空間の濃密な空気を活かした展示を
今回は京都新聞ビル地下1階と平安神宮額殿で展示企画を手がけました。どちらも特徴ある会場ですが、現地を見て特に驚いたのは京都新聞ビル。長年稼働していた新聞印刷工場の跡地で、まさに工業遺産。機械の油やインクの匂い、働く人の心がいまだ息づいているようで、圧倒的に濃密な空気を感じました。また、高い天井が特徴的で、まるで大きく長いプラットフォームのよう。この高さと長さを生かし、展示作品の映える演出を心がけたつもりです。
一方の平安神宮額殿は、額殿そのものを出来るだけ活かすようにデザインしました。内装は朱色ですが、展示作品に使われる生の木地の色や質感とは意外にも相性が良い気がしています。それにここは“神様のお家”なので、普通の展示ではなく展示作品自体や演出も含めて、神様に捧げる気持ちになる。神様のオーラが発する独特の優しさや柔らかさを表現できる、ここならではの空間を生み出したいですね。
また、神社はいにしえより、杜(もり)と深く結びついてきました。そこに自然物を用いた造形物を並べる展示は、ある種の必然性や親和性があるのではないでしょうか。どちらの会場も“場”に強い力が宿っています。ですからあえて余計なことはせずに、その力を上手く引き出すように空間全体をコーディネートしたつもりです。
双方向で対等な関係が、面白いモノづくりに繋がる
僕は今回、プロジェクトに参加している匠である高知の組子細工職人・岩本大輔さんと、奈良の木工作家・平井健太さんをサポートし、コラボレーションしてきました。立候補した匠の中からふたりを選んだのは、彼らの作品を見たとき「木に命が宿っている」と感じたからです。木は生きていますから、ただ単に上手に扱うだけではなく、その命の輝きをいかに引き出すかという感覚や工夫が大事。その姿勢がふたりには共通してありました。
もともと組子の繊細さや強度に興味がありました。以前、海外の有名な会社と組子を使った建築でコラボレーションする話があったのですが、技術的に難しかった。そんな経緯もあり、組子の型を新しく作るだけでなく、それを曲面にするにはどうすべきかなど、いろんなことに挑戦し続ける岩本さんの意欲に共感していました。彼も試行錯誤の最中だと思いますが、“組子の曲面”という僕の長年の夢が叶いつつあるようで、とても楽しみにしています。
平井さんは、吉野杉を曲げ木に加工して家具をつくっていて、吉野杉の利用価値や表現方法を模索している匠です。吉野杉は歴史が古く、その育て方から切り方まですべてのシステムが文化的遺産と言っていい特別な木です。平井さんは美しい柾目を上手に曲げる技を身につけています。曲げ木は官能的で装飾的。多様な表情をもつ吉野杉の美しさを、より際立たせる造形をともに考えました。この手法は、僕の今後の建築にもいろいろ使えそうです。
僕の建築の作り方自体が、コラボレーションみたいなところがあります。自分のスタイルを押し付けるのではなく、職人さんと共同制作のようなかたちでずっとやってきました。
だから匠たちと組む時も双方向で対等、かつリアルなやりとりを心がけました。そうしなければ、面白いものは生まれません。例えば、メールで「これ、できますか?」と聞くと、「はい、できます」と返ってくる。でも対面で話をすると、「できます」と口では言っても難しい部分があることが雰囲気で伝わってきます。
今回は本当の意味でのコラボレーションができました。若い匠たちから新しい発見をいっぱいもらえたし、積極的に挑むことができました。お互いが自らの限界を超えることができたのではないでしょうか。
日本の伝統工芸が、さらに世界に広がる
「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」を全体としてとらえた時、伝統工芸に対してこれまでと違うアプローチをした功績が大きいと思います。単にその良さを伝えるだけではありません。日本の伝統工芸と現代の日本のデザイン力を掛け合わせることで、今までにない作品ができますし、無限に可能性が広がることを発信できたのではないでしょうか。
海外の多くの建築プロジェクトを見ていると、木を生かした日本の職人さんの芸術レベルは、世界一だと思います。日本の伝統文化としては、禅や数寄屋造り、侘び寂びだけでなく、これからはそんな職人さんの多様性を発信することがすごく重要で、このプロジェクトであらためて彼らに光が当たればいいですね。日本にはいろいろな地域があり、いろんなモノづくりををやっている人たちがいますから。
日本の伝統工芸に興味がある海外の方は多いのですが、少し物足りなさを感じていた方も今まではいたようにも見受けられます。その意味でも、今回の展覧会は、海外に向けて堂々とアピールできるものになるでしょう。日本の伝統工芸が、世界に負けないスーパーブランドのようなパワーを持ち得る一歩かもしれません。
かつて日本の民芸運動ではこのプロジェクトと同じように、無名の作家の才能にいち早く気づき発掘したものです。それによりさらに作家が成長する循環のシステムがあったのでしょう。ですから、匠は今後も“見る人”との交流で良い循環を生み出せば、どんどんステップアップできると思います。
京都は千年の都であり文化の中心地。京都で展覧会を開催する意義は大きい。ふたつの会場をとおして日本の独自性と多様性を表現し、“見る人”と“作る人”のある種の真剣勝負の機会が生まれると嬉しいですね。
未来の日本を代表する「匠」たちへ
匠たちへメッセージを残すとしたら、ありきたりかもしれませんが、努力を継続してほしい。作家は一瞬にして成熟しません。いろんな人に鍛えてもらいながら、積み重ねがあり初めて高いレベルに達していくものだと思います。ですから、最初から高い境地に達しようとせず、焦らずにコツコツと学習してほしいですね。
今の時代の空気を絶えず嗅ぎながら、仕事をすることも大事です。エコとか循環型社会とかね。自分の工房の中に閉じこもっているだけでは時代の流れが見えない。そして、臆せず海外へ飛び出していってほしい。日本とは全然違う価値観や批評を受け止め、次へ生かすことも大切です。そうした取り組み方が、世界で活躍するうえで絶対的な強みになる。そういう意味で、いろんな人に作品を見てもらうのは、かけがえのない機会になります。京都での今回の展覧会が、“見る人”と“作る人”の交流により、日本の匠の新しい原点を作る場になることを願っています。
(文/深瀬圭子)
●隈 研吾(くま・けんご)
1954年生まれ。東京大学建築学科大学院修了。1990年隈研吾建築都市設計事務所設立。現在、東京大学教授。1964年東京オリンピック時に見た丹下健三の代々木屋内競技場に衝撃を受け、幼少期より建築家を目指す。大学では、原広司、内田祥哉に師事し、大学院時代に、アフリカのサハラ砂漠を横断し、集落の調査を行い、集落の美と力にめざめる。コロンビア大学客員研究員を経て、1990年、隈研吾建築都市設計事務所を設立。これまで20か国を超す国々で建築を設計し、日本建築学会賞、フィンランドより国際木の建築賞、イタリアより国際石の建築賞ほか、国内外で様々な賞を受けている。その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、ヒューマンスケールのやさしく、やわらかなデザインを提案している。また、コンクリートや鉄に代わる新しい素材の探求を通じて、工業化社会の後の建築のあり方を追求している。
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特別企画【新時代の匠たち】は全5回でお送りします。
- 小山薫堂が考える「これからの匠」に必要なもの
- ふたりの「匠」が、隈研吾と出会い気づいたもの
- 伝統工芸の、新たなるはじまり
- 隈研吾が、これからの伝統工芸に思うこと
- 新時代の匠を京都で知る3日間