■その立場にならないと、知らないまま
――共著の『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』では、男性が育休を取らない大きな理由は、制度に対する誤解が多いという話が書かれていますね。
そうですね。でもある意味で仕方がないと思ってます。というのも、私も3人の子ども(女の子)がいますが、実は夫は一度も育休を取っていません。男性も育休が取れることは知っていましたが、一人目の13年前の当時は1%程度の取得率。5年前でも3%程度ですから、ある意味「仕方がない」と思っていました。
それに、制度が存在したとしても、人は自分が当事者にならないと調べたりしません。かくいう私もそうですが、最初に妊娠したときに保育園と幼稚園の違いもよく分かってなかったんです。子どもが生まれて待機児童になって「あれ?保育園足りないの?少子化って言ってなかったっけ?」となりました。実際その立場にならないと考えもしないものです。
なので、男性育休についても、誤解というか、そもそも知らないからそういうものだと思い込んでいる。育休や、保育園の話は、学校も誰も教えてくれないじゃないですか。
■「男性育休」そもそも何のため?
――「男性の育休義務化」を提案してきました。そもそも何の為に男性に育休を取らせないといけないんでしょう?
最終的には、ダイバーシティエクイティや、ジェンダー平等(男女平等)のためだと思っています。
なぜなら、日本に横たわる社会問題の多くはジェンダーの不均衡が原因になってると思うんです。
そしてジェンダーの不均衡をつくってるのは、まさに「女性は家事育児をすべきだ」「女性は出産したら家庭優先」という価値観によるものです。
ジェンダー平等という精神、考えをみんなで共有するためには、何がきっかけになるかといえば、男性の育休ではないかと思うんです。
教育の現場では、ジェンダー平等っていう価値観はある程度浸透していると思うんです。私自身、女子校に通い、大学は理工学部で、社会のジェンダー平等を疑っていませんでした。
それなりにセクハラ的なことはありましたが、成績に関しては男女平等で教授にも「女の子はみんな優秀だね!」って言われてたのに、いざ就職となると「あれ?おかしいな?」と。男子学生といきなり差がついてしまう。
それでもそのとき「実力がないからだ」「自分の責任だ」と思っていました。
ところが出産をして戻ってきたら、マタハラを受けて給料は3分の1になり、やりがいのある創造的な仕事から外され、つまらない作業ばかりの仕事へ。完全にマミートラック(出産・育児のために重要な仕事を任されず、出世コースからはずれること)に入りました。
私は何のために子どもを、しかも女の子を育てているんだろう。睡眠時間を削って体力的にも精神的にも疲弊して、家庭を持つ意味も働く目的も分からないと感じ始めて。それまで抱いていた小さな違和感が大きな違和感になり、「この理不尽は私が女だからだ」という確信に変わりました。
その後退職し、別の会社に移りましたが、ここでも3人目を妊娠してクビになりました。ちょうどその頃、認知症の母親の介護も始まったんですが、とてもしんどかった。でも、母親も3人の兄たちも「娘がやるのが当たり前」と思っているし、私自身もそう思っていた部分がありました。しかし、このしんどさのすべてが結局「私が女だから」に帰着したんです。
■男性育休は、社会を変える「てこ」だ
――出産・育児のところに矛盾が凝縮して現れるということですね。
出産・育児をきっかけに、古い価値観が再生産されていると思います。
女性が出産を機に仕事から後退している間に、男性は家庭内においては経済的優位となり、社会では発言力が高まります。特に家庭内での経済的優位性=権力となり、それらが再生産されていくため、男性の価値観も変わらないし、その息子たちの価値観も変わらない。
そして同時に、女性側も子育ての先輩(親)からの「女は家庭に居るのが一番」「働くなんて子どもが可哀そう」「パパは一家の大黒柱ね」といった性別役割の洗礼を受け、復職した会社では「早く帰らないと子どもが可哀想」「旦那さんの稼ぎが悪いの?」などといった女は家庭、男は仕事といった価値観の再生産がされていると感じます。
一方で、国家の経済力をあげていく施策として「女性の社会進出=女性活躍推進」を国も推しています。でも男も女も家庭から外へ出て行ったら、家に誰もいなくなって子どもは誰がみるの?と。だからこそ夫婦が交代でみれる態勢づくりが必要で、男性の家庭進出が不可欠となり、そのきっかけが「男性の育休」ということなんです。
夫に家事育児をワンオペでできるスキルがあれば、妻は職場の繁忙期の対応、出張などに取り組むことができ、マミートラックに入らずに済みます。攻守を交代することで、経済的負担が片側に偏ることも少なくなるのです。
上記は週単位の話ですが、もっと極端に言えば夫婦の攻守の期間を月や年単位行うのが普通になれば、労働市場も正社員が固定化されず、正社員=特権階級にならなくなります。
出産して一度辞めても正社員として戻れる。男性にも正社員⇒主夫⇒正社員という経路があれば、辛い仕事に滅私奉公しなくても済むのです。
クビになるかも、と思うから育休取りたいと言えないし、早く帰りたいともいえない。
「男性の育休」の普及は、いろんな問題を解決するためのレバレッジポイントだと思うんです。
――ジェンダー平等が目標、となると、女性は「男性育休」の意義を理解できそうですが、男性たちに理解させるのは難しくありませんか?
