■グローバル化で増える森ーースペイン
世界で森が増えている地域のひとつが欧州だ。特に目立つのがスペイン。FAOの統計によると、1990年に1381万ヘクタールだった森林面積は、2015年に1842万ヘクタールになった。何が起きているのか。
スペイン森林科学会長のフェリペ・ブラボがポルトガル国境に近いバラド村に案内してくれた。標高800メートルの山中で、農家のエミリオ・パニアグア(63)は20メートル以上に伸びたカシワの木々を見上げて言った。「ここには木なんて生えていなかったんだよ」
30年ほど前までは、広々とした牧草地で山羊がのどかに草をはんでいたという。だが今では村の人たちは名産のサクランボ栽培に力を入れ、酪農から手を引いてしまった。輸送技術が発達し、傷みやすいサクランボを新鮮なまま外国まで運べるようになったからだ。EUの成立で関税がなくなり、市場が大きくなったことも拍車をかけた。「経済のグローバル化とテクノロジーが森を増やしている」とブラボは説明する。
森が増えて良かったのかと思いきや、パニアグアはいま、頭を痛めているという。「荒れ放題でしょう。手入れをするのに補助金をもらいたいが、所有者が確定できなくて署名が集まらないんだ」。記録によると、この森は村人135人の共有林だが、代替わりして村を離れた人も多く、誰が相続しているのかわからないのだという。
農産物の価格維持のための植林
農業資源として森を増やしている人もいる。10キロほど離れたパサロン・デ・ラ・ベラ村の兼業農家、マヌエル・ガリンド(48)が、スペイン一長いタホ川をのぞむ丘の上へ案内してくれた。原野のような草地に、高さ1メートルほどの木々が点々と見える。「6年前に植えたマツやコルクガシだよ」
2、30年後に松の実やコルクがとれるはずだという。「孫の世代のことを考えて酪農だけに頼らない農業に多角化したい」とガリンドはいう。植林費用は、補助金でまかなった。EUや地元の州などは1990年代から農産物の価格維持のため植林を奨励している。
州環境局で森林整備管理を担当するホセ・ルイス・デル・ポソは「酪農や畜産は集約化で昔ほど多くの土地が必要でなくなった。長く欧州に名をとどろかせた羊毛生産でも、今はニュージーランドなどとの競争に勝てない。森を新たな収益源として役立てる必要があるんです」と話した。
■20年で急成長、輸出産業にーードイツ
かつてローマ人が「黒い森」と呼んだドイツ南部のシュバルツバルト。その山中にある1865年創業の製材業者「シュトライト」には、切りたての丸太が次々とトレーラーで運び込まれる。コンピューター制御された製造ラインに乗ると角材や板材へと姿を変え、2日後には出荷されていく。ほとんどがフランスやイギリスへの輸出向けだという。
「20年前に比べると、製材量は2倍以上に増えたんですよ」と社長のクラウス・ヘネ(57)。いまでは年間35万立方メートルの丸太を地元の森から買い取っている。ドイツでもトップクラスの取扱量だ。欧州の木材市場の拡大に対応し、競争力のある大規模な事業者だけが生き残った。ヘネは最近も450万ユーロ(約5億円)をかけて、板材をスキャンして質ごとに自動選別する機械を導入したという。
ドイツの林業はこの20年で急成長した。木材生産量は年間3300万立方メートルから5300万立方メートル(2013年)に増え、日本の3倍近い。政府の資料によると林業関連の雇用は約59万人、売上高は約940億ユーロ(約10兆円、いずれも2009年)。70万人規模の自動車産業に迫る。1993年に124万立方メートルだった製材の輸出量は20年で691万立方メートルと5倍以上に。今では製材の3分の1が欧州を中心とする外国市場へ出ていく。
製材業者が規模拡大を進める一方で、「森林の持ち主が『森がおカネになる』と気づいたことも生産量が増える要因になった」とヘネは指摘する。大きな役割を果たしたのが森林組合だ。シュトライトの大口顧客である「シュバルツバルト林業連合」もその一つ。加入者は3700人で、年間の売り上げは1500万ユーロ(約17億円)に上る。マネジャーのヨアヒム・プリンツバッハは「森林所有者に『いま木材価格が良いから売りどきですよ』と、私たちが情報を提供することが大切なんです」と話す。
国や州は組合に対して年間8万ユーロを上限とする木材集荷奨励金を助成するなどして販売活動を支援している。組合は森林所有者を代表して製材業者と価格交渉をする。こうして、市場が求める分量の木材をスピーディーに販売するシステムが整えられてきた。
「森のよろず相談屋」が支える
林業が好調なドイツは、自然状態に近い森の維持と木の切り出しを両立させようとしている。重要な役割を果たしているのが森林官だ。州の公務員で、私有林を含むすべての森に割り当てられている。真夏とは思えない冷たい霧雨が風に舞う8月上旬、そのひとりに会いに行った。
チェコ国境に近い丘陵地帯でルーマニア製の小さな車を走らせていたのは、アルブレヒト・ロス(46)。「この夏は最高だね。僕のトウヒ(針葉樹の一種)たちは雨が大好きなんだ」と満足そうだ。
ロスは、国土の3割(約1000万ヘクタール)を森が占めるドイツのなかでも林業が盛んなバイエルン州の森林官だ。私有林5000ヘクタールを担当する。森と草地が幾重にも広がるなだらかな丘を抜け、未舗装の林道を奥深く進むと、森林所有者のハンスマルティン・ローレンバッハ(58)が待っていた。
30メートルはあるトウヒやブナ、モミなどが風に揺れる森の一角を指さした。「ここなんだけど」。木食い虫にやられて枯れ始めた木があった。自分の森の近くで被害を見つけた。放っておけば拡大するのでは。電話でロスに助言を求めていた。「切った方が良いね。あとで所有者を調べて対処法を教えておくよ」
自然に成長する量を超えない範囲で伐採
ローレンバッハは繊維関連の会社で働く傍ら、木を売って年間3000ユーロほどを得ている。地面がコケや落ち葉でふかふかになった森のなかを歩きながらロスに尋ねる。「いくらか切り出そうと思うけど、どれがいいだろう?」。ロスは、雪害で傷ついた木などを選びながら「これなんかいいね」と応じていく。
ドイツでは基本的に植林はしない。こぼれた種から自然に成長する量を超えない範囲で伐採し、環境への影響を最小限にする。米国のように一帯の木をばっさり切るのは原則やらない。
森を散策する市民とすれ違った。ドイツでは他人の森でも自由に出入りし、キノコなどを採ることができる。森は地域の貴重な憩いの場でもある。
車に戻ると、ロスはいつも積んでいる小さなパソコンを開いた。地図をクリックすれば、森の持ち主の名前や住所、どんな種類と樹齢の木が多いのか、2100年にその森が温暖化でどんな影響を受けるのかの予測まで出てくる。
補助金で混み合う木を手入れしませんか。トウヒは温暖化に弱いので、モミやブナを新たに植えませんか──。森林官たちは原則定年まで地元に住み、森の所有者に無料で助言する。担うのは100年後を見据えた森の総合管理だ。「僕の役割は二つ。市民のために森を守ることと、林業の下地を整えてドイツ経済に貢献することだ」とロスは言った。
(田玉恵美)