匠に対するメンターの役割とは?
川又俊明(以下、川又):今日は改めて、この「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」が4年目を迎えたいま、メンターがどんな役割を果たしてきたかを振り返りたいと思っています。僕ら3人はメンターとして、匠の工房をたずね打合せを繰り返し、プロダクトやそのあり方について匠にアドバイスを送りサポートしてきました。なので僕らは匠との距離はかなり近いと思っています。
生駒芳子(以下、生駒):ひとつ言えるのは、私たちはあくまでメンターであって、デザイナーではないということ。匠の皆さんはそれぞれ作りたいもの、目指したいもの、チャレンジしたいものを持っています。私たちはその道先案内人。プロダクトの“出口”を考えないまま進んだモノづくりは、えてして市場価値がつかないという結末に陥りがちです。が、このプロジェクトでは、革新的なクリエイティビティであることと同時に、当初からマーケットで活躍できるアイテムに仕上げていくことが求められていましたからね。私たちがアドバイスを送ることによって、実験で終わるのではなく、匠の作るプロダクトがよりマーケットでも評価され、通用するようにしなければいけませんでした。
下川一哉(以下、下川):そういった意味でもこのプロジェクトは、匠たちにとってこれまでに経験したことのないような挑戦のチャンスを生み出せましたよね。
川又:この3年は、優れたプロダクトを生み出すとともに人を育てていく過程でもあったと思っています。彼らの象徴となりうる商品を作るためのアイデアを匠たちに伝えることで、彼らの考え方や世界も広がっていったのを実感しました。
下川:具体的に私の場合は、まず匠と直接会ってコミュニケーションを図るんです。そして、アイデアを出し合って試作品を作ってもらうようにお願いをします。
川又:まずは彼らの工房を訪ねてミーティングをするんですよね。
下川:そうそう。そして数週間後には試作の図面や写真を送ってくれるのだけど、質問も一緒に届くんです。「ここで悩んでます」「いくつかの案で悩んでいるけれどどちらがいいでしょうか」とか。そこで我々メンターが方向性を確認して、精度をきちんと上げていく。
川又:途中経過を我々3人で共有してアドバイスし合う機会もありましたね。
伝統工芸の新たなプラットフォーム
生駒:匠たちは、つくるものも違えば、考え方ももちろんそれぞれ違うんですよね。だから、私たちメンターは、一人ひとりと向き合います。私としては、このプロジェクトを通して、日本の伝統工芸の未来を担う若い職人の方々のプラットフォームを作れたという実感があるんです。伝統工芸の世界では後継者不足が叫ばれていますが、今まで若い方がこの職人の世界に飛び込んだところで、横のつながりがほとんど存在していなかったんです。でも、このプロジェクトに参加した匠の皆さんは横のつながりを育めるようになった。これは、本当に大きな成果だと思います。
下川:確かに。組合型ではない、新たな組織ができつつある手応えがありますね。匠たちが1枚のお皿の上に載って繋がりあっているような……。匠たちの動きに我々メンターが巻き込まれていると感じるくらい、このプロジェクトはいま、求心力を持った場になりつつあります。同時に、匠たちにとっては外の世界も開かれました。プロジェクトが始まった当初から匠たちに伝えてきたのは、「商品開発をするときは自分だけで答えを出さない方がいい」ということ。「異なるジャンルの人たちと話をすると新しい発想と出合える」ということです。
川又:食器をつくる匠であれば、たとえばその食器を使うはずの料理人の話を聞くのがいいですよね。生駒さんもアクセサリーを手がける匠に、「異性に相談したほうがいいよ」とアドバイスをされていました。かつての伝統工芸は、プロダクトの価値を理解できる人だけに買ってもらえればいいというスタンスから抜け出せずにいたようにも思います。
生駒:もはや伝統工芸という括りすら無意味かも。次世代の作り手には、これからの生活、これからのライフスタイルに必要なものを作ろうとする意思と、ボーダーを超えていく勢いと感性が必要ですね。
川又:ボーダーレスなモノづくりですね。
生駒:一方で、いかに横の繋がりが生まれたとはいえ、匠たちがそれぞれの工房に帰れば孤独な作業が待っているんですよね。ただ、かつては孤独ばっかりだった彼らが、他の匠やわたしたちメンター、それ以外の人も含めて新しい繋がりを得たことで、勇気やエネルギー、より幅広い情報も手にすることができた。次世代を担う匠たちが自分たちの力やビジョンで動こうとしているその力強さは、すごく素敵で熱を感じます。
川又:僕は匠たちと年齢も近いので、一緒に上がっていけたらという意識が強いかもしれません。生駒さんのおっしゃる“次世代の作り手のプラットフォーム”には、匠だけでなく僕自身ものっかり、これからの日本のクラフトを共に創り上げていきたいと思っています。おふたりは匠から影響を受けたことはありますか?
