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木々は「会話」する 最新の知見が変える森への見方 『マザーツリー』の著者と歩く

World Now 更新日: 公開日:
カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の原生林。巨木(マザーツリー)を中心に木々の情報ネットワークが広がる
カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の原生林。巨木(マザーツリー)を中心に木々の情報ネットワークが広がる=2024年9月、伊藤健次氏撮影

森の中の木々が、「マザーツリー」(母なる木)を中心に、大家族が会話を交わすように情報をやりとりしている。そんな研究が近年、注目を集めている。そして、情報のネットワークを広げるのにキノコが大切な役割を果たしている。これまでの常識を覆したカナダのマザーツリーの森を訪ねた。(石井徹)

その土は、少しかび臭いにおいがした。雨の降った後で、大地から立ち上るような、あの香りだ。

カナダ西部ブリティッシュコロンビア州にある研究林。ブリティッシュコロンビア大教授で森林生態学者のスザンヌ・シマードさんが、すくった土を私の鼻に近づけた。「この土はとてもよさそうです。菌類のにおいがしますよ」

『マザーツリー』の著者のスザンヌ・シマードさん。森の土をすくって見せた
『マザーツリー』の著者のスザンヌ・シマードさん。森の土をすくって見せた=2024年9月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州、伊藤健次氏撮影

土は、岩石が風化してできた砂や粘土に落ち葉などの植物や動物の死骸などの有機物が混じり合い、長い年月を経てできたものだ。土の中には水分や養分があるほか、多様な微生物や動物が暮らしていて、植物の生育を支えている。

「そこにはクマのフンがありますよ」。彼女が指さす先には、ブラックベアのフンが山盛りになっている。2024年9月、彼女とともに森を歩いた。

ベイマツやベイスギ、ベイツガ、トウヒなどの原生林が広がるカナダ。世界の森林の1割がある同国で、針葉樹林帯の半分がこの州にあるとされる。カナダの原生林では、樹齢が数百年から数千年になる木もある。シマードさんは、こんな地元の森で、木々が栄養素や水分を共有し、病気や干ばつなどの情報を伝え合っていることを明らかにした。これまでの森林や林業の常識を覆すものだった。

キノコがつなぐネットワーク

原生林を歩くと、樹種ごとに大きな木の周りに若い木や幼い木が育ち、家族やコミュニティーを形成しているように見える。その中心にいて「情報伝達ネットワーク」をつかさどる老齢の巨木を、彼女は親しみを込めてマザーツリー(母なる木)と呼ぶ。

下草をかき分けると、キノコが顔を出していた。研究によれば、森の中で木は競争しているだけではなく、協力もしている。その際に重要な役割を果たしているのが、キノコなどをつくる菌根菌だ。

カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の森で見つけたキノコ。キノコなどをつくる菌根菌が伸ばす菌糸が、地下で木々を結ぶ「情報ネットワーク」で重要な役割を果たしている
カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の森で見つけたキノコ。キノコなどをつくる菌根菌が伸ばす菌糸が、地下で木々を結ぶ「情報ネットワーク」で重要な役割を果たしている=2024年9月、伊藤健次氏撮影

木々は光合成によってつくり出した、成長に欠かせない炭素化合物である糖や水分、情報などを、根っこから菌根菌(きんこんきん)を通じてほかの木と共有しているという。菌根菌は木の根に取り付いて土の中に菌糸を伸ばし、ネットワークを形成していく。

1本のマザーツリーは、数百本の木とつながることもある。ほかの木に栄養と水分を与えるだけではなく、二酸化炭素を固定し、動物の生息地になり、森を湿潤で涼しく保つ役割も果たしている。

一緒に訪れた研究林ではベイマツが植林され、木はまばらでひょろっとしている。それでも一定の割合で樹木を残しているところには、太くて大きな木がある。直径50センチぐらいか。数日前に州立公園で見た、直径2メートル以上もある木に比べれば頼りないが、いずれはマザーツリーになるのだろう。

「自分の子」を世話する

シマードさんは言う。マザーツリーは、日の当たりにくい幼い木々の世話をしている。マザーツリーの根元で、その苗木とほかの木の苗木を育てる実験をすると、菌根菌を通じて自分の子である苗木により多くの炭素を送り、成長を促していたという。まるで、へその緒でつながっているみたいじゃないか。

彼女は、2021年に出版した『Finding the Mother Tree(日本語版『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』)』が世界的なベストセラーになり、昨年、米誌タイムの「世界で最も影響力がある100人」にも選ばれた。紹介文には「人間は、遠く離れた人々と連絡を取るために埋めた電線網や光ファイバーケーブルを誇りに思うかもしれないが、樹木は数百万年前からそれをしていた。革命的な発見だ」とある。

一方で、マザーツリーは古くから伐採の標的にされてきた。大きな木ほど木材としての価値が高いからだ。だが、それは単にネットワークの端末のスイッチが切られるのではなく、ハブ(中継地点)がなくなることを意味するという。

「マザーツリーを伐採すると、地中の微生物や炭素貯蔵量が減り、生きもののネットワークが壊れ、森林が多様性の少ない構造へ変わるのです」

46億年前に誕生した地球には、38億年前に生物が生まれた。5億年前に最初に陸に上がったのは植物だという。植物の生物量(重量)は、細菌を含めたあらゆる生物を合わせた重量の8、9割を占め、地球上の最大勢力として君臨する。動物は0.5%、人間は0.01%程度にすぎない。

カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の林。針葉樹の木々が幹を伸ばす
カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の林。針葉樹の木々が幹を伸ばす=2024年9月、石井徹撮影

それなのに、人間を頂点とする生態ピラミッドでは下層に位置することもあって、多くの人は、植物の大切さを忘れている。動物が食べているものは植物か、植物から栄養を取って成長した生きものだ。空気やエネルギーを得られるのも、植物のおかげだ。

「植物は知性をもっている」

シマードさんの研究を含む最新の知見は、知られていなかった植物の能力や、彼らが発するメッセージを明らかにしつつある。

イタリアの植物学者、ステファノ・マンクーゾ・フィレンツェ大教授は、植物の感覚は人間よりずっと鋭いといい、著書の中で「五感以外に、少なくとも15の感覚をそなえている」と書いている。

重力、磁場、湿度を感じ、その量や大きさを計算でき、土壌の化学物質含有率も分析できる、という。個体としてだけでなく、動物のように集団的な振る舞いをすることもあるそうだ。そして、「植物が知性をもっていることは疑いの余地がない」と結論づけている。

「植物に知性がある」という考えには、もちろん異論もある。木と木が栄養分や情報を共有しているという説にも「意図したものではない」「量も取るに足りない」などの反論がある。

一方で、木々は生存競争だけでなく、協力もしているという報告は、皆伐(森林の一定の区画にある樹木をすべて伐採すること)や単一種による植林を中心とする現在の林業のあり方に疑問を投げかけ、森に対する見方を変えつつある。

いずれにせよ、人間が知っていることは、少なすぎるのだ。私たちがほんの一部しか知らないうちに、森はその豊かさを急速に失いつつある。

日本は木材の主要輸入国

ブリティッシュコロンビア州は、世界最大の針葉樹製材輸出国であるカナダの林業の中心地で、日本は米国、中国に次ぐ輸入国だ。

カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の森から切り出された木材
カナダ西部ブリティッシュコロンビア州の森から切り出された木材=2024年9月、石井徹撮影

皆伐に加え、気候変動や種の絶滅、山火事の増加などが重なり、森とともに暮らしてきた先住民や動物たちには危機が迫る。州内の森林生態系を維持するため、シマードさんは仲間とともに「マザーツリープロジェクト」を立ち上げた。

先住民と協力して、皆伐ではなく、マザーツリーを残した伐採方法や複数の樹種による植林が、森林回復や気候変動対策、生物多様性保全にどれくらい効果的か、などを調べている。先祖代々の知恵と最新の生態学を生かした森林管理手法の開発だ。

多くの研究は、木材を使いながら森林を良好に保ち、生物に生息地を提供し、炭素をため、土壌の水分を保持することは可能だと示している。州政府も皆伐から生態系維持へ重点を移しつつあるという。

シマードさんは強調する。「森林は、気候変動などで脅威にさらされ、転換期にある。私たちは、変化の必要性を認識すべきなのです」

減少続く世界の森林

森林は、光合成によって、温室効果ガスである二酸化炭素(CO₂)を吸収し、多くの生物のすみかでもある。その減少は、地球環境に危機をもたらしている。

国連食糧農業機関(FAO)のグローバル森林資源アセスメント2020によれば、世界の森林面積は40億6000万ヘクタールで陸地の31%を占めている。熱帯地域の割合が最も大きく(45%)、北方地域、温帯地域、亜熱帯地域の順になっている。森林の半分以上はロシア、ブラジル、カナダ、米国、中国にある。

世界の森林面積の減少は続いている。1990~2020年の30年間に日本の国土の5倍にあたる1億7800万ヘクタールが失われた。コンゴ盆地などのあるアフリカやアマゾンがある南米では減少が続いている一方、アジアやオセアニア、ヨーロッパでは増加しているという。

森林の減少・劣化の原因は様々だが、農地や牧草地への土地利用転換、持続可能でない森林経営や違法伐採、燃料用木材の利用増大などがあげられる。近年は高温・乾燥などの異常気象を原因とする大規模な森林火災も頻発している。

森林火災で燃えた木々
森林火災で燃えた木々=2020年1月、オーストラリア南東部ウィンジェロ、小暮哲夫撮影

日本の森林面積は、2500万ヘクタールで国土の3分の2を占める。4割がスギなどの人工林だが、木材価格の低迷や林業人口の減少のために、切らずに放置されているところも多い。「適齢期」とされる50年以上の人工林は年々増加して6割となっている。

国産材の割合は2002年に過去最低の18.8%に落ち込んだが、2023年には42.9%まで回復した。気候変動対策や生物多様性保全としての森林の多面的機能が見直され、国産材の利用促進を図る「グリーン成長戦略」が掲げられたためだ。

輸入木材で問題となっているのが、木質バイオマス発電だ。再生可能エネルギーの固定価格買い取り(FIT)制度によるバイオマス発電の8割は輸入バイオマスが想定されている。発電に使う2023年の木質ペレットの輸入量は580万トンで、FIT開始時(2012年)の80倍になっている。

輸入元は、ベトナム、カナダ、米国の順で、環境NGOは「バイオマス発電はカーボンニュートラルではなく、森林破壊を助長している」と批判している。シマードさんも2024年5月に来日した際、「カナダから輸入される木質ペレットはほぼ原生林由来で、皆伐によるカナダの森林の劣化をもたらしている」と訴えた。