年代によって差があると感じています。私はいま46歳ですが、このあたりの年代が境目になっている気がします。
私から上の世代は、はなかなか古い価値観をぬぐい去れなくて、40~50歳の人たちはモヤモヤしている。だけど30代以下は全然違って、抵抗はないような気がしています。
その理由は、周りにいる総合職の女性の多さが違うからだと思います。特に大企業に勤務している男性は、「すごい」と思える優秀な女性の同僚がいたり、そういう相手と結婚したり。
だから、この世代になると「この労働価値を結婚や出産で損失するのは大きい」という認識があると思います。
新しい価値観を持った男性たちが管理職になっていくことで新しい世界が広がっていくし、そういう価値観を持った企業の台頭も期待しています。
男性自身の人生を考えたときにも、男性が育休を取って家事や育児のスキルをあげるメリットは大きいですよね。
パートナーを失った独り身の男性は、女性に比べて寿命が短いと言われています。それは要するに男性は自分のQOLを保つ訓練をしてこなかったということなんです。育休のタイミングで男性が「生活」の修行をしておくのは、子どもとの関係はもちろん、自分の人生を考える上でも大事なこと思います。
――2022年には男性の育休制度が変わります。「取りにくい」という雰囲気も変わるでしょうか。
国は「女性活躍」を掲げて女性側にアプローチを重ねてきましたが、その成果を高めるには、男性側へのアプローチが不可欠だということが分かってきました。つまり、いま本当に必要なのは男性政策なんです。
先ほど言ったように、世代交代もありますし、制度改正で取得率も上がってくることが期待できます。
でも変化が広がるのを手ぐすね引いて待っていては、時間がかかりすぎます。なので、スピードアップのためにモヤモヤしている私たちの年代が伝えていく必要があると思います。
■自分だけの問題ではなく、社会の問題として考える
喉元過ぎれば熱さを忘れるのは人間のさがですよね。
待機児童問題を例にとっても、自分の子が保育園に入れなくて苦労しても、入れたらこの問題を忘れてしまいます。
声を上げず「個人の最適解」に終始してしまうと、それは「ないもの」とされ、社会的な負の構造や制度の再生産に加担してしまうことがあります。
だから「僕の家庭は育休を取らなくても何とかなった」「私の時代に育休とる男性なんていなかった」「男が育休取るなんておかしい」と言ってしまう人に気がついて欲しいのです。
あなたの時代には出来なかったし、必要がなかったね。でも今は必要なんだよ。と。
――男性の育児参加が盛んな国では、少子化対策などで成果が出ているところもありますね。
ジェンダー平等というのは、一つの山の頂上だと思います。
その頂上に至るまでにいろんなルートがあります。
例えば「女性活躍」と言って、政府もいろんな施策をしてきました。でも女性を経済上の労働力としても、家庭内労働力としても期待が多すぎて、結局仕事も家庭も女性に負担が大きすぎ多くの女性が「やってられない」となっています。他にも「働き方改革」「ダイバーシティ」など様々なルートがあるのですが、この「男性の家庭進出=男性の育休」というのは、とても良いルートなんじゃないかと思っています。主語を「男性」にすることで、経済界のマジョリティである男性が、自分たちのことなんだと気がつくからです。
そうやって、「男性の育休」が普及して、ジェンダー平等の頂きに登ったら、さらにその先にいろんな峰が見えてくると思います。
少子化の克服だったり、イノベーションの創出であったり、国民の幸福度であったり我が国で低いものばかりが見えてきます。フランスやデンマーク、ニュージーランドなどのジェンダー先進国は、それを見越してジェンダー平等の頂を上っているのです。
――新制度には期待できそうですか。
制度を形骸化させないためには、男女ともに家庭・育児教育も必要だと考えています。特に男性は親になるための知識を学ぶ場が少ないですから。
最近は兄弟も少なく、いとこなど親戚づきあいも希薄なため、赤ちゃんを見たり触ったりする機会がほとんどありません。子どもにも人権があるということや性教育を含めた、学校での家庭科教育が大事だと思います。
既に社会人となった人に対しては、企業の取り組みが鍵となるでしょう。行政が実施するものもありますが、自発的に行政の教室に参加する積極層以外にリーチする必要があります。例えば、地域住民と自社の社員を交えた両親学級を行う企業に助成金出すなど、そのようなことが行われると、より一層、男性の家庭進出に期待ができると考えられます。
天野妙さんプロフィール
合同会社Respect each other 代表。日本大学理工学部建築学科卒。建設・不動産会社の総合職として勤務。出産を機に一般職に。第3子出産後に起業。
ダイバーシティ/女性活躍を推進する企業の組織コンサルティングを行う傍ら、国会で参考人・公述人として意見陳述を行うなど、待機児童問題をはじめとした子育て政策に関する提言を行う。市民団体「みらい子育て全国ネットワーク」の代表も務める。