下川:ぼくがいちばん感じたのは、若い創造者たちと接することの幸せ。伝統を引き継ぎながらも新しい挑戦をしようというエネルギーや、チャレンジして具現化されたものに触れる喜び。さらに言えば、その先に何があるかを考える機会を与えてもらっていることはとても貴重です。
生駒:匠だけでなく私たちにも、どんな発想を生み出せるかが問われてますよね。
下川:そうした使命感って、他のプロジェクトではなかなか得られないですよ。影響と言えば、このプロジェクトを通して、匠たちの活躍が社会に広がっているという実感もありますよね。優れた職人であっても地元ではまったく名前が知られていないという現実がありましたけど、少なからず変化を起こせていると思うんです。
生駒:私は、日本のモノづくりは世界一だと信じて疑ってないんです。この繊細さとディテールにこだわる美意識があるからこそ、その価値をちゃんと認めて、大切にして、持続的にサポートもしながら未来につないでいくのは、この時代に生きる私たちの責務ですよね。
11月の京都で、匠の技と出合う
川又:とうとう11月末にはプロジェクトの3年間の集大成ともいえる展示がありますね。京都新聞ビルの地下では150人におよぶ匠たちのプロダクトが並ぶ「JAPAN connection」が開催されますが、注目作をあげると?
生駒:いろいろありすぎますね(笑)。ひとつを選ぶのは大変難しいですが、私のなかで特に印象に残っているのは東京の伊藤実さん(2018年度「匠」に選出)の作品です。彼は歴史ある草履屋を背負って高級草履を作ってきた匠ですが、メンターの私と話す中で、「女性のシューズはセクシーであるべき」という私の言葉を新鮮に、また重く受け止めてくださり、女性の足元を彩るセクシーで洋装にあう草履を作りました。それは草履の概念になかった考え方です。そこから、長めの鼻緒、高めのヒールの、サンダル風草履が生まれました。彼のように今までにない挑戦をしてくれた匠もたくさんいるので、ぜひ彼の作品をふくめていろいろ見てほしいです。
下川:たしかにひとつを選ぶのは難しいですが、新潟の佐藤裕美さん(2018年度「匠」に選出)かな。仏壇店の6代目で蒔絵師の彼女に、既成概念にとらわれないものを作ってほしくて、何度も話し合いました。そして完成したモノは、宇宙や銀河をモチーフにして蒔絵で抽象的に表現したタンブラーです。彼女の地元の百貨店でもかなり評判がいいので嬉しいですね。
川又:ぼくは、高知の濵田洋直さん(2016年度「匠」に選出)の和紙のリングです。なぜかと言うと、2016年の匠に選出されたときの作品がさらに進化しているんですね。このプロジェクトの歩みと同様に3年かけて地道に作品を進化させて今回出展します。このプロジェクトが過去から今までつながっていることを体現しているように感じますね。
生駒:いままでこのプロジェクトをやってきて心に残ることは、たくさんあります。アドバイスやサポートをしてきた匠たちが花開くのは嬉しいですね。私は、この展示にいままで伝統工芸に関心のなかった層にも来てもらいたいです。それこそ、お子さん連れやカップルでも。誰でも楽しめる、「楽しい動物園だ」くらいに思って気軽に来てほしい(笑)。伝統工芸っていうと敷居が高く、限られた人しか受け付けないと思われがちだけど、きっとこの展示は“宝探し”なんですよ。「自分がひとつ買うならどれを選ぶかな?」なんていうプライベートな視点で見ていただくと、鑑賞する気持ちが途端に真剣になりますよ。
下川:外国から京都を訪れている観光客にも見て欲しいし、学生たちにも絶対に来て欲しい。京都には美術大学も多いんですよね。匠たちが用いる日本独特の素材を楽しみながら学んでもらえるだろうし、表現の技法を深掘りして見てもらえるといいな。150通りの“厚み”を直接目にできる機会は、すごく意味深いことだから。
川又: 47都道府県の優れた職人たちが一堂に会する機会ですからね。ガラスも陶器も木工も、ほんとうに幅広いジャンルが揃っています。来てくれた人の「生まれた」「暮らした」「旅行した」など所縁のある場所すべてにクラフトマンシップがあるということを知ってもらういい機会になりますよね。
生駒:日本の若い作り手たちが抱えている美意識、言ってみれば“宇宙”を目撃できるということ。150人もの職人それぞれの思いが表現された場所になるわけで、それはもう壮観ですよ。しかも、3日間しかチャンスはないのだから。
川又:これを匠や工芸にふれる入口にして楽しんでいただいて。また次の機会に、彼らはどんな新しいものを作っていくんだろうって期待も抱いて見てもらえたら嬉しいですね。
(撮影/有村蓮 文/年吉聡太)
●生駒 芳子(いこま・よしこ)
ファッション・ジャーナリスト。雑誌『VOGUE』『ELLE』の副編集長を経て、2004年より『マリ・クレール日本版』編集長に就任。2008年に独立した後、ファッションやアート、ライフスタイルを軸に、社会貢献や社会企業、女性の生き方まで幅広いフィールドで執筆・講演・プロデュース活動を続ける。2018年より伝統工芸×ファッションのブランド「HIRUME」を総合プロデュースし、国内外に発信している。
●下川 一哉(しもかわ・かずや)
デザインプロデューサー・ジャーナリスト。日経マグロウヒル(現・日経BP社)に入社後、2008年より『日経デザイン』編集長。2014年に独立し、意と匠研究所を設立。有田焼創業400年事業デザインディレクターをはじめ数々のデザインプロジェクトを率いるほか、デザインコンクール審査員も多数務めている。
●川又 俊明(かわまた・としあき)
クリエイティブプロデューサー。DESIGN ASSOCIATION NPOを経て、2015年シンクシンク設立。商品開発から展示、店舗開発やCI設計など手がける領域は多岐にわたり、数々のクリエイティブ・プロジェクトをプランニング、ディレクションしてきた経験をもつ。現在は福島県クリエイティブ伝統工芸創出事業などの地方創生プロジェクトに携わっている。
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