じゅうたんの敷かれた床の上に座って、先生と男の子が「すごろく」をしている。それぞれのマスには、電話機、スプーン、かさ、眼鏡などなど、いろいろな絵が描いてある。サイコロを振って止まったマスの絵について、先生が質問する。
先生 “When would you use this? (これはいつ使いますか?)
男の子 “I would use a telephone when I need call someone” (電話をかけなければならないときに使います)
先生 “How would you use this?” (これはどう使いますか?)
男の子 “I would use a hammer to fix the nail.”(金づちは釘を打つときに使います)
次は先生が絵のカードを見せて尋ねる。
先生 ”What would you save money for ?” (何のためにお金を貯めますか)
男の子 “I would save money for games!” (ゲームを買うためです)
先生 “What did you have at dinner?” (夕食に何を食べましたか)
男の子 “I didn’t because I slept, I ate last night’s dinner for breakfast!” (寝てしまったので食べませんでした。だから、朝食で食べました)
1日30分間の個別レッスン
オーストラリア東部ブリスベンの中心部に近い、ブリスベン・セントラル州立小学校。アーロン君(10)=仮名=は今年初め、中国から両親とともにやってきて、豪州の新学年の1月末に5年生に編入した。冒頭のやりとりは、EALD(第2言語としての英語)を専門にするジェシカ・スウィーニー教諭との個別レッスンの様子だ。
アーロン君は、最初は全く英語が話せなかった。少し引っ込み思案で、ミスをすることも恐れていたという。でも、取材に訪れた10月下旬には、時折笑いも漏れるおだやかな雰囲気のなか、英語への苦手意識がほとんどなくなってきているように見えた。
同校には、幼稚園から6年生まで約350人が学ぶが、家では英語以外の言語を話す子は8~9割を占める。その中で、豪州で暮らす日が浅く、EALDの教員のサポートがいるのは50人ほど。インドや中国、ブラジルやコロンビアなどいろいろな国から来ている。ビジネス街にも近いことから、企業の駐在員や専門職など仕事で来た両親に連れてこられた子たちも少なくない。みな、学校に初めて来た日から、自分のクラスの教室で勉強しないといけなくなるが、毎日1日30分間、専門教員が別室でこんな英語の個別レッスンをする。レッスンは授業について行けるようになるまで、最長で1年間続けられる。
ほとんど英語に触れたことがない子どもたちは「来たばかりのころは、とても頼りなく不安に感じている。(個別レッスンは)気持ちの面のサポートをしてあげる意味もある。まず、会話から始めて楽な気分になってもらい、読み書きに進んでいきます」(スウィーニー教諭)
楽しみながら 体で覚える
1対1ではなく、少人数のグループ学習にすることもある。友人とやりとりして楽しみながら学ぶ効果もあるからだ。指導助手のマイリ・ラウルニさんと、幼稚園生と小学校1年生4人のレッスンをのぞいた。
“Washing Line” (洗濯竿)という題名の絵本で、衣服にかかわる身の回りの言葉を学んだ後、子どもたちは、座っていた丸テーブルから立ち上がるように促された。テーブルの前の床には白い線が引かれている。
ラウルニさんの言葉に従って子どもたちが動く
”Stand at the line” (線のところに立って)。子どもたちはつま先が線上に来るように立つ。
“On the line” 今度はラインを踏む、またぐように立つ。
“Behind the line “ “In front of the line” 線の後ろに下がったり、前に動いたりする
次は、ラウルニさんが違った指示を出す
“Show me curving “ (曲線を見せて)。子どもたちが体をくねらす。
“Show me straight “(まっすぐに)。 子どもたちはまっすぐに立つ。
“Show me back” (背中を見せて)。後ろを向く。
“Show me side” (横を見せて)。横を向く。
“Show me run” (走って見せて)。その場で走るポーズをする。
子どもたちは楽しそうに体を動かしている。指示の内容に迷うと、隣の友達の動きを横目にしながら動く子もいるけれど。
「最初はみんな混乱する。体を動かしながら、前置詞などを覚えていきます」(ラウルニさん)
「バディ」も手助け
英語の支援が必要な子たちには、自分の教室では「バディ」と呼ばれるサポート役の級友が付く。バディの隣の席で、見よう見まねでノートを写して学ぶことになるが、それでも、最初はほとんど授業の内容がわからず、悪戦苦闘する。そんな段階では、EALD教員がクラス担任と相談して、同じ教室にいながら、別の英語の教材に取り組んでもらう時間も設ける。インターネットに接続したタブレットで、ゲーム感覚で取り組める教材もある。
取材時に同校には、支援の必要な子の中に日本人も4人いた。アーロン君もそうだが、アジアの子どもたちは、欧州系の子どもたちに比べて、文字も言語の構造も全く違う英語に慣れるまで少し時間がかかるそうだ。また、やはり低学年より高学年の子どもたちの方が、時間がかかるという。それでも、「半年から1年後には、教室で学んでいける英語の力が身についてきます」(スウィーニー教諭)
5年生のアーロン君も、最初はかなり苦戦したが、「(4学期制の)3学期になって、教室で先生の言うことがわかるようになってきた。ここまで(時間がすぎるのが)早かった」と振り返った。まだ、「リスニングは苦手」というが、中国人以外の友達もでき、「学校は楽しい」とも話した。スウィーニー教諭も「3学期になって本当に大きく変わった。自信が見られるようになった」と見守る。
個別レッスンや、別教材での教室での学習の内容は、個人ファイルでそのつど記録し、英語力の上達度合いを随時、チェックしていく。英語が母語でない子どもたちが多ければ、公立小学校でも、こんなきめ細かい指導を受けられる。まさに移民社会の豪州ならではのサポートだなと感銘を受けた。