1. HOME
  2. 特集
  3. ロボットと人間
  4. 中国は国を挙げてロボット開発 コスト低下で 「10年後に一家に1台」の強気な見方も

中国は国を挙げてロボット開発 コスト低下で 「10年後に一家に1台」の強気な見方も

World Now 更新日: 公開日:
UBTECHロボティクスの展示施設で見学者と握手するヒューマノイドロボット「優悠(ユー・ユー)」=2025年7月4日、広東省深圳市
UBTECHロボティクスの展示施設で見学者と握手するヒューマノイドロボット「優悠(ユー・ユー)」=2025年7月4日、広東省深圳市、井上亮撮影

人工知能(AI)の発展によって、ヒューマノイドロボットの機能がが飛躍的に向上しています。 特に中国は、経済成長の新たなエンジンにするとして、国を挙げてロボット開発に取り組んでいます。 ヒューマノイドロボット開発に巨額の投資が続く、米国としのぎを削る状況になっています。 中国の最前線を記者が訪ね、開発の狙いや期待を読み解きます。

工場内を歩くヒューマノイドロボットが、電池の充電ステーション前で立ち止まった。腕を器用に折りたたみ、背中に付いた電池を充電済みの電池と交換。作業が済むとロボットは去っていった。南部の広東省深圳市に本社を置くUBTECHロボティクス(優必選科技)が7月に公開した最新型「Walker S2」の映像だ。自律的に電池を交換する世界初のヒューマノイドロボットといい、「24時間365日止まることなく働く能力を備える」とうたう。

深圳には近年、ロボットやその頭脳となる人工知能(AI)に関連する企業が200社以上集積している。そのうちの一つである同社が大型の二足歩行ロボットの開発を始めたのは2016年。ヒューマノイドロボットをつくる中国企業では唯一上場する業界トップランナーの一社だ。大阪・関西万博の中国館で展示されているヒューマノイドロボットを手がけた会社と言った方がなじみがあるかもしれない。

「リンゴが食べたい」という音声による指示を受けて、リンゴをつかんで手渡すUBTECHロボティクスのヒューマノイドロボット=2025年7月4日、広東省深圳市
「リンゴが食べたい」という音声による指示を受けて、リンゴをつかんで手渡すUBTECHロボティクスのヒューマノイドロボット=2025年7月4日、広東省深圳市、井上亮撮影

同社はいま、産業の現場に特化したヒューマノイドロボットの開発に力を入れる。すでに自動車大手BYDや、台湾の電子機器受託製造大手・鴻海精密工業、物流大手SFホールディングス(順豊)などの提携工場に導入され、「学習」を重ねている。EV(電気自動車)企業「Zeekr(ジーカー)」の工場では複数のロボットがともに荷物を持つなどお互いに協調して動くという。

これらが実用段階に進むには、工場での労働に関する膨大なデータを蓄積する必要がある。同社が現在取り組むのは、運搬、仕分け、品質検査の3種類の作業だ。協業が最も深いBYDの工場では、すでに700時間以上の学習を積み重ねている。EVなどの新エネルギー車の工場に導入されているロボットの数は、UBTECHが世界最多という。今年中に1000台、2030年ごろまでに10万台の納入をめざす。

米国のヒューマノイドロボット最前線

中国ではヒューマノイドロボットの産業現場での活用需要が特に高い。「世界の工場」を担ってきたが、急激な少子高齢化に直面しているからだ。「一人っ子政策」などの影響から合計特殊出生率が低下し、近年は1.00前後。生産年齢人口は10.1億人だった2013年のピークから2040年には8億人台になる推計もある。

箱を両手で挟んで運ぶUBTECHロボティクスのヒューマノイドロボット「Walker S1」=2025年7月4日、広東省深圳市
箱を両手で挟んで運ぶUBTECHロボティクスのヒューマノイドロボット「Walker S1」=2025年7月4日、広東省深圳市、井上亮撮影

