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世界に広まる「金継ぎ」 伝統踏まえ新たな命を吹き込む 漆芸の修復師・末崎広樹さん

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
金継ぎなど漆芸修復師として磨いた技巧を生かし、オリジナル作品も手がける=2025年7月、京都市内
金継ぎなど漆芸修復師として磨いた技巧を生かし、オリジナル作品も手がける=2025年7月、京都市内、楠本涼撮影

漆を使って割れた陶器などを修復する「金継ぎ」は、海を渡って広く知られるようになりました。漆芸修復師の末崎広樹さんはイタリア、スイス、フランスを巡り、講演や現地で美術工芸品の修復に携わる専門家に漆芸の技術を教える講師を務めるなど、活躍の舞台は世界に広がります。そんな末崎さんですが、ここに至るまでには紆余曲折がありました。

近年、「金継ぎ」はブームの域を超え、広く知られるようになった。割れたり、欠けたりした陶磁器などを漆で接着し、金粉などで装飾する。傷痕を隠さずに新たな命を器に吹き込む。ものを大切にする精神は、今風に言えば、「持続可能性」が尊ばれる時流と重なりあう。

そんな漆芸の修復師である末崎広樹さん(68)が京都で金継ぎの教室を開いて10年になる。東京にも進出し、毎月の受講者は200人を超す。

2018年、金継ぎに魅せられたイタリア人に教える姿を映したテレビ東京の番組が話題になり、2020年には英国の公共放送BBCでも紹介された。活躍の場はグローバルに広がっている。

末崎さんが強調するのが、日本の未来への危機感だ。「職人の世界は、瀕死(ひんし)状態。後継者はほとんどいない」。古希が迫る年齢になり、切迫感に満ちた焦燥が口をつく。「ものづくり大国ナンバーワンと称賛されてきた日本の技術は世界に誇れる。縄文時代の遺跡からも、漆で修復した装飾品が見つかる技巧の伝統を途絶えさせたくない」

末崎広樹さん=2025年7月、京都市内、楠本涼撮影
末崎広樹さん=2025年7月、京都市内、楠本涼撮影

大阪で生まれ育ち、絵を描くのが好きな少年だった。「スケッチのために、いろいろな国や都市を旅することに憧れました」。しかし、美術の道に進む夢を、父に反対された。「芸術で生きていける保証なんてない。これからはコンピューターの時代だ」。そう決めつける父に抵抗したものの、結局、府立高校の電気科に進学した。

ところが、入学して間もない5月に父が急死。敷かれたレールの上を歩む人生のむなしさを感じつつ、母を助け、家計の足しにするべく、高校に通いながら青果店でアルバイトに励んだ。

今、京都の工房で事業を手伝う妹の敏恵さん(61)は兄について、「昔から絵が上手で、家の壁のいたるところにマンガやデザインを描いていました。本当は芸大に進みたかったと思います」。

末崎さんは大学進学をあきらめ、「絵が好きなら、蒔絵(まきえ)の仕事がある」という知人のすすめで、蒔絵職人の元で働くことになった。

 

過去・現在・未来をつなぐ架け橋

蒔絵は漆で絵や文様を描き、乾かないうちに金や銀などの粉を蒔(ま)いて装飾する技法。デザインに興味があった少年には好奇心が湧く、漆との出あいだった。

しかし、まだ世は昭和。「でっち見習いのようで、下働きばかりでした」。蒔絵のセンスがあることが知れると、先輩の職人は自分の地位が脅かされると思ったのか、仕事を回してくれなくなった。仕方なく、金箔(きんぱく)の仕事など、ほかの技術を習得する時間に充てた。

漆の作業部屋への入室を許されたのは4年目だった。手取り足取りではなく、見て覚えろ、の世界。「いつか師匠を超えてやる、という反骨心が育まれ、感性、創造力が養われた」と振り返る。

28歳で漆芸修復師として独立してからは、日本各地の神社仏閣の修復現場での仕事が中心になった。例えば、金箔の貼り直しなら、何百年以上も前に塗り重ねられた漆をはがし、丸裸の材木にする。そこに改めて漆を塗り、金箔を貼っていく。日の当たる時間が違うため、東西南北で壁は傷み方が違う。湿度の高い地面近くと、風の当たる高い場所でも違う。自然の環境を把握し、作業を進める。

