ドローンがアイスティー配達、女性の声で話す無人タクシー…中国・深圳では日常?

林立する超高層ビルの谷間に電話ボックスよりひとまわり大きい建物が立つ。「受け取りボックス」と呼ばれるその施設の近くで、スマホでアイスミルクティーを注文した。
アプリの地図上に、数キロ先にあるドローン発着場と私がいる地点が表示される。飲食店からアイスミルクティーが発着場に届くとドローンのアイコンが現れ、ゆっくりと動き始める。「あなたの場所まで2.2キロ、約3分」などと表示され、どこを飛んでいるか一目瞭然だ。
ドローンのアイコンが私がいる地点に重なると、上空からハチの羽音のような音が聞こえた。六つのプロペラを持ち、昆虫を思わせるドローンが現れ、段ボール箱を抱えているのが見えた。
ドローンは最大2.4キロの荷物を運べ、19のカメラやセンサーがついている。他のドローンや鳥などとの衝突を避け、雨や雪、風速10メートルを超える強風下でも飛行できるという。
受け取りボックスの平らな屋根にドローンが着陸すると屋根中央の口が開く。段ボール箱が内部に取り込まれ、ドローンはすぐに飛び去る。受け取りボックス正面のディスプレーに私の携帯番号の下4桁を入力すると小窓が開き、商品が入った箱を取り出せる。
紙製容器に入ったミルクティーの氷は解けずに残っていた。注文から受け取りまで十数分。配送料は有人配達と同じで、20元(約420円)以上購入すれば無料だという。
ドローン配達は信号や道路渋滞を気にせず遠距離でも短時間で運べる強みがある一方、受け取りボックスまで取りに行く手間がかかる。それでも、私が待つ間に次々とドローンが飛来し、多くの市民が活用している様子がうかがえる。
中国の飲食宅配サービス大手「美団」は2023年から、深圳でドローンによる宅配サービスを始めた。今では市内にドローン発着場は十数カ所、受け取りボックスは約40カ所を設置。2024年末時点で深圳のほか、広州や上海、北京などでサービスを展開し、100機以上のドローンが中国各地を飛び回っている。
飲食に限らず生活用品や医薬品など広範な商品を扱い、通算約45万回の配達を実現したという。同社幹部は中国紙の取材に「今後5~10年で、100以上の都市で低空物流ネットワークを実現する」と見通しを語っている。
この街では、「空飛ぶタクシー」の実用化に向けた取り組みも進む。電動垂直離着陸機(eVTOL)メーカーの上海峰飛航空科技(オートフライト)は昨年2月、5人乗りの空飛ぶタクシーで深圳市から珠海市まで海を隔てた約50キロを約20分かけて飛んだ。マネキンを乗せて実施したが、海を超える都市間の空飛ぶタクシーの試験飛行は世界初と報道された。
景気低迷が続くなか、中国政府は最近、高度1000メートル以下の空域を利用した「低空経済」を新フロンティアとして重視する。無人機などを活用して低空域で旅客や貨物を輸送する経済圏で、政府は2023年の市場規模を約10兆円、2035年には72兆円規模に達するとみる。
習近平(シーチンピン)国家主席は昨夏の重要会議で「低空経済の健全な発展を促すために良い仕事をしなければならない」と発破をかけた。ハイテク企業が集まる深圳は、世界屈指の「運ぶ」技術の実験場と化している。
この街の「無人サービス」は空だけではない。郊外にある深圳技術大学前の路上に立っていると、スマホで呼び出した白い車体のタクシーが近づいてきた。タクシーの運転席には誰もいない。ハンドルやアクセルは触れられないように半透明なプラスチックのカバーで覆われている。
前面に小さなディスプレーが付いていて、速度などのデータが見えるほか、音楽もかけられる。中国語で「パネルに触れるか、『出発して』と声をかけてください」という女性の声が聞こえた。パネルに触れると、ゆっくりと動き出した。
女性の声は「シートベルトをしっかり着用して」「緊急時は右上隅のSOSボタンを押して担当者と通話して」と矢継ぎ早に説明する。時速約30キロの安全運転で、右左折や車線変更でハンドルが動くのに運転手がいないのが奇妙に感じる。
まもなく、「目的地に到着しました。後方からの車に注意し、右側から降りてください」と案内があった。数キロの乗車だが、サービス期間で4.15元(約90円)と格安。通常料金も有人タクシーより安く設定するという。このエリアでは無人タクシーが走る姿をよく見かけ、近未来的な雰囲気が漂う。
中国IT大手の百度(バイドゥ)が運営するこの自動運転タクシー配車サービスは、現時点では限られたエリア内での運行で、決められた地点で乗り降りする必要があるなど機能に制約もある。それでも武漢や上海、北京、成都などサービスエリアは11都市に拡大し、2030年には約100都市で展開する目標を掲げている。
米国に目を移せば、アマゾンやウォルマートなども各地でドローン配達を始めており、米グーグルの親会社アルファベット傘下のウェイモはカリフォルニア州などで無人タクシーサービスを展開。次世代の「運ぶ」技術をめぐって日本や欧州などでも試験的な取り組みが始まっているが、広範囲で実用化が進む米中両国がリードしており、開発競争が熱を帯びている。
ヒトやモノを運ぶ手段が猛烈なスピードで高度化、多様化する時代に入っている。鉄道、自動車、飛行機、宇宙船……。人類は新たな移動手段を発明するたびに飛躍的な発展を見せてきた。私たちは将来、どんな社会をつくるのだろうか。