香港の出版社から絵本の依頼が来たのは一昨年の冬でした。
コロナで隔離中にSNSに私がアップしたイラストが「可愛い」と評価され、ぜひ、親子で読める絵本を書いてほしいと言われました。
1冊だけではなく、同時に4冊の依頼が来ました。
物語でも、教育的なテーマでもいいと言われました。
私は考えました。
親が子供に物語を通して、4つの「もの」を教えるのなら、何がいいのかなと。
そこで辿り着いたのが、「あなたは愛されている、嘘をつくことは必要がない」、「幸せになる近道は人を助けること」、「違いを認め、楽しむ、感謝すること」そして、「地球を大事にすること」でした。
その4つのテーマは決して軽い気持ちで選んだのではありません。
この4つのテーマは「自己肯定感」「奉仕する心」「共に生きる精神」「自然に対する敬意」を子供に教え、そして育てるためのものです。
1冊目の絵本『ママはあなたをあいしている、うそをつかなくていいのよ』で教えるのは、「あなたは愛される価値のある存在なのですよ」ということです。
幸せになるための基本の一つが、「自分を嫌いにならないこと」です。
「自己肯定感」とも言います。
自己肯定感を持たないと、幸せな人生を送ることは難しいのです。
そのために、幼い時からの親の愛情とそれに対する信頼がとっても大切です。
自分は価値ある人間、愛されるべき人間と信じることができれば、何をするときにも、自分の力を信じるようになります。
失敗した時に再び立ち上がる力につながるのです。
それがなく、自分に価値を見出せない場合は、失敗したときに「やっぱり私はだめだ」となります。
成功した時も「運が良かっただけでは」と自己肯定ができないのです。
その自己肯定感を形成する大事なプロセスの一つは、物事を理解し始める2、3歳の時です。
ちょうど2、3歳の時に、子供は「何が正しい」「何がいけない」を学びます。
親は一生懸命、子供に「許されること」と「許されないこと」を教える時期です。
また、子供が悪いことをした時に「親から叱られるのが怖い」「親の愛情を失うのが怖い」と事実を隠す行動に出るのもこの時期です。
親が知らなければ、バレなければこのまま愛されるが、バレたら嫌われる、と子供は勝手に想像するのです。
この時期に「嘘をつくこと」を試す子供が多いのです。
嘘をついて、悪いことがバレないで済むと、作戦が成功したと子供は覚えてしまい、次の同じ状況の時に、もう一度悪いことをしたり、嘘をついたりする誘惑にかられます。
嘘をついて、親に悪いことをしたことがバレて、嘘をついたこともバレたら、子供は最悪な気持ちになります。
そのとき親が取る態度によって、子供がこの最悪な体験から何を学ぶかが大きく変わります。
親があまり理由を説明せずにただ怒ると、子供は色々考えてしまいます。
この最悪な状況になったのはなぜ?
いけないことをやったから?
嘘がバレたから?
嘘をついたから?
人間は体験によって、学習して、次の選択に役立たせるのです。
よく説明しないと、子供が次に同じような状況になった時に、どう行動すればいいのか解らないのです。
何かいけないことをした時には、
素直に親に言うべきか?
隠すべきか?
隠すのは嘘になるのか?
言った方が有利なのか言わない方が有利なのか?
