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アジア版NATO構想や自衛隊グアム駐留……石破茂首相の外交政策が不評を買う理由

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
東アジアサミット(EAS)に臨む石破茂首相
東アジアサミット(EAS)に臨む石破茂首相=2024年10月11日、ラオス首都ビエンチャン、代表撮影

石破茂首相が10月10日、ラオスでの東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議に出席し、外交デビューした。石破氏は防衛相としての経験が豊富で「安保通」を自任認する。一方、米保守系シンクタンク「ハドソン研究所」のウェブサイトホームページが9月25日付で紹介した石破氏の論文「日本の外交政策の将来」の評判は芳しくない。長く「党内野党」として過ごした石破氏の「実戦感覚」を指摘する声が多い。石破氏の外交が魅力的なものになるためには、10月27日の総選挙での「勝利」が必要不可欠だ。(牧野愛博)

石破首相は論文で、アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設と、米国との「核の共有」の検討、日米安保条約と地位協定の改定による自衛隊のグアム駐留などを訴えた。

ただ、日本内外の専門家から実現性を疑問視する声が上がった。石破首相自身、10月1日の首相就任から間もない7日の衆院本会議でアジア版NATOについて「一朝一夕で実現するとは当然思っていない」と発言。ASEAN会議でも構想について触れなかった。

記者会見に臨む石破茂首相
記者会見に臨む石破茂首相=2024年10月11日、ラオス首都ビエンチャン、朝日新聞社

アジアでは欧州と異なり、様々な政治体制、宗教などが混在する。米中両国との関係でも様々な思惑が絡む。団結を最重視するASEAN諸国は、石破氏の構想には簡単に賛同できない。

日本も専守防衛政策を理念として維持している以上、同盟の義務を果たせるかどうか怪しい。核の共有についても、非核三原則との関係もあるし、一方的に中国を刺激する懸念が伴う。そもそも、米国は核を独占したい。自衛隊をグアムに置おいても米国の軍事力強化にも結び付かないから、米国がこの政策を歓迎するはずがない。

米ランド研究所のジェフリー・ホーナン国家安全保障研究部日本部長は「専門家や当局者の間では、アジア版NATOは現時点では実現不可能だというのが一般的な感覚だ。地域諸国は共通の脅威認識を欠くだけでなく、攻撃された場合にお互いを守る意欲もないように思われる」と語る。「米国は日本との核の共有や日米安保条約の改定には関心がない。石破氏が推進しようとすれば、日米の摩擦につながる可能性がある」とも指摘する。

フィリピン・デラサール大のレナート・デカストロ教授(国際政治)
フィリピン・デラサール大のレナート・デカストロ教授(国際政治)=2024年3月、フィリピン首都マニラ、筆者撮影

フィリピン・デラサール大のレナート・デカストロ教授(国際政治)もアジア版NATOの実現について「中国の脅威の増大など、必要な条件はそろい始めているが、十分ではない」と指摘し、その理由について「米国の強い支持がないし、中国は強大な軍事力だけでなく、莫大な経済的影響力を持っている。フィリピンとベトナム以外のASEAN諸国は中国を脅威とみなすことができないだろう」と語る。

「安全保障の専門家」を自任認する石破氏が、なぜ、これほど不評な構想をつくってしまったのか。

複数の外務・防衛両省関係者は、「自民党で党内野党を10年続けて来た反動だ」と口をそろえる。石破氏は2014年9月まで党幹事長を務めた後は、閣僚を務めたことはあったものの、党中枢から離れた存在を強いられてきた。関係者の一人は「党内の権力構図にも疎くなっていたから、政治資金問題をどう扱うのかを巡って姿勢がぶれた」と語る。

外交政策でも石破氏は「蚊帳の外」に置かれてきた。外務省には従来、有力派閥ごとに担当する幹部を振り分け、意思疎通を図ってきた。関係者の一人は「最近でも、外相OBの麻生太郎党最高顧問が、当時の茂木敏充外相の意向を押し切って幹部人事を決めるなど、麻生氏の影響力が色濃く残っている。幹部たちは麻生氏が怖くて、石破氏に政策立案で助言することなどできなかっただろう」と語る。

衆院本会議で首相指名の投票に向かう自民党の石破茂総裁(左)と麻生太郎最高顧問(右)
衆院本会議で首相指名の投票に向かう自民党の石破茂総裁(左)と麻生太郎最高顧問(右)=2024年10月1日、朝日新聞社

米国が現在、最も悩んでいるのは、西太平洋での米中軍事バランスの問題だ。

米国は国防予算の問題や防衛産業基盤の不振などに悩んでいる。米海軍が9月18日に発表した「航海計画2024」も、厳しい米軍の戦略環境を率直に認めている。米国が最近、日本や韓国などに米軍艦艇の整備などを積極的に働きかけているのも、こうした危機感の表れだ。

石破首相は論文で「米英同盟なみに日米同盟を強化する」と訴えるが、こうした問題には触れていない。ホーナン氏は「日米同盟が現在取り組んでいる問題には、新たな指揮統制構造や在日米軍の整備施設の拡充を進めることなどが含まれている」と語る。

防衛省関係者は、石破氏の政治的な欠点として「すぐに逃げること」を挙げる。

「当面の問題を解決するため、すぐに主張を変える。石破氏が防衛相だったころ、省内では責任を取らない人だと言う声もよく聞かれた」と語る。ただ、石破首相は衆議院の解散を受けた10月9日の会見で「党内融和よりも、国民の共感が大事」と語った。裏金問題に関与した12人を非公認にすることなどを念頭に発言した。

別の外務省関係者は「徹底的に世論に準じた政治をやれば、三木武夫内閣のように2年くらいは政権を維持できるかもしれない」と語る一方、「再びぶれたら、早ければ来春の予算案通過、遅くとも来年夏の参院選後には政権の危機が訪れるだろう」と語る。

党首討論に臨む(左から)国民民主党の玉木雄一郎代表、公明党の石井啓一代表、立憲民主党の野田佳彦代表、自民党の石破茂総裁、日本維新の会の馬場伸幸代表、共産党の田村智子委員長、れいわ新選組の山本太郎代表
党首討論に臨む(左から)国民民主党の玉木雄一郎代表、公明党の石井啓一代表、立憲民主党の野田佳彦代表、自民党の石破茂総裁、日本維新の会の馬場伸幸代表、共産党の田村智子委員長、れいわ新選組の山本太郎代表=2024年10月12日、東京都千代田区の日本記者クラブ、朝日新聞社

今回の自民党総裁選は、麻生氏や菅義偉元首相、岸田文雄前首相がどの候補を支持するのか、という点に焦点が集まるばかりで、石破氏が掲げた外交政策が大きな選択肢になることはなかった。

関係者らによれば、霞が関の官僚たちは27日投開票の総裁選の行方を見守っている。石破首相が掲げた勝敗ラインの「自民・公明両党での過半数獲得」は、官僚たちが本格的な政策作りに協力する最低条件にもなるだろう。