ヒューマノイドロボットには労働力人口を補う役割が期待される一方、正反対の議論もある。人間の仕事を奪うのではないか、というものだ。コロナ禍以降、中国の若者(1624歳)の失業率は一時20%を超え、今も高止まりしている。労働市場のさらなる悪化は民衆の不満につながりかねず、政府も警戒する。だがUBTECHのチーフブランディングオフィサー(CBO)譚旻(タンミン)氏は「当面は人に代わるというより、むしろロボットの方が適している仕事をすることになるだろう」と反論する。同社が提携する自動車工場では、カーエアコンの安全性の検査で人体に有毒な物質を扱う仕事にロボットが当たっているという。

中国ではヒューマノイドロボットの開発競争が過熱し、今や米国としのぎを削るほど実力を高めた。政府は「2027年に総合力で世界トップクラスになり、経済成長の新たなエンジンとする」との目標を掲げ、国を挙げて「ロボット強国」に向けて突き進む。

ロボット産業の底上げにつなげるための取り組みにも積極的だ。4月には北京市などが主催し、世界初をうたうヒューマノイドロボットによるハーフマラソン大会を開いた。国内の企業や研究機関から約20チームが参加し、優勝した「天工Ultra」は、凹凸のある最大傾斜9度の坂道を含むコースを2時間4042秒でゴール。技術力の高さを見せつけた。

人間といっしょに走るヒューマノイドロボット「天工」=2025年5月16日、北京市、井上亮撮影
人間といっしょに走るヒューマノイドロボット「天工」=2025年5月16日、北京市、井上亮撮影

天工は、UBTECHやスマホ大手シャオミ、北京市などが出資する合弁会社「北京ヒューマノイドロボット・イノベーションセンター」が開発。同社社長の熊友軍(シュンユーチュン)氏はレース後に「技術更新のスピード、データ量、人材の努力のいずれを取っても中国は世界の第1グループにいる。中国のロボット産業の発展に自信を持っている」と豪語する。

中国では5月にヒューマノイドロボットによる格闘技大会が開かれ、8月には「ロボット運動会」で100メートル走やサッカー、卓球、武術など技術的な要求が異なる様々な競技種目が行われた。

「人型ロボット運動会」の1500メートル走で力走するロボット=2025年8月15日、北京市、井上亮撮影
「人型ロボット運動会」の1500メートル走で力走するロボット=2025年8月15日、北京市、井上亮撮影

「今後35年の間に、ヒューマノイドロボットの応用はますます加速するだろう」。カンフーなどの動きができるヒューマノイドロボットで有名な新興ロボット企業「ユニツリー・ロボティクス(宇樹科技)」の創業者、王興興(ワンシンシン)氏は7月中旬の記者会見でこう指摘した。

「人型ロボット運動会」の格闘技でパンチを繰り出すロボット=2025年8月15日、北京市、井上亮撮影
「人型ロボット運動会」の格闘技でパンチを繰り出すロボット=2025年8月15日、北京市、井上亮撮影

当面は生産現場のほか、サービス業界で普及が進むとの見方が多い。その後に有力とみられているのが家庭内への進出だ。中国では65歳以上の人口は2023年末に約2億人以上にのぼり、介護を担うロボットに巨大な需要が見込まれる。UBTECHの譚氏は、「多くの先進国ではあと10年ほどでヒューマノイドロボットが一家に1台、普及するようになるだろう」と大胆に見通す。

中国は、重要な科学技術を他国に頼らない「自立自強」の戦略を推し進めており、ヒューマノイドロボットも例外ではない。今後、製造原価が高いモーターやセンサー、電池など部品の多くを国内で製造できる強みを生かして低価格化をリードするとみられる。ユニツリーはすでに200万円台と自動車並みの価格を実現。モーターにはレアアースも使われるため、将来、米国などとの摩擦はいっそう激しくなる恐れもある。