と迷ってしまい判断がつきません。
場合によっては、もう一度嘘を言ってしまいます。それがうまくいくと、次から、次に嘘を言って、親にバレないように、ビクビクしながら生活することになります。さらに、嘘をついている自分が嫌になり、自暴自棄になりかねません。
あるいは、「うまく行った!」とモラルを軽視する人になってしまいます。
小さな嘘に親がどう対応するかが、子供の人生に大きく影響します。
いけないことをした時には「なぜ悪いのか」をまず子供に教えます。
そして、子供がいけないことをして、嘘をついた時に、まず大事なのは「嘘をつく必要はないよ」と教えることです。
「悪いことをやったら、ママとパパは君と一緒に解決方法を探してあげる。決して、君に対する愛情は変わらないよ」と語りかけましょう。幼い子供にとって親な絶対的な支えです。親は揺るぎのない愛情を持っていることを教えましょう。それによって、子供は自分を親の前ではいいところも悪いところも隠す必要がないとわかるようになります。
嘘のない親子のコミュニケーションがあって、無駄な駆け引きなしに信頼できる親子の関係であれば、話はスムーズに進みます。
「いい」「悪い」も教えやすくなります。
私は絵本シリーズの最初の本をこのテーマにしました。
「ママはあなたを愛している、嘘をつかなくっていいのよ」と語りかけるために、3兄弟の末っ子が余計にクッキーを食べてしまった物語を考えました。
お母さんが嘘をついた息子の行動に悲しみ、理由を説明して、わかり合うというストーリーです。
親子が一緒にこのほのぼのした物語を読んでくれれば、難しい理屈が簡単に子供の心に入り込んでくれると思います。
2冊目の絵本『ともだちをたすけるのは、いちばんしあわせなこと!』のテーマは「人助け」です。
幸せになる条件は人によって違います。
「金持ちになったら」「きれいになったら」「子供がいたら」「有名になったら」「長生きをしたら」と様々です。
みんなに当てはまる確実な条件は見つかりそうにありません。
でも、一つだけ、誰もが確実に幸せを感じられることがあります。
それは人のために何かをして、その人が少しでも幸せになった時に、自分も幸せな気分になることです。
人生を振り返って見ると、この人のための行動が多かった人は、少ない人より、幸せを感じた時間は長いはずです。
この仕組みを小さい時から子供に教えておくと、子供は人を助けた時の嬉しさを覚え、「奉仕」の精神が育ちます。
「人間はもともとわがままな生物。自分に有利な事しかしない」とよく言われます。
これについては心理学者の間でも異論を唱える人があまりいません。
でも何が「有利」なのかについては、議論があります。
「生き延びる」のが有利という人もいます。
「気持ちのいいことをする」のが有利という人もいます。
もし、「気持ちがいいこと」が人にとって有利な状況であれば、
人を助けて、その結果が良かった時に、自分が得られる幸せ感はまさしく「気持ちのいいこと」です。
その「気持ちのいいこと」を子供たちの人生に増やしてあげたいのなら、人を助ける習慣を身につけさせてあげたいものです。
もちろん、場合によって、誰かを助けても感謝もされない、あるいは、余計なお世話と言われたり、偽善者と見られたりするかもしれません。そういうネガティブな結果になる可能性もあります。
でも、人生の総決算をする時に、人を攻撃する人に幸せの瞬間が多かったのか、人に優しかった人に幸せの瞬間が多かったのかを計算したら、きっと優しかった人の人生の方が幸せだったという結論になると思います。
私はこの幸せの方法を小さい時から子供に体験してほしい。子供には進んで周りの人に優しくしてほしいと思って、2冊目の絵本のテーマを「人助け」にしました。
「ともだちを助けるのは、一番しあわせなこと」と語りかけるために、男の子が雨の日に、転校してきた女の子に傘を貸して、ママにほめられた話を作りました。次の日に自分の友達を彼女に紹介して、彼女がとても喜んで、男の子も嬉しかったという可愛い物語です。
女の子も男の子も友達全員が嬉しくなったのは、男の子の最初の行動、「自分の傘を、家が遠い女の子に貸すこと」から始まったのです。
男の子の行動が無口の彼女をしゃべらせ、彼女はクラスの一員として受け入れてもらえたのでした。
小さな奉仕が女の子に大きな変化をもたらしたのです。
この物語を親子で一緒に読めば、学校に行くようになった子供が誰かを助けるようになるかもしれません。
