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分断の世界で対話のプラットフォームを
世界経済フォーラムの新しい日本代表

World Now 更新日: 公開日:
WEFの新しい日本代表、ビング・チョムプラソッブさん=東京都内で、2025年9月、宮地ゆう撮影
WEFの新しい日本代表、ビング・チョムプラソッブさん=東京都内で、2025年9月、宮地ゆう撮影

ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)の新しい日本代表としてビング・チョムプラソッブさんが着任した。分断が進む世界で、WEFが目指すものは何なのか、語ってもらった。

――WEFの新しい日本代表として今夏、着任されました。WEFのジュネーブ本部から日本代表が就任するのは初めてと聞きました。どのような意味合いがあるのでしょうか。

WEFは100カ国以上から集まった1200人が働く国際機関で、世界5カ所に事務所があります。スイス・ジュネーブの本部、そして、ニューヨーク、北京、サンフランシスコ、東京です。世界中から人が集まる機関なので、多様な国籍を反映するだけでなく、さまざまな思考やアイデアが持ち込まれることが大切です。日本とは政府や民間企業と長く関係を築いてきましたが、本部から代表を送ることで、WEFが日本とさらに深く、長期的に関わりを持ち続けることを示す意図があります。WEFとしてはこの不確定な時代に、成長が見込める地域に実際に人を配置しておきたいという思いもあります。

また、日本は世界のルールや規範を作るという意味でリーダーシップを発揮できる国だと感じています。2023年にG7・広島サミットで合意した「広島AIプロセス」は、その一例です。これはAI開発における原則を定めたもので、日本のリーダーシップによって作られたものでした。

――その日本は、高齢化、人口減少の国です。労働力の高齢化により、働き手不足も指摘されています。

確かに日本は高齢化が進んでいますが、これは日本だけの問題ではありません。他の先進国も同じような状況にあります。ヨーロッパ諸国、東アジアの国、たとえば韓国も似た状況になりつつあり、他国から学ぶことができるわけです。シンガポールも人口減少社会で、限られた労働力がテクノロジーや社会の変化についていけるよう、様々な施策を行っています。具体的には、政府が国民にクレジットを与え、国民はこれを使って公的・私的な研修を受けることができます。年齢によってもらえる額が違いますが、こうしたスキルをアップデートする機会を提供することで、生涯を通じて仕事のキャリアを築くことを目指しています。

なぜこうしたことが重要なのか。それは、私たちの調査でも明らかになったように、現在私たちが持っている知識やスキルの約4割は、2030年には時代遅れのものになってしまうからです。2030年といえば、もうあと5年しかありません。また、政府の支援がなくても、私たちが日々オンラインなどで学ぶ機会は多くあります。重要なのは、つねに学び続けるという意識を持つことです。

――世界情勢に目を向ければ、欧米中心のリベラルな民主主義国家が揺らぎ、ロシアや中国を中心にした各国の連携強化が生まれ、国際秩序は大きく変化しつつあります。価値観の隔たりの大きい国々によるブロック化が進むこの時代において、世界中の政府や企業が集まるWEFが果たすべき役割は何だと考えますか。

確かに、世界は多極化の方向へと向かっているように見えます。新たな同盟関係や、地域レベルでのパートナーシップが結ばれ、多国間でより大きな協力関係を持っていた世界から、地域ブロックや二国間同盟の世界への移行が起きています。WEFもこうした変化に対応する必要があります。分断された世界の中にあって、WEFの最も重要な仕事の一つは、橋渡しの役割を担い、一つのテーブルにみなに座ってもらい、中立的な対話のプラットフォームを提供することにあります。ルールや規範を作るのを手助けするパートナーが必要だからです。気候変動や、パンデミックなどのグローバルヘルスの課題など、国境を越えて起きる問題を解決することもそうです。

また、AIの分野もそのいい例です。AIをどう管理するのかを巡っては、いくつかの陣営があります。アメリカはIT企業が前線にいて、技術の発展の方向性を注視しつつ、規制についても助言をしています。他方、EUは規制に力点のあるアプローチをとっています。そして中国は政府が厳しく管理しています。こうした考え方の異なる国々が集まったとき、社会の多くの人が対象に含まれるルールや規範が作られるようにしなければなりません。だれも取り残さず、異なる多様な声が届くよう、中立的な立場のアクターがいることが重要なのです。

WEFの新しい日本代表のビング・チョムプラソッブさん=東京都内で、2025年9月、宮地ゆう撮影
WEFの新しい日本代表のビング・チョムプラソッブさん=東京都内で、2025年9月、宮地ゆう撮影

――一方で、反グローバリズムの波が高まり、国際機関に対する懐疑的な見方も広がっています。日本もその例外ではありません。WEFはこうした課題にどう対応していくつもりですか。

現在のグローバルなシステムから恩恵を受けていないと人が感じた時に、否定的な感情が生まれます。WEFは人に焦点を当て、人を中心に据えてきました。包括的な成長に重きを置き、持続可能性や社会の平等にも焦点を当ててきました。

2026年1月に開かれる年次総会(ダボス会議)では五つのテーマが設定されますが、「人への投資」がその一つに含まれています。たとえば仕事の問題。先ほどもお話ししたように、AIが経済を回す時代に、みなが新たなスキルを身につけたり、さらに磨くことができるようにする必要があります。また、新しい仕事の創出もテーマの一つです。地政学上の変化やITの進化で産業構造も変化していきます。そこに一人一人の個人がどう関わるか。人を中心に考える必要があります。

――人を中心にするといっても、これをさらに国レベルとグローバルなレベルで論じるのは困難ではないですか。

私はそこにつながりを見いだすことが出来ると考えています。一つ例を挙げましょう。WEFが毎年出している世界ジェンダーギャップ指数があります。私たちは、どうやって世界的なジェンダー格差を縮めるかを考えていますが、同時に、「経済」「教育」「健康」「政治」という四つの分野でそれぞれの国の中の状況を見ています。もちろん前提や状況はさまざまですが、たとえば日本は教育や健康分野では、ジェンダーギャップが少ない国です。医療へのアクセスも男女に差はほとんどありません。一方で、経済分野になると、格差が広がり、改善しなければならない状況です。

世界的にAIが経済を牽引する時代に、女性も新たなスキルを得て、職場の戦力になれるようにする必要がある。でも、そのためには、女性が男性と同じように成長産業で働く機会を得ることが重要です。それが出来れば、日本経済の全体的な成長にもつながります。このように、世界的な視座やフレームワークの視点を持ちながら、国ごとのレベルでも見て、それぞれの国で異なる状況や動きを理解することが重要だと感じます。