末崎さんは言う。「数世紀前の姿に戻すと共に、今後数百年もたせる役割を担う。過去・現在・未来をつなぐ架け橋だと自負してきました」

末崎広樹さんの金継ぎ作品=2025年7月、京都市内
末崎広樹さんの金継ぎ作品=2025年7月、京都市内、楠本涼撮影

現場にはあらゆる職人がいる。紙、漆喰(しっくい)、屋根瓦、木工品、畳……。長い歳月をかけ、専門技能を身につけてきた匠(たくみ)たちだ。

末崎は材料、道具へのリスペクトも深い。例えば、漆は国産にこだわる。1本の木から、コップ1杯分ほどしか取れない。10年かけて育てた漆の木に傷をつけ、樹液を取り終えると、その木は寿命を終える。「1本の木から取れる漆にしても、場所によってマグロでいう大トロもあれば、赤身もある。それを知り尽くすのが達人なんです」

世界の「kintsugi」に

しかし、どの分野でも後継者不足に悩んでいる状況を目の当たりにしてきた。「大量生産、大量消費の資本主義社会で、情報技術、生成AI(人工知能)も進歩する。世の中が便利になるのは素晴らしいが、日本の伝統が引き継がれないのは寂しい」と話す。

少子高齢化で縮んでいく国の、あらがえない現実だ。漆芸修復師である自分が、職人を取り巻く窮状を世に伝えたい。さらに伝統工法を継承する人を育てたい。その手段に思いついたのが、神社仏閣の修復と違い、身近にある器を使うので一般の人でも気軽に始めやすい金継ぎだった。

2014年、それまでの蓄えを元手に、京都の大徳寺脇に工房を作り、翌近年から金継ぎ教室を始めた。10代から現場でたたき上げた確かな技巧、そして化学塗料は一切使わず、天然の漆にこだわる哲学が評判を集め、テレビで取り上げられたことも追い風に生徒が集まるようになった。

東京教室の教え子である米国出身のデビッド・フェルタさん(59)は、3年前の春から通っている。末崎さんの教室で「一つの茶わんの修復に23カ月もかかることに最初は驚いた」。さらに、「先生は持ち主がなぜ直したいと思うほどその器を大切に思うのか、その経緯、歴史を聞いた上でデザインを決める。その哲学に感銘を受けた」。そうした理念を広めたいと思い、金継ぎの物語を絵本にして日本語と英語で自費出版した。

金継ぎの理解者は海外で増えている。 2021年の東京パラリンピックの閉会式では、国際パラリンピック委員会の会長、アンドリュー・パーソンズさんが閉会のあいさつで「誰もが持つ不完全さを受け入れ、隠すのではなく大事にしようという考え方です」と金継ぎを紹介。大会が掲げたコンセプト「多様性と調和」との親和性を訴えた。

昨年には世界的に権威のある「オックスフォード英語辞典」に「金継ぎ(kintsugi)」が掲載された。

末崎さんは昨年、英国のオックスフォードをはじめ、イタリア、スイス、フランスを巡り、講演や現地で美術工芸品の修復に携わる専門家に漆芸の技術を教える講師を務めた。

来年2月末にロンドンで開幕する現代工芸とデザインの国際見本市「コレクト」への出品準備を進めている。修復師という枠をはみ出し、一から作品を制作するアーティストとしての道も、模索し始めている。

金継ぎなど漆芸修復師として磨いた技巧を生かし、オリジナル作品も手がける=2025年7月、京都市内
金継ぎなど漆芸修復師として磨いた技巧を生かし、オリジナル作品も手がける=2025年7月、京都市内、楠本涼撮影

末崎さんがよく使うフレーズがある。

「形あるものは、いつか壊れる宿命にある」

「壊れること」は悪いことではない。人の心も同じで、生きていれば挫折を経験し、心が折れそうなときがある。それを教訓として刻み、明日をめざせばいい。突破口は必ず見つかる。そう考えている。「器も、漆も、そして人間も、すべては土にかえるからこそ、授かった時間を尊び、命ある限り、あきらめてはいけない。特に未来を担う子どもたちに、その思いを強く届けたい」

幾度か酒を酌み交わしながら話してくれた彼の半生は、決して順風満帆なときばかりではなかった。

「割れや欠けから生まれる美を楽しむ。人生だって同じですよ」