3冊目の絵本『みんなちがうから、すばらしい』のテーマは「違いを認める、共に生きる」です。
インターネットの誕生で、国と国の間の距離が縮み、今では世界中の人々が身近な存在になっています。
でも、自分と違う人を受け入れる事は簡単ではないのです。
同じ文化圏に長い間住み続けると、そこの価値観が基本となり、他の人の考え方、見かけ、習慣などを認めるのには学習が必要になります。
子供がどこの文化圏の人とも差別なしで付き合えるようになるためには、多様性の受け入れは、楽しいこと、豊かなこと、恵みである、ということを小さい時から教える必要があります。
馴染みのある物だけの世の中よりは、違うものがある世の中の方が素晴らしいと子供に体験させることによって、子供は心の広い、謙虚な大人になっていけるのです。
自分と違う人の良さを見つけられる目線は生まれながら持っているものではないと思います。
心の扉を開かないと、見えてこない場合が多いのです。
閉ざした心で生きるより、新しいものを受け入れられる精神を持っていることが、これからの時代に生き残るためには絶対条件です。
ボーダーレスの時代が現実になりつつあります。
日本の会社と言いながら、多くの製品は外国で作り、外国で販売しています。
複数の国籍を認める国も増えています。
世界各国の大学の授業を自分の国で受けられるオンラインのプログラムも多くあります。
1つ会社の中でも、同じプロジェクトを取り組むスタッフが世界中にいて、インターネット通して共同作業をしています。
変化、違いを喜んで認め、受け入れ、楽しめる人がこれからの時代に一番求められるようになると思います。
だからこそ、小さい時から、「違いは恵み」と子供の感覚の中に植え付けたいのです。
この3冊目の絵本の物語は、男の子が近所に引っ越してきた外国人の子供と友達になりたくない、とお母さんに相談するところから始まります。
お母さんは男の子を公園に連れて行き、いろんな花を見せました。
いろんな花があるからこそ、公園はきれい! それに気づいて、男の子は勇気を出して外国から来た近所の子供に声をかけて、友達になるストーリーです。
この本は子供に違いを認める楽しさを教えるツールになります。
哲学的にも難しい問題が、物語の中の男の子の心変わりで身近になると思います。
親子でこの絵本を読むと、未来に生きる子供たちに必要な心構えを教えることができると思います。
4冊目の絵本『すべてたいせつ、ちきゅうをまもろう』のテーマは「自然を大切にする」です。
物を無駄にしないことの大切さを、小さい時から子供たちに教えたいです。
地球温暖化、汚染の問題、ゴミ問題、人口問題、生き物の絶滅問題。自然が人の手によって壊されている事実を最近はみんなが認識するようになりました。
今のままの人間が消費を続けていったら、地球は再生できないまま、いつか人間が住むことのできない惑星になってしまいます。
いつの間にか私たちは毎日生活するだけで地球に害を与えてしまう存在になってしまったのです。
電気、水道、ガス、通勤、食べ残し、包装、買い物。特別に贅沢していなくても、すでに過剰消費になってしまっているのです。
つまり、普通に生活して何も行動しないままでは、加害者になってしまうのです。
行動をすることがいかに大事なのかを子供に理解させたい。
子供側から行動を起こす意欲を高めたいと思いました。
未来の地球は子供たちのものです。今から何かしないと、険しい未来を子供達に残してしまう可能性が大きいのです。
4冊目の絵本は、お母さんが捨てようとするものを三人兄弟がもらって、おもちゃにする物語です。
それによって、お母さんが反省するストーリーです。子供たちが自ら行動して、大人を動かす設定にしました。
親子でこの絵本を読むと、子供たちは教える側の気持ちになります。本を読んだ後に、本の中の兄弟をまねして、子供が積極的に環境を守る行動に出てくれることを期待しています。
また、環境問題が家族の会話の中に出てくるようにしたいというのも、この本のもう一つの狙いです。
この絵本は昨年香港の書店で発売されました。
好評につき、日本語に翻訳されて、潮出版社から3月に1、2冊目が発売されました。5月に3、4冊目が発売になります。
文書と絵、両方自分で描いたのは初めてです。
ぜひ、親子で読んでいただきたいと思います。
この絵本シリーズが親と子供の心のいやしと糧になれば幸いです。