生物学者の福岡伸一さん「生命進化の歴史は利他的な助け合い」人は植物にリスペクトを

生物は本来、利己的ではなく利他的です。それは、すべての生物が同じ起源を持っているからです。
生物は38億年前、単一の細胞から進化して、いまの形になりました。最も大きな進化のプロセスは、お互いに助け合う、あるいは得意技を持ち寄ることによって起きました。
生命が誕生して間もなく、DNAがむき出しの原核細胞から、ミトコンドリアや葉緑体のような複雑な器官を持つ真核細胞になるという大きなジャンプが起きました。
進化論では、突然変異で細胞が複雑化したとしか説明できないのですが、いくつもの遺伝子が一斉に変化するなんてことはありえないのです。
原核細胞の大きな細胞と小さな細胞はもともと別々に暮らしていましたが、ある時、エネルギー生産が得意な小さい細胞が大きい細胞に入っていきました。それがミトコンドリアの起源になりました。
葉緑体は、大きい細胞がクロレラのような小さな細胞を温存することでできました。それがいまの植物や私たち動物の起源になったのです。生命にとって協力する、共生するというのは、生き延びるために必要な原理なのです。
それを一番、一生懸命にやってくれているのが植物です。
植物は、光合成によって二酸化炭素(CO₂)から酸素を引き離し、炭素をつないで有機物に戻すという炭素循環の一番重要な役割をしています。
これは植物にしかできないことで、この循環を滞りなく回すことができれば、地球温暖化問題も解決します。
植物は、自分では必要のないほど光合成をして、惜しげもなく葉っぱを虫に、木の実を鳥に、落ち葉を土壌中の微生物や小動物に、穀物を人間に与えています。そして草食動物を養い、肉食動物がそれを食べる。
もし植物が利己的に振る舞い、自分に必要な分しか光合成をしなければ、地球上にほかの生物が生存できる余地は全くありませんでした。
それを、ついつい人間は忘れて、どんどん木を伐採してCO₂を不用意に出している。植物の利他性をないがしろにしているというのが、地球環境の大きな問題だと言えます。
人間は、生命の根源を支えてくれている植物に無条件のリスペクトと感謝をしなければいけないのです。
植物を動物の下位に置くことも間違っています。食物連鎖の頂点に人間がいるように見えますが、縁の下の力持ちである植物なしに、動物は生存できません。
それに植物の化学合成能力はすごい。頭痛薬や麻酔薬など、人間に有用な薬品はすべて植物由来です。植物は、自分に必要ではない化学物質をたくさんつくってくれているんです。
生命の歴史は闘争と競争の歴史で、利己的に振る舞った者だけが生き残ったという見方は、20世紀の遺物になる気がします。
4月に開幕する大阪・関西万博で私が担当する「いのち動的平衡館」も、生命の進化のプロセスは利他的だというのがテーマです。