚大です。多くの国で、人々がコロナで死んでいく中でグロテスクともいえるような株式市場の好況が続いています。パンデミックの最中にも豊かになっていく人々と貧しくなっていく人々がそれぞれ違う世界に暮らす社会は本当に恐ろしい。パンデミックが世界の分裂を露呈させたという意味で、今は危機的状況にあります。
――なぜ不平等はここまで広がってしまったのでしょうか。
一つは、アマゾンやグーグルのような巨大企業ほどリターンが大きくなる産業が増えていることです。これらの産業では何か新しい技術を開発すると、グローバル化によって世界中の市場で同時に売って、巨額な利益を得ることができる。一部の成功した人だけが何十億、何百億ドルと稼ぎます。
――著書で「スーパースター企業による勝者総取りの経済」と指摘しています。勝ち組と負け組の差がはっきりつくようになってしまったのですね。
成功した企業は従業員に高い給料を支払いますが、そうした企業は一部だけで、低所得者層の所得は伸びていない。これまでの研究から、自由貿易は高い技能を持つ労働者の所得を上げる一方、低い技能の労働者の所得は下げることが示唆されています。AIや自動化が進み、かつては十分な給料が支払われたブルーカラー労働者の仕事はなくなり、労働組合の影響力も低下しました。各国で一様ではありませんが、中間層以下の人々の収入が圧迫されているのは確かです。
――長く貧困問題を研究してきて、「先進国が直面している問題は、発展途上国でみられる問題と気味が悪いほど似ていると気がついた」と指摘しています。どういうことですか。
例えば、米国のような国では社会階層の流動性が高く、もし望めば誰でもなりたい人になれる「アメリカンドリーム」があった。米国人はいまだにそう信じています。しかし、統計を見るとそれはもう真実ではない。貧しい家庭に生まれると貧しいまま、という構造的な不平等が、発展途上国だけでなく、米国でもますます強まっています。低所得、低学歴の家庭の出身の人は、良い教育機関に入れる可能性が極めて低い。良い大学に入るためには良いバックグラウンドを持っていなければならないのです。米国では新型コロナの黒人の死亡率は白人を大きく上回る。教育や医療、すべてのものへのアクセスが不平等になっています。多くの国では最も裕福なトップ1%の所得が国民所得に占める割合が拡大している。私たちが不平等を解消しようといくつかの重大な措置を講じる覚悟がない限り、不平等の拡大は多くの国に共通の課題です。
――この危機にどう対処したらよいのでしょうか。
高所得者、富裕層への高額課税が必要です。社会政策ではまず、「誰が私たちの成長のために代償を支払っているのか」を明確に意識する必要があります。すべての変化には、生み出すものと失うものがある。例えば、貿易を開放すれば多くの人が恩恵を受けるが、失業する人も出る。でもそれは彼らのせいではない。にもかかわらず、失った人々には何もせず、ほとんど還元もされない。だから人々は怒っているのです。政府は失業した人を放置するのではなく、手を打たなければいけない。雇用を守り、創出すべきです。
――著書では「技術革新、貿易その他様々な要因で失業した人々の尊厳を取り戻すことが必要」と強調しています。
これまでの福祉制度は、職を失った人を敗者として扱い、失敗した人と考えているかのようです。しかし、失業は資本主義のプロセスの一部で、補償は失った人生に応じたものでなければなりません。そのためには、ただお金を渡すだけではなく、やりがいのある仕事に就ける可能性を提供すべきです。雇用の移行を寛大に支援し、多くの場所で雇用を創出し維持することが重要です。
――「経済成長にこだわるのもやめよう」とも指摘しています。
貧困国では成長は必要です。しかし富裕国では、長年の研究にもかかわらず、どうすれば経済成長率を上げられるのかはわかっていません。「成長を実現するために」とこれまで行ってきたことは、ほとんどが金持ちへの優遇策です。「困窮者にインセンティブを」と言って福祉を削減してダメージを与えただけで、何の役にも立っていない。私が言いたいのは、富裕国では経済成長率を上げる手段がないのなら、「影響を与えられることに焦点を当てよう」ということです。つまり、福祉プログラムをより良く設計することです。例えば、米国では困窮した人が食料補助を受ける際、以前は食料配給券で支払わなければなりませんでした。今はクレジットカードで支払え、恥ずかしい思いをしなくて済むようになりました。人々の生活をより良いものにするためにできる小さな変化はたくさんあるはずです。
――格差を是正していくことができるでしょうか。
パンデミックを経験し、私たちは本当に良い状態にはないと受け止める余地ができました。格差是正ができることはわかっています。やるか、やらないかだけです。
Abhijit Banerjee 1961年、インド生まれ。実証的なアプローチで貧困の原因や解決策の研究に取り組み、2019年に妻で米マサチューセッツ工科大教授のエスター・デュフロらと共にノーベル経済学賞を受賞。夫妻の共著に「絶望を希望に変える経済学」。