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子ども政策は少子化対策? 一人ひとりの思いはどこへ 男性育休先進国と比べてみると

World Now 更新日: 公開日:
ラーシュ・ダーレベリさんは、ワーク・ライフバランス社のコンサルタント大畑愼護さんが勤務後に子どもたちと夕食を作る様子を取材していた=藤崎麻里撮影

来日したのは、ヨハン・ベーブマンさんと、友人の写真家ラーシュ・ダーレベリさんだ。ベーブマンさんは男性の育児の様子をおさめた写真展「スウェーデンのパパたち」が、各国で話題を集める写真家だ。写真展の人気がひときわ高いのが、日本なのだという。

ベーブマンさん(右)は、ワーク・ライフバランス社のコンサルタント大畑愼護さんが在宅勤務後、長女とともに、保育園に次男を迎えにいく様子を撮影した=藤崎麻里撮影

ベーブマンさんらは、都内に住む、共働き世帯の5人家族を取材。在宅勤務を終えた父親が保育園に子どもを迎えに行き、子どもたちといっしょに夕食をつくり、家族で食事をし、寝かしつけするまでの様子を撮影した。子どもたちを寝かしつけた後、食卓で、ベーブマンさんは父親にむけてビデオカメラを回した。

「もともと子育てに関心があったんですか」(ベーブマンさん)

「いえ、子育てに関心があったほうでは全然ないんです。でも、実際に子どもが生まれてみて自分も世話して幸せを感じるようになったんです」

その父親の言葉に、ベーブマンさんが深くうなずいた。

ラーシュ・ダーレベリさんは、ワーク・ライフバランス社のコンサルタント大畑愼護さんが、次男の歯を仕上げ磨きをする様子を撮影していた=藤崎麻里撮影

来日中は、男女のワーク・ライフ・バランスの専門家へのヒアリングなども重ねた。6日間の滞在の最終夜、取材の感想を尋ねた。

「日本の男性の育休取得の難しさは、働く環境にあると思った。スウェーデンでもまだ浸透し切れているとはいえないと思うし、男性が稼ぎ手というのは長い歴史があることで、男女の賃金格差もあって変えていくには時間がかかる。女性自身も変わる必要がある。ただ、重要なのはみんながああなりたいって思うロールモデルをつくることだ」

ベーブマンさんは、ワーク・ライフバランス社のコンサルタント大畑愼護さん一家そろっての夕食の風景を撮影した=藤崎麻里撮影

ベーブマンさんが訪日中に登壇したスウェーデン大使館のイベントで、同じ北欧・デンマークの企業のレゴジャパンの代表取締役社長マイケル・エベスンさんは、こうも言及した。

「日本では少子化対策の議論で出てくるが、私たちは男性育休をそのためにやっているわけではない。子どもの最初の数年は大事で、家族と触れ合うことが重要だからです」

北欧諸国では、長く男性育休取得の促進を目指してきた。ただ、それは1970年ごろからのジェンダー平等と連動する。またこうした考えの起点には、子どもが育まれ、そして親がケアするといった個人の権利の保障にあるという。

多様な「個人の思い」、日本でも

「#もっと一緒にいたかった」。男性の育休をめぐって、日本でこんなハッシュタグがSNS上に広がったのは2019年末のことだ。男性育休の取得をうながすキャンペーンの一環で、男性経営者らが育児をしなかった後悔を語る動画が100万回以上再生された。

企画した当時のForbes JAPANコミュニティプロデューサー、井土亜梨沙さん(33)は「赤ちゃん自身がもっとパパといたかった、という思いも込めた」と話す。私たちの社会は、こうした赤ちゃんも含めた個々人の思いに寄り添えているか、という問いかけだ。

「個人の思い」は、従来の子育てのあり方の枠にとどまらない。

その井土さんが最近、ウェブメディアの記事でこんな発信をした。

井土亜梨沙さん=平岩享氏撮影、本人提供

「恋愛は苦手。恋愛して、子どもを生むというプロセスはイメージできない。でも、仲がいい友達と子育てする、というのはしっくりくる」

そして長年のゲイの友人に一緒に子育てをすることを持ち掛けた、という実話だ。友人は真剣に考えた末、今回は提案にはのらなかった。でも、固定観念にしばられずに生きていい、自分で選べることだ、と気づいたという話だ。

発信したところ、支持するというダイレクトメッセージをたくさん受け取った。「それぞれ思いを抱えていても、オープンには話しづらいんだな、と思った」。

結婚しておらず、子どもがいない都内で働く40代の女性は「子どもを育てられる時間的、経済的な余裕もある。海外のようにシングルで特別養子縁組ができればいいのに」と思う。いまの日本では、配偶者がいないとできないからだ。

東京都内のシェアハウスCiftで繰り広げられる月1回のファミリーディナー。シェアハウスに住んだり、関わったりする子どもも、大人も一同に集って、食事を楽しむ=藤崎麻里撮影

日本でもすでに、血縁による親子を超えて、特別養子縁組、ステップファミリーなどさまざまな家族の形や、シェアハウスなど、子育てに加わる多様なあり方が生まれている。孫の出生にあわせて、働いている祖父母が孫の育児のために休みをとれる「孫休暇」を導入する自治体や企業も出てきている。

「標準家族」の議論を超えて

どう子育てに関わるか、家族としてどうありたいか。「結婚」や「出産」を経なくても、子どもを育てたいという声もある。一方で、子どもを持たないという選択も含めて、すでに多様な個々人の思いが社会にはある。

ただ、そんな思いが広くいきわたり、オープンに話せる環境になっているか、支える制度や仕組みが十分かというと、そうとは言いがたい。

この春、霞が関に「こどもまんなか」を掲げたこども家庭庁が発足した。岸田政権は、「子ども予算倍増」に向けて政策を打ち出した。子どもたちを、広く社会で支えていこうとする方向性は賛成できる。子どもを社会の宝と位置付けてみんなで育てる。そのために子育て支援策が重要なのは言うまでもない。

ただ、私が今春まで永田町と霞が関での政策論議を取材していたとき、その多くが「標準家族」を想定しているのが気になった。語られている「子育て」や「家族」の枠組みは、時代の変化に対応し、さまざまな個々人の思いを反映しているといえるだろうか、と。

早稲田大の松木洋人教授(家族社会学)=本人提供

早稲田大の松木洋人教授(家族社会学)は「日本では子育てでも、旧来型の家族を前提とした議論が中心になりがちだが、それが重く感じられ、家族や結婚から逃避したい人たちをも生んでいる。もっと開かれた議論が必要だ」と話す。

日本にも、時代とともに家族の形や子育ての担い手が変わってきた歴史がある。今、あらためて、社会のなかにある個々の人びとの思いを丁寧にくみとるために、開かれた議論をしていくことが必要ではないか。