米アイダホ州の州都ボイシに住むディロン・ヘルビッグ(8)は、2021年のクリスマス休みに本を書いた。そして、みんなに読んでもらいたいと思った。
長い時間をかけ(正確には4日間)、まっさらな日記帳を81ページも埋めた。イラストもたくさん付けた。
その内容は――おうちのクリスマスツリーのてっぺんにある星飾りが爆発し、タイムトンネルができた。中に入って、昔の世界へ――という冒険物語だ。
でも、出版契約があるわけではなかった(なんといっても、小学2年生なので)。そこで、ある妙案を思いついた。
祖母が12月末に、ボイシにあるエイダ地区図書館のレイクヘイゼル分館に連れていってくれた。そのとき、フィクションものの書棚に、たった一冊しかないこの自作をこっそりと置いたのだった。
「図書館の人の脇をそっと通り抜けなければいけなかったんだよ」とディロンはいたずらっぽく笑う(図書館のことを「ライブラリー」ではなく、「リ・ベリー」と発音しながら)。
年が明けた翌月にかけていくつかのことが重なり、この手作り絵本は図書館で最も人気がある本の一つとなった。そればかりか、ボイシの子供たちの執筆意欲をかき立てるお手本にもなった。
本の題名は「ディロン・ヘルビッグのクリスミスの冒険(原題:The Adventures of Dillon Helbig's Crismis)」。筆者は「ディロン本人(Dillon His Self)」(訳注=以下、スペルなどの間違いはそのままになっている)。
貸し出しの順番待ちは、22年1月末で計56人にもなった、と分館長のアレックス・ハートマンはいう。みんなが4週間の最大貸出期間を利用すると、最後の人に回ってくるのは4年以上もあとになる計算だ。
どうしてそうなったのか。さあ、再現してみよう。
ディロンは分館に行った翌日の晩になって、自分の絵本をこっそり置いてきたことを両親に打ち明けた、と母スーザン・ヘルビッグは話す。忘れ物として保管されているのではないか。そう思った親が分館に電話を入れると、様子はまるで違っていた。
分館では、すでに評判の本になっていた。だから、ディロンの妙案にだまされたふりをすることにしていたのだった。
「うちの棚に置くだけの価値があると思った」と分館長のハートマンは語る。「なんといっても、ストーリーが素晴らしい」
分館は、蔵書として登録することにした。ただし、出版者の欄は空白にしておいた。書棚も、フィクションものからグラフィック本のコーナーに移した。1ページをまるまる使った挿絵がたくさんあったからだ。
スペルや文法の誤りが「いくつもあるにしても」と蔵書にしたハートマンは、片目をつぶってみせる。
例えば、第1章。「Chaptr 1」とつづられ、「ONe Day in wintr it wus Crismis!(ある冬の日にクリスミスがやってきた!)」と続く。
この物語の主人公兼筆者のディロンは、タイムスリップしながら話を展開させていく。
「サンタがやってくる」と次の場面に移る。そのあとに、5本の木との出合い。うち1本は、「木の門のようだった」と描く。
この門をくぐると、1621年の感謝祭になった(訳注=米国で初めての感謝祭の祝いだったとされている)。その年は間違えることのないよう、母親に確認していた。
「ともかく、この子の想像力は信じられないぐらいすごい」とスーザンも舌を巻く。
母親によると、ディロンが漫画風の本を書き始めたのは、5歳のときだった。でも、今回の冒険物語が、最も本格的な本だった。
その功績に対して、分館として初の最優秀若手作家賞「ウーディニ賞(Whoodini Award)」が授けられた。(訳注=分館のマスコットのフクロウにちなんだ賞の名称で)ディロンのために創設されたものだった。
「まさに、旋風が吹いたようだった」と母親は振り返る。
この話は、地元紙アイダホ・プレスと地元放送局KTVBが22年1月に報じた。すると、「自分も本を書いてみたい」と級友たちはディロンに話しかけるようになった。「『かっこいい! 君のようになりたいなあ』って、みんないってくれたんだ」
子供たちは、図書館のために本を書きたいという希望をハートマンにも伝えた。地元作家の一人が協力してくれることになり、ディロンと一緒に分館で本の書き方教室を開く話が持ち上がっている。
さらに、もっと大きな話が、この売れっ子の「若手作家」に舞い込んできそうだ。ハートマンによると、本を正式に刊行する打診が複数の出版社から来ている。いずれにしても、分館では本を複写する計画を進めている。
「ディロンに触発されて、ほかの子たちが自前の物語を創作するようになってくれれば」とハートマンら分館関係者の期待は膨らむ。
◇◇◇
これほど注目されて、「息子も作家になる覚悟を決めたようだ」と母親は明かす。
でも、本人は、別の将来設計も抱いている。
「40歳になったら、本を書くのはやめる」とディロンは明言する。
で、どうするの?
「ゲーム作りをしたい」
そんな中年男になるのは、まだ先のこと。
ディロンは今、すでに次の物語の構想を練っている。
「今度の本は『上着を食べちゃうクローゼット(The Jacket-Eating Closet)』っていうんだ。本当にあった話をもとにしてるんだよ」(抄訳)
(Alyssa Lukpat)©2022 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから