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クオーツの本家も機械式に回帰 グランドセイコー

LifeStyle 更新日: 公開日:
高級時計の組み立てを担当する伊藤勉さん
高級時計の組み立てを担当する伊藤勉さん。黄綬褒章を受章した熟練職人だ=後藤洋平撮影

正確な時間を知りたければ、スマホで用が足りる。なのに、なぜ今、機械式の腕時計がもてはやされるのだろう。

毎春スイスのジュネーブで開催される腕時計の見本市ウォッチズ&ワンダーズ(WW)。2022年以降、スイスを中心とした有力ブランドとブースを並べ、アジアから唯一参加しているのが日本のグランドセイコー(GS)だ。その機械式内部機構を製造する拠点は、岩手県雫石町(しずくいしちょう)にある。自然と調和する静かな環境が、日本を代表する時計ブランドを支えている。

2020年に完成した「GSスタジオ雫石」は建築家・隈研吾さんの設計。大きな窓やガラスの壁が目立ち、屋内からも岩手山が見える。森に囲まれた立地で、鹿や野鳥が頻繁にやって来る。恵まれた環境が時計の姿にも反映されており、今年の新作「SLGH027」は、真上から見た岩手山の尾根筋から着想。放射状の文字盤パターンに仕上がっている。

グランドセイコースタジオ雫石
グランドセイコースタジオ雫石=岩手県雫石町、後藤洋平撮影

GSは2021年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)で、「白樺(しらかば)」の愛称で知られる自動巻き機械式時計「SLGH005」がメンズウォッチ部門の大賞を獲得した。翌2022年には、世界初の複雑な内部機構を搭載した「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」が、高い精度を持つ時計に贈られる「クロノメトリー賞」を受賞。そうした高級機械式時計の内部機構が、ここで製造されている。

グランドセイコーの2025年の新作「SLGH027」
グランドセイコーの2025年の新作「SLGH027」(146万3000 円)。真上から見た岩手山の形状から着想したデザインだ=セイコー提供

GSは1960年、セイコーの最高級ラインとして産声を上げた。1967年と1968年には、スイスの「天文台コンクール」に機械式で出品し、精度の高さで有力ブランドを震え上がらせた。一方、直後の1969年にセイコー自身が水晶振動子搭載の時計を発売。特許技術も公開して戦略的に「クオーツショック(なお、今回の取材でセイコー社内では「クオーツ革命」と呼ばれていると知った)」を牽引(けんいん)したことで、1980年代から1990年代後半にかけてはGSもクオーツが主流に。秒針が1秒ごとに間欠的に動く、おなじみの「ステップ運針」も、セイコーのクオーツから始まった。しかし、正確性よりもアナログな工芸品として機械式時計が見直されつつあった1998年、「9S5系」という新型で高精度の内部機構を開発し、機械式GSを復活させた。

グランドセイコーの新型の手巻き時計に搭載されている内部機構「9SA4」
グランドセイコーの新型の手巻き時計に搭載されている内部機構「9SA4」=後藤洋平撮影

ほどなくしてクオーツ部門から機械式部門に移ってきたのが、地元の高校を卒業後、1991年に盛岡セイコー工業に入社した伊藤勉さん(53)。内部構造の部品を組み合わせる組立師(くみたてし)で、2018年に「現代の名工」に選出され、昨年には黄綬褒章を受章した熟練の職人だ。若手の頃からスイスの競合他社の時計も分解して研究を重ねてきた。「中身を見てGSが決定的に違うのは、1960年代、70年代に先輩たちが築いた構造を進化させてきて、今があると分かること」と説く。

海外ブランドの内部機構は、時代ごとに非連続的に設計が大きく変わることも珍しくない。駆動の心臓部分であるムーブメントを、自社生産せず外部調達するブランドも多い。翻ってGSは改良を重ねて今に至るといい、とくに天文台コンクールでの成果は現在もGSの技術者や職人たちの誇りなのだという。

セイコーの高級ブランド・クレドールの「ロコモティブ」
伝説的時計デザイナーのジェラルド・ジェンタが1979年に手がけたセイコーの高級ブランド・クレドールの「ロコモティブ」。オリジナルはクオーツ式だったが、昨年、機械式で復活した。内部機構は雫石で製造=工藤隆太郎撮影

GSはWWへの参加を始めてから、日本以外でもさらに人気が高まった。GSとは別の思想のドレスウォッチ系高級ライン、クレドールの機械式時計も注目を集めており「この5年は、今まで経験したことがないほど忙しい」と苦笑する伊藤さん。「調整はクオーツより数段難しく、しかも自分の技量が試される。すごく魅力的な仕事です」と話す。スタジオには20代の若者も多く、伊藤さんは後進の指導にも当たっている。