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江戸時代から続く林業家・速水亨さん 尾鷲ヒノキと豊かな土壌で目指す「美しい森」

World Now 更新日: 公開日:
速水亨さん。江戸時代から続くヒノキの林業を引き継いだ=2024年10月、三重県紀北町、石井徹撮影

人工林でありながら、原生林のように生物多様性に富む。速水亨さんは、江戸時代から続く三重県で尾鷲ヒノキの森を豊かに育てている。日本中から視察の絶えない林業家の速水さんだが、木々が「マザーツリー」(母なる木)を中心にコミュニケーションを取っている、という最新の研究に共感するところがあるという。(聞き手・石井徹)

――木と木のコミュニケーションについてどう感じていますか。

マザーツリーでは、土の中の(キノコなどをつくる)菌根菌を通じて栄養分、糖をやり取りしていると言っています。私も土壌が非常に大事だとずっと思ってきました。

菌根菌だったり、微生物だったり、ミミズだったり、地下にいる生物の重要性は、林業をやっていると感じます。菌などによって分解されて、100年で1センチぐらいの土壌ができると言われている。土は、木と木のコミュニケーションだけでなく、森林全体をコントロールする意味においてもとっても重要です。微生物も非常に大きな役割を果たしている。

――地下での木々のコミュニケーションを実際に経験したり、感じたりすることはありますか?

実際に栄養分の移動を目にするのは、根の癒着です。密に植えられた針葉樹の根と根が絡み合うのです。針葉樹を切ると切り株は10年ぐらいかけて腐ってきます。でも、中には、太ってくる切り株があるのです。残った切り株の周りがこぶになって盛り上がってくる。隣の木と癒着しているからです。

江戸時代から引き継いできたヒノキの森に立つ速水亨さん
江戸時代から引き継いできたヒノキの森に立つ速水亨さん=2024年10月、三重県紀北町、石井徹撮影

同じ種類の木であれば、根っこを通じて自分の仲間や子孫を助けるというのはあり得る話だと思います。癒着した木は切る前から養分の共有をしている。それぞれ個別の生命だけど、森林の中で育つたくさんのヒノキが、お互いにつながりあっている可能性がある。

――木と木が根でつながっているというのは、林業では昔から言われていることですか。

意識を持って見ないと気づかないかもしれませんが、木と木のコミュニケーションの一つでしょう。

ただ、『マザーツリー』の本を読んで驚いたのは、菌根菌を通じて糖質が行き来しているということです。木にとって糖質は生命をつなぐ根本的なものです。

にわかに信じがたい話ですが、スザンヌ・シマードさん(カナダの森林生態学者、『マザーツリー』の著者)は実験によって証明したと言っている。ほかの場所でも研究が進んで、同じような結果が出てきたら、と思うと、とても興味深い。

――研究によって、木がお互いに助け合っているということが分かると、林業にはどんな影響がありますか。

シマードさんが来日した際、一緒に私の山を歩いて、親木と子木のつながりや木のファミリーを感じました。

ただ、林業としてどう扱うのか、というのは、なかなか難しいですね。親木が切られたら、子どもの木はどう思うのかとか、同じ親を持つ子木をまとめて育てると成長力があるのかとかね。

私の場合は、自然に生えてきた木ではなく、植えた木ですが、太い大きな木もあります。この前も何本か切ったのですが、その周りにはその木の種が落ちて子どもの木が自然に育っていくのです。林道の横とか、土がむき出しになっているところは芽が出やすい。

その芽たちは親木を切られたことをどう感じているのだろうとか、山に行くといろいろなことを想像します。ちょっと見る目が違ってきますね。

自ら主宰する林業塾で、企業や自治体、環境NGOの職員らを前に話す速水亨さん
自ら主宰する林業塾で、企業や自治体、環境NGOの職員らを前に話す速水亨さん=2024年10月、三重県紀北町、石井徹撮影

――人工林でも生物多様性は必要なのでしょうか。

木を育てる過程は50年とかかかるわけですから、その過程で木を健全に育てるには、ほかの生物との兼ね合いはとても大事です。その方が手間もかからないですから。

森林の生物多様性の大前提は、土壌が動かないということです。土壌が動かないと落ち葉の層ができて、そこにまた微生物が集まって、昆虫が集まって、さらにそれを食べる生きものが集まる。循環は土の表面から始まるわけです。地下水の質や量も表面の土壌の豊かさによります。

――微生物と木との関係についてはどう感じていますか。

微生物がいる土壌は流れにくいし、土壌があったらその上に葉っぱが乗っかる。ヒノキの葉はよく流れやすいと言われるんですけど、落ちてくる葉っぱの量は広葉樹よりも多いぐらいです。ヒノキの葉が動かないような状態だと、微生物がどんどん分解して瞬く間に腐っていくわけです。

私には、美しい森をつくりたいという思いがあります。豊かな森、美しい森っていうのは、見かけじゃなくて、地面の下の生物や地上の動物を含めて、あらゆる命を育む森ということです。そこでは、微生物も森を形作る仲間です。

――いつごろ、なぜ土壌に注目したのですか。

父も、土を大事にした林業をやっていました。私の森林はヒノキが中心で、周りには広葉樹、下草にシダが生えています。下草が生えているが故に、落ち葉はすべてその場で腐るのです。広葉樹の根とヒノキの根で吸収するものも違いますから、それぞれの葉っぱを経由して、土壌を豊かにしているのです。

尾鷲は元々、痩せた土地で、雨が多くて、急峻(きゅうしゅん)なのです。ちょっと油断すると表土が流れる。土は100年で1センチしかできないので、100年の森の営みをすぐ流してしまう。もったいないじゃないですか。だから下草を生やすことによって、営みが流れるのを止め、効率的に土をつくる。

速水林業の速水亨代表が、ヒノキの森の地面から抜き出した「検土杖」
速水林業の速水亨代表が、ヒノキの森の地面から抜き出した「検土杖」=2024年10月、三重県紀北町、石井徹撮影

年をとった木の成長を続かせるには土壌が大事なんです。豊かな土壌があれば木は年をとってからも成長する。年をとればとるほど、よく成長させたいと思ったら、それには土壌しかないのです。

微生物を使って豊かな土壌をつくるのが最大のポイントです。父も、広葉樹の根を使って養分をポンプアップさせると言っていました。

――科学の進歩によって植物の見方が変わってきたように感じます。

これまであまり議論してきませんでしたが、植物は二酸化炭素(CO₂)を吸収して有機物を合成するだけではない、様々な工夫をして生きている。人間や動物の特権だったことを、植物もやっているんだということが分かってきました。

ただ、植物は次の世代に変わっていくのにすごく時間がかかるんですね。人間の時間と木の時間には、膨大な違いがあるわけです。植物の変化はすごく遅いから、人間は気づかないまま一生涯を過ごしちゃうわけです。でも、植物は少しずつ進化している。それを忘れるべきではない。

江戸時代から続くヒノキの森林
江戸時代から続くヒノキの森林=2024年10月、三重県紀北町、石井徹撮影

私は研究者ではないので分かりませんが、菌根菌を含めた地下の生態については、今後もどんどん研究しなければいけないし、その状態を上手に管理することによって、木の成長も維持できるし、森林の持続性を確保できる。それを明らかにするのが科学の役割だと思います。