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エリート養成する米海軍士官学校 元教員が明かす「組織が好きでたまらなくなる秘密」

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
米海軍士官兵学校の卒業式
米海軍士官兵学校の卒業式=2019年5月24日、メリーランド州アナポリス、ロイター

米メリーランド州アナポリスにある米海軍士官(兵)学校(通称アナポリス)。全米のエリート4500人が集まり、未来の海軍幹部や、米国の各界で活躍するトップリーダーを養成する場所だ。今年8月まで同校の教官として勤務した海上自衛隊の田浦貴明2佐は、士官学校が好きでたまらない人々の姿を目の当たりにしてきた。「組織より個人」が尊重される現代で、世の中と正反対の姿を見せるのはなぜだろうか。(牧野愛博)

――田浦さんの担当科目と学生たちの生活を教えてください。

日本のほか、英仏独伊など諸外国の軍人が教官として派遣されています。私は全学生の必修科目である航海術を教えていました。学生たちは「バンクロフトホール(Bankroft Hall)」と呼ばれる、連結された建物としては世界最大と言われる大きな寄宿舎で生活しています。

米海軍士官兵学校の教官として勤務した海上自衛隊の田浦貴明2佐(中央)
米海軍士官兵学校の教官として勤務した海上自衛隊の田浦貴明2佐(中央)=本人提供

大体、2人か3人部屋での生活です。各部屋には机とベッド、小さなクローゼット、シャワーがついています。学校内の施設も、どれも立派です。バンクラフトホールの入り口は立派に装飾され、期別ごとに卒業生たちの寄贈品があちこちに飾られています。

自由な校風ですが、1年のうち秋・春に分かれた学期ごとに、「6週間」「12週間」「ファイナル」の各試験があります。学生たちはよりよい評価を求め、消灯時間を過ぎても勉強する人がざらにいます。

米海軍士官兵学校の教官時代の海上自衛隊の田浦貴明2佐(中央)
米海軍士官兵学校の教官時代の海上自衛隊の田浦貴明2佐(中央)=本人提供

――アメフトの試合「アーミーVSネイビー」など、アナポリスで有名な「アナポリス愛」について教えてください。

「陸軍士官学校対海軍兵学校(アーミーVSネイビー)」は、アメリカンフットボールの伝統対決です。選手たちの実力は、全米のトップレベルというわけではありません。でも、全米が熱狂します。試合は必ず、全米中継され、10万人規模のスタジアムで開催されます。観覧チケットは安い席でも300ドル(約4万5000円)もします。高い席は1000ドル(約15万円)以上しますが、それでも簡単に完売します。卒業生の存在も大きいと思います。みな、学校愛に燃えているので、チケットが飛ぶように売れるのです。卒業生たちの学校への寄付金も莫大な金額にのぼります。

「アーミーVSネイビー」が過熱し、災難はアナポリスのマスコットにも及んでいます。アナポリスのマスコットはヤギです。かつて、「アーミーVSネイビー」でネイビーの負けが込んでいた時期、試合にヤギが乱入する事件が起きました。その試合から、ネイビーの連戦連勝が始まったため、ヤギがアナポリスのマスコットに昇格しました。

試合で、アナポリスの人々がネイビー・チームにかける言葉は「Goネイビー」「Beatアーミー」の二つです。私は「アーミーVSネイビー」が近づいた試験の採点のとき、同僚から「試験で答えがわからない学生がいるはずだ。そいつがGoネイビーと書き込んだら、(従来の慣行で、愛校心に免じて)1点だけあげてやってほしい」と言われました(それが伝統だから、ということでしょうか)。実際、本当に「Goネイビー」と書いてきた学生がいました。また、アナポリスのギフトショップには、「Goネイビー」と書かれたタオルやシャツ、カップなどがあふれています。

2024年8月まで米海軍士官兵学校の教官として勤務した海上自衛隊の田浦貴明2佐(左)
2024年8月まで米海軍士官兵学校の教官として勤務した海上自衛隊の田浦貴明2佐(左)=本人提供

――校内には有名なOBの墓地もあるそうですね。

校内の片隅に、ベトナム戦争の英雄と言われたジョン・マケイン上院議員(2018年没)や海上自衛隊創設に尽力したアーレイ・バーク海軍大将らが眠る墓地があります。マケイン上院議員は、同期の方と並んで眠っています。この墓地に埋葬されたいと願う非常に強い愛校心を持っている卒業生が大勢いるのだと思います。

故ジョン・マケイン上院議員
故ジョン・マケイン上院議員=2015年11月2日、ワシントン、朝日新聞社

近年、アメリカでも軍人志願者を募集するのは難しいと聞きます。そんな状況で、組織は兵士を大切にし、兵士は組織を尊重する文化が必要なのでしょう。アナポリスでも、学生が学校を愛するような仕掛けを色々と考えているのだと思います。アナポリスでは、フットボールに限らず、記念式典など行事一つとっても、空中からのパラシュート降下など、派手な演出が目立ちます。これらも、学生にアナポリスへの誇りを持ってもらいたいという狙いがあるのかもしれません。

――校内にあるミッドウェー海戦記念碑や山本五十六連合艦隊司令長官の展示物について教えてください。

学内には戦前の日本に関する展示物が多くあります。特に、ミッドウェー海戦に代表されるような大規模な空母機動部隊同士が戦うというのは、世界史的にみても太平洋戦争中の日米海軍だけということもあり、アメリカ海軍にとって日本海軍は、唯一の存在であり、それに勝利したことは、誇りなんだと思います。一方で、かつては国家の運命をかけて敵対した国ですが、現在は重要な同盟国の一つとして認識されていると感じていました。私の親族も、海軍軍人として各種海戦に参加し戦死していますが、その話をすると学生は、大変興味深く聞いてくれました。激しい戦いをした相手だからこそのリスペクトも感じられるところです。

米海軍士官兵学校内にある山本五十六連合艦隊司令長官の展示物
米海軍士官兵学校内にある山本五十六連合艦隊司令長官の展示物=田浦貴明氏提供

――アナポリスの学生たちで日本勤務を希望する人はどのくらいいるのでしょうか。

アナポリスでは毎年1月末から2月初めくらいに、「シップ・セレクション」という一大イベントが開かれます。演壇には、サンディエゴやホノルル、横須賀など、米海軍基地がある場所ごとに、米海軍艦艇のステッカーが貼り出されます。最上級生にあたる4年生のうち、艦艇要員約250人が、成績順に、自分が乗艦したい艦船のステッカーを手に入れていきます。

米海軍士官兵学校の卒業式
米海軍士官兵学校の卒業式=2024年5月24日、メリーランド州アナポリス、ロイター

このうち、海外勤務はスペイン・ロタ島と横須賀、佐世保だけです。アナポリスの学生たちの間には最近、「台湾や沖縄が最前線だ」という認識を持つ学生がいます。それでも、多くの学生が横須賀勤務を希望します。危険が伴うと言われる海兵隊を希望する学生も大勢います。危険だと思う一方、困難なことに挑戦したいという気持ちもあるのでしょう。アナポリスの学生たちの士気は衰えていないと思います。