インタビュー場所のソウル市内のカフェに入ってきたチン・ギジュは、『リトル・フォレスト』のにぎやかな田舎娘のイメージとはちょっと違う、170センチの長身にショートブーツをはき、チェックのスーツ姿の「知的美人」だった。おとなしい性格かもしれない、と少し緊張したが、インタビューが始まると口を大きく開けて笑ったり、真剣に考え込んだり、天真爛漫な表情でどの質問にも率直に答えてくれた。
■音に敏感な私が、聞こえない役を演じる
――「殺人鬼から逃げる夜」の出演を決めた理由は?
実はスリラーを見るのが苦手で、そんな私が演じられるのか、迷う気持ちもありました。でも、ギョンミは演じたいと思ったんです。ギョンミは「生きる」ことに対する強い意志を持っています。
シナリオを読んで惹かれた理由の一つは、ギョンミの聞こえない感覚を音響で表現している点でした。音がない「ミュート」の状態を観客も体験することになる。完成作品を想像しながら、興味津々でシナリオを読みました。
――ギョンミ役を演じるうえでどんな準備をしましたか?
手話は撮影に入る前に2ヶ月間、ギョンミの母役のキル・ヘヨンさんと一緒に習いました。最初は手話を覚えないといけないと思ってとても負担でしたが、ただ暗記するというよりも手でその単語を描く感じで、ジェスチャーに近く、思ったより楽しく学べました。
私はもともと音に敏感な方で、音がしたら反射的にそっちを見る癖があります。ギョンミは音に反応してはいけないので、反応しないように習慣を直す努力をしました。
――殺人魔ドシクを演じたウィ・ハジュンさんは爽やかな好青年のイメージが強かったので、サイコパスの役は意外でした。
皆さんハジュンさんのことを「優しそう」って言うんですが、私にとっては最初からドシクでした(笑)。お互いにシナリオを読んでそれなりに役作りをして会ったからかもしれないです。特にハジュンさんは休み時間も役から離れない俳優なので、そう感じられました。親しくはなりましたが、私にとっては今もドシクです。
――特に好きな場面はありますか?
ギョンミがお母さんと海辺にいるシーン。波の音は聞こえないけど、風を感じながら海を楽しんでいる。風を感じることで波の音が聞こえる気分になるんじゃないかなって思います。生まれた時から音が聞こえないってどんな感じか、いろいろ想像してみました。例えば夜にキラキラ光るネオンサインを見たら、音は出ないけど出るような気がするんじゃないか、とか。
――試写会の時に観客に向かって「ギョンミの言っていることに集中して見てほしい」と言ったのはどういう意味だったのでしょうか?
ギョンミは自分の意思を伝えようと常に努力しています。展開の早い映画なので見逃しがちですが。ギョンミは手話も使うし、筆談もするし、あるいは言葉ではないけども声を出して、自分が犯人に狙われていることや、犯人がドシクであることを一生懸命周りに伝えようとする。それなのに周りの人たちはギョンミのことを「しゃべれない人」と思ってちゃんと聞こうとしない。それは観客も同じだろうと思って、特に注目して見てほしいって言いました。
■俳優はあこがれ、でも一度は現実を選んだ
――チン・ギジュさんの「異色の経歴」も話題になっていますが、サムスン入社前は俳優になりたいと思わなかったんでしょうか?
俳優は憧れであっても現実的な職業とは思っていませんでした。どうしたらなれるのかも分からず。一日中勉強するのが当たり前のような環境で育ち、映画やドラマを見るのはぜいたくな時間。だから遠い存在に感じていたのかもしれないです。現実的な職業としては記者が夢でした。大学時代は記者になるために勉強会に参加したり、試験を受けたりしましたが、結局サムスンに入社しました。
――サムスンを辞めるのは周りの反対もあったのでは?
勤めたのは3年弱ですが、10年後、辞めたことを後悔するか、辞めなかったことを後悔するか、想像してみました。失敗しても挑戦してみたいと思いました。でも、親にはとても言えなかった。サムスンに勤めていた頃には俳優になりたいと思い始めていましたが、やっぱり辞めたらそこまで勇気は出なくて、現実的な夢だった放送局の記者になりました。ちょうど採用試験があったので。でもやっぱり本当にやりたいことではないと感じ、数ヶ月で辞めました。
――会社員や記者を経て俳優になったことで、演技にプラスになったと感じることは?
『ミスティ』は放送局を舞台にしたドラマで、私が演じたのはニュースキャスターの役だったので、自分が共演者の誰よりも放送局のことやキャスターという仕事について知っているという自信はありました。もともと記者を目指していた大学生の頃、記者としてキャリアを積んだ後はキャスターになりたいと思っていました。セットがよくできていて、演技というよりも本当にキャスターになった気分でした。
来年放送予定のドラマ『今から、ショータイム!』では主人公の巡査役を演じる予定ですが、記者として警察取材に携わった経験が少しは活かせるかもしれません。
――「リトルフォレスト」のウンスク役の演技がとってもナチュラルで、もしかしたら実際の性格に近いのかなって思っていました。
私にとって初めての映画出演で、『リトルフォレスト』のようないい作品に出られてラッキーだったと思っています。でも、私はウンスクみたいにやかましい性格ではないです(笑)どちらかといえば、最近主演したドラマ『オー! サムグァンビラ』のビッチェウン役が自分の性格に一番近いと思います。
――今後はドラマ『今から、ショータイム!』、映画『幸せの国』出演でまた忙しくなりますね。
両作品とも9月から撮影が始まるので、今のうちにいっぱい寝ておきます。撮影期間はどうしても寝不足になるけど、休みの日は10時間でも寝られるタイプなので。
俳優という職業は、不安だけど、おもしろい。20年後も同じように答える気がします。俳優を始めた頃は、10年、20年キャリアのある先輩たちは現場で緊張することもないと思っていたら、みんな緊張するって言うんです。だんだんそれが分かってきました。毎回新しい作品に挑み、監督も共演者もスタッフも初めて会う人たちで、不安がなくなることはない。それがおもしろいです。
(文・成川彩、写真・Yong il Lee)